2021/06/23

砂塵と鳩の舞う土地 - 人の名前  揺れる葉 インタビュー ビー玉

 
ハードは行事の詰まった週の最後の、フィールドだった。
行きの車の中では、前日までに起きた出来事の愚痴で話に花が咲く。

その週になかなか手を焼いた事象の中心人物は
勝利、という意味の名前だった。
辞書で名前の意味を調べてみて合点がいった、などという
スタッフとの会話で、車の中が盛り上がる。

名は体を表す、なんて言葉もある。
でも往々にして、特に苗字ではなく名前については
その名前の意味が形容詞を含む時、意味と逆の性質を持っていたりする例を
自分も含めて少なからず見てきた。
(こちらでこそ気候的に晴れの日は多いけれど、私は晴れ女ではないし
決して晴れやかな人間でもない)
名付けた人々の思い入れに囚われるケースなのかもしれない。

その名の通りに勝利を模索していたその人物は、
ある意味、名付けた人の願いを全うしたことになる。
メンタル強いな、と感心する。

必ずしも、名前の持つアラビア語の意味と
関連があるわけではない。
時々、珍しい名前を耳にして、その人の個性が強烈だったりすると
名前の持つ意味を調べたりする。

個人的に、アラブ人の名前と性格には
関連性がある、と思っている。
10年ずっとこちらの学校ばかりがフィールドだと
いろんな子どもたちや先生たちに会うから、
それぞれの名前と性格が自然と紐づいていって、傾向が見えてくる。
比較的こちらによくある名前の人に会うと、過去に会った同じ名前の
女性たちや女の子たちを思い出すのだ。

ヒバちゃんは気が強め、とか
バスマは人格者が多い、とか
アスマは相手に気を遣いがち、とか
イブティサムは統率力がある、とか
ブシュラはしっかり者、とか。

ファミリーネームには、土地や街の名前も多いけれど、
動物の名前もある。
ワシの複数形がファミリーネームだったりすると
おちおち軽視などできない心持ちになるし、
狼はかなりいい意味合いを持っているらしい。

狼の研究をするために自宅で狼を飼っている、
狼みたいに美しい瞳を持ったピアニストがいる話を、スタッフに話す。
そして狼というファミリーネームを持つ
シリアへ戻った子どものことを思い出す。
狼が良い意味ならば、その名に守られていてほしい。



この日は2人の子どもたちにインタビューをする予定だったので、
スタッフへ予定を速やかに共有して、早々に動き始めた。

家庭訪問をして、インタビューをさせていただく。

1軒目の、トタンでできたドアが開くと
メガネをかけた青年が、招き入れてくれた。

ドアの内側はセメント敷の小さなテラスになっていて、
同じくトタンの屋根がついた土間のような空間の脇には
果樹やジャスミン、薔薇の葉が揺れていた。
植物にだけ、チラチラと朝の光が差し込む。

ほんの狭い地面と、そこに植えられるだけの
線の細い木々と植物があるだけなのに、
陽の差し込むそのわずかな空間と、
さまざまな形と色の葉、そしてその影の揺れる様が、
ひどく美しく見えた。

青年は早々にプレハブの中に入り、
入れ替わりに子どもたちが、わらわらとプレハブから出てくる。
好奇心と恥じらいが混じった様子で、
出てきたはいいけれど、ドアの脇でこちらの様子を見ていた。

お母さんが早速、コーヒーを持ってきてくれる。
お顔のついたコーヒーカップ。
自分の趣味ではないはずなのに、
出されたカップが妙に可愛らしく、愛らしく見える。




インタビューに答えてくれた女の子は
とても控えめで、でも、自分をしっかりと持っている子だった。
インタビューの後、コロナで学校が閉まっていたから描き始めた絵を
たくさん見せてくれる。

音の響きが美しい名前の子だけれど、意味は分からなかった。

日本のアニメの声優さんの声が好きらしい。
私は知らない人だったのが、どうにも申し訳なかった。
一生懸命教えてくれるのに、私はさっぱりわからないのだ。

こちらの10代の女の子たちは、韓国ドラマに夢中だ。
けれど、彼女は、韓国ドラマよりも日本のアニメの方に酔心しているの、と
お母さんが熱心に説明してくれる。

お母さんが、子どもたちそれぞれの趣向について
全く揶揄も否定もしていなくて、
自分の知らないことに興味を持っているということを、
純粋に、優しさたっぷりに受け止めているようだった。

インタビューに答えてくれた女の子の妹は、
学校でもよく挨拶をしてくれた子だから、よく顔を覚えていた。
姉のインタビューをまぶしいものでも見るように
じっと遠巻きに見つめている様子が、微笑ましかった。

語学勉強のアプリを使って日本語を勉強しているという
その女の子と、互いに日本語で挨拶を言い合う。
このコロナ禍、正確な発音の挨拶を、
アプリでなんなく習得できてしまう事実に、密やかに途方に暮れる。

さっぱりアニメが分からないのも、なんだかコーヒーカップが可愛く見えるのも
新しい単語が一ミリも記憶できないのも
何だか歳をとった証拠だな、と思いながら
インタビューの後で、お母さんの年齢をこっそり訊いてみる。
すると、私の二つ年上だった。

あら、いやだ、と思わずお母さんの肩を叩く。
こちらの年齢を言うと、お母さんも、肩に手を回してくる。

家へ招き入れてくれた長男は23歳で、キャンプから大学に通っている。
一番上の子は亡くなってしまった。
17歳で結婚して、20歳で大学に通う長男を産んでいる。
娘のうち一人はもう結婚している。

入り口のドアが開いた時、英語も話す長男の落ち着いた物腰と
なんとも柔和な顔つきに気を取られたことを思い返す。

大学へ通う長男は、おそらく16、7歳でキャンプに来ている。
自国での経験とキャンプまでの避難、その後の混乱の生活の中から
大学までの道のりをよく、切り拓いと、
勝手にいろいろと想像して、感慨に耽る。


しばらくそんなことを考えてぼんやりしていたら、
庭先に咲いていたジャスミンの枝を折って、
下の妹とお母さんが手渡してくれた。

この家の6歳の男の子の名前は、ラベンダーのアラビア語だった。


この日は新聞配りもあったので、
もう一軒のインタビューの前に、新聞を配りに行く。

いつもは素通りする商店に、新聞を貼らせてもらおうかと覗いてみると、
店のガラス戸に鍵をかけていた。
中には2歳ぐらいから5歳ぐらいまでの子が4人
ガラス戸の内側で鍵をいじっている。
おむつに上着だけを着た2歳ぐらいの子が、まだ手の届かない鍵をいじる
お兄さんと思われる男の子の様子をじっと見ていた。

そんな様子をガラス越しに見つつ、ふと目をあげると
お母さんが不審顔で、こちらをちらっと見遣ったかと思うと
子どもたちを手で払い除けて、鍵を確認する。
ひどく苛立った表情だった。

いつもお世話になっている金物屋で新聞貼りをしていると
通りの先から大きな泣き声が響く。

よく知っている男の子の住んでいる家から
泣きじゃくる妹が、上着の首周りをたくしあげて
涙を拭きながら駆け出してくる。
紐のついたプラスティックのカゴに
小さな子を入れて引きずる遊びをしていた弟妹たちが
彼らの姉だろう女の子を遠巻きに見つめていた。
しばらくすると、よく知っている男の子がバツ悪そうに、
プレハブの裏へ妹を探しに出て行った。




きっとまた叩いたんだ、何が原因だったのだろう。
そう思って、水タンクの奥に消えていく男の子を目で追っていたら、
金物屋の息子である男の子の同級生も、私の傍で、
じっとその様子を見つめていた。



新聞配りの途中で、2軒目の家を訪ねる。

以前に一度伺ったことのある家で、
庭先には、立派な立葵とすももの木が育っていた。


インタビューの相手の男の子は、さっきの女の子と同じぐらい
聡明な子だった。
実が熟す、という意味合いの単語からくる名前の子。

インタビューの答えがあまりにもしっかりしていたので、
聞いているこちらが、恐縮してしまう。
きちんと、自分の言いたいことを表現しようと、
真剣に言葉を探りながら話す顔つきを、久々に見た気がした。

インタビューの後、紅茶の後には冷えたスイカも出てきて、
男の子が熱心に取り組んでいる工作を一つ一つ、紹介してくれる。

電気が通っているか調べる手作りの道具や、
足が動くように、滑車を組み合わせたカラクリや、
夜、電気の供給が切れて暗い中でも、場所を設定して調整もできる携帯立てや
そんないろいろなものを作るための、部品でいっぱいになった箱を
家のどこかから持ってきてくれる。

いつもどこで作っているの?と訊いてみると、
下の妹弟たちに邪魔されない場所を探して作っている、と答えていた。

通された居間では、下の妹弟たちが思い思いに好きなことをしていた。
いつの間にか眠ってしまった妹が、私の脇で
幸せそうに屈託なく、横になっていた。

成長が止まってしまう病気のその子は、
体つきは小さいけれど、前回伺った時もこの日も、眠ってしまう直前まで
思慮深い顔つきで、お兄さんが作るものを熱心に見つめていた。





6歳ぐらいの男の子が、さっきからずっと
丸いものばかり、たくさん持っていた。
初めは、同じサイズのボタン、
次はビー玉、その次は、紙を丸く切った大量のおはじき。

20個以上あるビー玉を、妹に取られないように
でも、私たちの会話を邪魔しないよう、
必死にポケットへしまおうとしている。
でも、数が多すぎて、ポロポロこぼれ落ちてしまうのを
真剣な表情で必死に拾っては、入れていた。

次第に熱のこもる大人たちのアラビア語の会話についていけず、
ずっとその弟の様子に見入る。
私も丸いものが好きなので、つい、親近感を覚えてしまう。


水分を取りすぎてしまって、なんだかお腹がいっぱいになる。
お手洗いを使わせてもらって、初めて
お母さんと年頃の娘さんの存在が目に入った。
家のどこかにいらっしゃるのは当たり前なのに、
訪問してすぐ挨拶をしなかったことを後悔する。

お手洗いの後でキッチンの中にいる女性たちに挨拶すると、
梅干しを入れておくような大きな瓶が3つ、
キッチンの戸棚に並んでいた。
中には立派なマグドゥース(ナスの漬物)がいっぱい入っていた。

お母さんと娘さんは、顔がそっくりだった。
思わず、そっくりですね、と言うと
二人ともおかしそうに、大きく微笑んだ。
その顔もまた、そっくりだった。

片付けたはずの携帯電話立てを土間で見つけると、
娘さんが得意げに、どうやって携帯立てを調整するのか
動かして教えてくれた。

スイカのお礼と、スイカがしっかり甘かったことを言いそびれてしまった。


キャンプの中の家庭の皆が皆、この日伺ったような環境にはない。
お父さんと目が合った瞬間に、萎縮して言葉を失う男の子や、
兄の顔色を伺いながら、ただひたすら俯いて黙っている女の子や、
たっぷり悪い単語をぶつぶつ言い続けながら掃除をするお母さんも、いる。

私が訪問先を選んだわけではなかったから、きっとスタッフが
インタビューできる家を探してくれたのだろう。

キャンプという土地の中で、お金だけではなく
子どもたちにとっての最善の環境を作ることに重きを置いて
暮らせる家庭は少ない。
文字通り、有難い家庭へ伺う日だった。


帰りの車の中、可愛らしくて思わず録画した
ビー玉を入れる男の子のビデオを繰り返し、見てしまう。




男の子は一つだけ、大きなビー玉を持っていた。
あれがたくさん入って売られているのを、日本で見たことがある。
お土産に買おうか迷って、重いからやめたビー玉だった。

都心の百均で、キャンプの子どもたちのことを思い出した時の
どこか懐かしいような、苦しいような感覚が急に、蘇ってくる。

日本に居れば、キャンプは遠い。

モニタリング用に入っているグループチャットから
どれだけ子どもたちのチャットが携帯電話に流れてきても、
仕事のメッセージのやりとりを深夜まで続けていても、
よく知っているはずの厳しい生活の様子でさえ、
どこか、テレビ番組を思い出すように紗がかかる。

レジでヨルダンよりも余程小さなコインを正確に探し出すことや
湿気とともに沁み込む独特の寒さに、身体を慣れさせることや
日本人の年相応の振る舞いや身なりをすることや
日本でしなくてはいけないのに進まない、物事のさまざまに
心がいっぱいになってしまっていた。

しっかり重いビー玉の入った網を手に取った時の感触や
小さな頃、ビー玉を太陽の光にかざした時の煌めきの記憶を
子どもたちがビー玉で遊んでいる様子を見るたびに、思い出していたのに。


インタビューは事業にご寄付くださった方々への報告のためだった。
頻繁にキャンプへ通う私でさえ、日本に戻っている間そんな感じだったのだから、
実際に見たことも行ったこともない方々へ
何を携えたなら、感謝とともに
こちらの様子を感じて、記憶に残していただけるのだろう。

とても不安になって、家へ戻った後、必死で編集してみたのだけれど
自分が関心を持つ、些細な何かにしかビデオが回っていなかったり
話を聞きながらで映像に集中していない中途半端なビデオしか手元になくて
提出期限を過ぎた深夜、途方に暮れた。

ただ、答えてくれた子どもたちの言葉の
真剣でまっすぐだったことだけが、救いだった。


あの子の名前を聞き忘れてしまったから、今度聞いてみよう。
この先、同じ名前の人に会ったなら、きっと
丸いものが大好きで集めてしまうあの子のことと
ビー玉の重みと煌めきを、何度も繰り返し、思い出したい。

2021/06/12

砂塵と鳩の舞う土地 - 子どもの絵 砂塵の中 アイスの味

 
朝からなんだか、ぼうっとする日だった。
行き道、トルキッシュコーヒーを飲んで、
スタッフとの会話に冗談を無理矢理入れ込んでみて、
やっと頭が動き始める。


大事な用事にふられっぱなしの、最近のキャンプで
この日もまた、一番大事な要件の相手に会えなかった。
一体いつになったら会えるのか。
周囲の人の情報だけでは信用ならないことは経験上知っていたけれど
では誰に相手の日程を確認できるのか、苛立ちよりも
途方に暮れるところから、仕事が始まる。

午前中の学校には珍しく、子どもたちの姿があった。
子どもの体には大きすぎる平たい段ボールを抱えた子たちが学校を出て行く。
行き道、珍しくマスクをしている子たちが多いと思ったら、
どうも学校で行っている配布の受け取りには、マスク着用が条件のようだ。
一応、女の子たちは、長い列にも間隔を空けていた。
こういうことができるようになったのは、コロナのおかげと言っていい。
人との距離をとって列を作ることが、極端に苦手な人たちが多いから、
大人でも詰めてくる。誰かに横入りされると思っている。

中身が何なのか気になって、子どもたちに声をかける。
おもちゃだよ、とか、文房具だよ、とか、相変わらず適当だ。

朝から用事が済ませられないことに拍子抜けして、
他にしなくてはならなかったことのほとんどを
ちゃんとできないまま、午前中が終わってしまった。

どんな話の流れなのか忘れてしまったけれど、
キャンプに住む女の子たちの自由度は、以前よりも余程、高くなった、
という話だけは、メモに書き取っていた。
コロナで携帯電話が遠隔授業の必需品となった。
だから、今まで子どもに携帯を触らせることに消極的だった親御さんも
仕方なしに使わせることになる。
そこまで出歩かない、出歩けない女の子たちにとっては、
携帯電話でのチャットや電話で十分、自由になった、と感じているらしい。



スタッフたちが楽しそうにアラビア語でおしゃべりする中、
なぜか壁に貼りっぱなしになっている子どもたちの絵が
無性に気になってくる。

ネズミなのか車なのかわからない緑色のカクカクした生き物とか
ゴミを拾うのに、しゃがむ代わりに腕がものすごく伸びてる女の子とか
大口を開けている熊の周囲の、カモメのような大量の茶色い波線とか。




最近、課題に対して戻ってくるちゃんとした絵の写真しか見ていなかった。
写真は大体写りが悪くてピンボケしている。
子どもなりの、描いている時の執着ポイントや、色の塗り方や、
線の感じは、近くに寄ってみないと分からない。
子どもが絵を描いている様子も好きなのだけれど、
最近それもさっぱり、見ていないことに気づく。

壁の絵を眺めていると、また今日もプレハブの薄い壁を
砂まじりの突風が吹き抜けていく。
砂嵐は必ず、地表の温度が上がりきる、正午前からひどくなる。

午後は少し、学校周辺の子どもの様子を見に行こうと思っていたけれど、
この砂嵐の中、道端で子どもを見つけるのは難しいだろう。
それでも、できるだけのことはしようと、とりあえず学校を出る。
地表から数メートル、もやのように砂が巻き上がっている。
ここが山間部なら、山から沸き立つ雲のように見えるだろう。


出てまもなく後悔したのは、逃げ場のない通りで、砂嵐に巻き込まれたからだ。
やってくる風を正面から受けないよう、背後から吹いてくる砂を
背中で受けることぐらいしか、できる対処方法はない。
まったく、サンドブラストのようななものだ。
ガラスなら模様が描けるし、金属ならサビが落とせる。




自転車に乗っていた人がグッとブレーキをかける音が聞こえる。
店が入り口のドアを慌てて閉める。
犬が尻尾を後ろ足の間に入れ込んで、うずくまる。

視界が完全に、茶色一色になって、何も見えない。
これが霧だったら、幻想的な情景にでもなっていただろう。
もっとも、霧だろうが砂塵だろうが、前が見えないから危ないことには違いない。
砂と一緒に、お菓子やアイスやビニール袋が宙に舞う。

結局この日、3回も砂塵に巻き込まれて、身体中が砂だらけになった。

いつもなら、大人は買い物へ、子どもは外へ遊びに出ている頃だけれど、
見事に人影が消えている。

砂塵もひどいし、用事を思い出したので、少しだけお宅を訪問する。
そのお宅の玄関も、すでに砂で色がうっすら変わっていた。
土間のコンクリートは、時間が経つと小さなヒビが走る。
そのヒビの間に、赤茶色い土が埋まって、
灰色のコンクリートに不規則な模様を作る。
朝水を撒いて、これだからね、と家主は苦笑していた。

子どもたちに、少しだけ話を聞きたかった。
外部からの依頼で、子どもたちの将来の夢と、会いたい人を言ってもらう、というもの。

携帯のビデオを回しながら、子どもの回答を聞いていく。
車でシリアに戻って、おじいさんとおばあさんに会いたい、という
長男の言葉に一瞬、ビデオを止めようか、考える。
でも、長男は真っ直ぐレンズを見つめて、そう話すので、
すべて話し切ってから、父親に確認する。

これは、大丈夫ですか?子どもに分からないように、小声で尋ねる。
あぁ、問題ないよ、とぞんざいに答える父親の顔は、いくらかこわばっていた。
私がそんなことを尋ねたのが不快だったのか、
そこまで頭が回っていなかったことへ、自身がイラついたのか、
読み取れなかった。

子どもの言葉の一つ一つにまで、検閲をかけるつもりは毛頭ない。
ただ、予想もしていないところから、彼らの暮らしを脅かす何かが
忍び寄ってくることも、ありえないことではない。
少なくとも、親御さんには確認したい。

ふと、子どもたちの口を借りて、父親は自分が願っていることを言ってもらっている
そう、思えてくる。
そうだとしたら、自分では言えなくても、子どもなら言えると
賭けているのだ、と気づく。

その手の緊張感は、でも、まだ赤ちゃんらしさを拭えない
小さな子どもたちの存在で、いつの間にかすっかり消えていて
通訳をするスタッフも、親戚のように子どもたちを笑わせるのに、必死になっていた。



風はさっぱり収まらず、子どもたちは道端に戻ってこない。
仕方なく学校へ戻ろうと歩いていると、ふとスタッフがアイスの話をする。
前回来た時、アイスを食べたかったのに見つからなかった。
電気が通ってない時間もあるので、ジェネレーターを持っている
商店を探さないと、アイスは売っていない。

この時期、子どもたちの3人に1人ぐらいは、アイスを食べている。
食べると舌がアイスの色に染まるような、粗悪なシャーベットがほとんどだけれど、
遮るもののない、カラカラのキャンプで食べるアイスは、
ただ冷たくて甘い、というだけで十分、美味しい。

他のスタッフたちが、バニラベースのアイスクリームを選んでいるわきで
私は、極彩色の赤と黄色と緑に染められたアイスを手にする。
このアイスは昔からあって、パレスティナキャンプで仕事をしていた頃、
時々買っていた。
一個16円ぐらいで、味も16円の味がする。
子どもたちが、互いの舌を見せ合ってケタケタ笑っていたのを思い出す。

店の中には、雑貨やお菓子と一緒に野菜も並んでいて
今が季節のモロヘイヤが、枝ごともさりと、置かれていた。





パレスティナキャンプでは、結構な子どもたちが
この手の安物のアイスか、もしくは
白地に緑の文字の入った容器に入ったアイスを食べていた。
木べらですくう白い物体が、なんとも美味しそうなので、
子どもに教えてもらって買ったことがあった。
その頃まだ、全然右も左も分からなくて、
そのパッケージに書かれている文字が何なのか分からなかったから
期待に胸膨らませ、気合十分で口にした。

確かに、キンキンに冷たかったけれど、
バニラだと思ったそれは、いくらも甘くなくてカチカチ、
シャニーネという、塩味のヨーグルトジュースを凍らせたものだった。
あの失望は、今でもよく覚えている。

あの時は、ずいぶん健康的なものを食べていると、感心した。
実際には、おそらくジュースを凍らせているから、溶けるのに時間が必要で
すぐ食べ終えてしまう子どもたちには、じっくり食べ続けられてよかったのだろう。
本当は、甘いものが食べたかったのに、違いない。

溶けたアイスの緑色が、指についてベタベタする。
その指の感触に、砂が混じる。
どこにでも砂は入り込んでくるのだ。




この日、家に戻ってシャワーを浴びると
浴室の床に砂を流れるのが、足の裏で感じられた。
髪の毛の間に絡みついた砂を洗い流す。

キャンプに住んでいる人たちは、砂をかぶらないように気をつけていた。
この不快感をどうにもできないまま、眠るわけにはいかないから。

気持ちが悪いから、とすぐシャワーを浴びられる私、明らかに単純に、恵まれている。
その事実は、さっぱりした身体とは裏腹に、
気持ちをざらつかせる。