2022/02/09

この日のはなし ー 暖簾に腕越し


さっぱりお手上げの事例に、ほとほと困っている。
発注したものが、さっぱりできあがらないままもうすでに
20日近く経っている。

発注した時には、7日から10日でできる、と店主は言った。
けれど、発注して6日目に雪になり、
7日目にはお店は休み。
10日までの毎日、業を煮やして連絡するよう、スタッフにお願いする。
私は電話で相手が話していることはわかっても、
プレッシャーをかけられるほど、言葉が通じる自信はないからだ。

10日目、ついに店へ乗り込んでみたが、
店主は特に申し訳ない、という感じでもなく、
できない理由について言い訳をし続けるでもなく、
明日にはできるかな、とひどく厚い近眼用のメガネの奥で
私の顔をちらっと見て、それとなく
仕事が進まない理由のようなもの、を話している。

小柄でゲジゲジの短い髭と髪、四角い顔に小さな細い目。

会話の間にも、切れ目なく誰かから電話やらメッセージやらがくる。
メッセージを読む時には、分厚いメガネを外して、
顔と携帯電話がくっつくほど近づけて、小さな文字を読む。
老眼なのか近眼なのか、もはやよく、分からない。


暖簾に腕越し、とは、このやりとりのためにあるような言葉だ。
こちらの焦りは、もちろん感じているだろう。
それさえもしらばっくれるほど、悪い人にも見えない。
なんとも不思議は雰囲気のおじさんだ。

先日、大量の注文の一部ができた、と連絡をもらう。
今から持っていくから、それから、
お金が足りないから、納品分は支払って欲しい、と言う。

全部できていないなら、持ってきてもらわなくてもいいと
スタッフに伝えてもらおうと思ったら、今度は向こうから電話で、
もう向かっているから、と連絡が来る。
こちらも慌ててお金を取りに家に戻ろうとすると、
事務所の下にはすでに、紙袋を抱えてエレベーターに乗ろうとする
おじさんの姿があった。


お金をとって戻ってくると、おじさんは事務所の机に座って、
また一生懸命、携帯電話を顔にくっつけている。
事務所にいるスタッフは皆、ちょこんと椅子に座るおじさんを持て余して、
私が帰ってくるのを落ち着かない様子で待っていた。

残りの分はいつできますか?そう訊くと、明日できるから、
また電話をくれ、と言う。


こんなやり取りは、今回が初めてではない。
往々にして、注文したものは彼らの言う期日にはできない。
こちらもある程度そんな事態を予測して、早め早めに動くのだけど、
どうも今回は、おじさんの計算が予想以上に甘いようだ。

ある瞬間にもう、諦める。
諦めが肝心だ、ということも、それなりに経験から学んでいる。
諦めると、この事態はなんだか、とてもおかしく見えてくる。

もっとも、そんな心持ちにはさせてくれないような、
こちらをとことんまで苛立たせる発注先とのやりとりも経験した。
とんでもない言い訳をしてきたり、なぜかこちらが怒られたり
守っていない期日について話題にすると、イライラし出したりする人たち。

ただ、今回のおじさんはどうも、しょうがないな、と思わせる
何かがあった。


一体それが何なのか、今日なんとなく、思いめぐらせてみる。
おじさんの話ぶりと風貌と、佇まいを照らし合わせて、
その思考回路を想像する。

たぶん、おじさんはいつも、明日できると思っている。
毎日毎日、どんな計算なのかはわからないけれど、
明日できると結構真剣に、思っている節があるのだ。
出来上がるには工程があり、その工程の詳細を
おじさんは確実に想像できている。
それなのに、なぜかどうしたって、明日できる、と
思ってしまうのだろう。
だから、リップサービスとも思えない真剣さで、
明日、という言葉を繰り返している。


適度に飄々としていて、適度に真剣で、
適度に他人の感情に無関心で、適度に誠実。

どうにも、得な人格を持っていて、羨ましい。






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