2023/07/23

ガストンさんと、16歳が気づいた原罪と、深い河

 

大学1年生の春休み、初めて自力でインドへ行った。
大学に入ったら必ず行こうと決めて、夏休みにはお金を貯めるために
ただひたすらバイトをしていた。

大学生でインドへ行くのは、旅行好きの人たちにとって
通過儀礼のようなものなのかもしれない。
でも、旅行好きではないわたしには、よほどのことがない限り、
どこかへ行きたい、という情熱を持たない。
だから、よほどのこと、だった。

25年以上前、薄暗くした実家の洋室にある丈夫な木の長椅子の下で
床に横たわったまま、「深い河」を深夜、読んでいた。




高校生の頃、哲学書や宗教に関する本を読み漁っていた時期があった。

その頃、近しい友人とのできごとから、自分自身の存在の罪深さに苛まれていた。
生きていく中で、人と関わるだけで生み出してしまう罪から解放されるために、
どうしたらいいのか、ずっと答えを探していた。
他者に無害な、いい人間になりたかったけれど、自分の欲や存在そのものを
消し去る勇気も潔さもなく、けれども、このまま一生
知ってか知らずか、言葉ひとつだけで、でも誰かを傷つけながら生きていくのか、と
途方にくれていた。

今思えば、10代の無知がゆえの、世間を知らぬがゆえの、
そして何よりも、己を含む人の業を知らないがゆえの、
ひどく恥ずかしい、あまくうぬぼれた悩みだったのかもしれない。

けれども、その頃のわたしはわたしなりに真剣だった。
本から解が導き出せるぐらいの、明晰な頭脳が欲しかったから、
ほとんど飲まず食わずで必死に本を読み、考えを書き記し続けていた。
もはや頭がおかしかったので、言葉が人を傷つけるならば、話さなければいい、と
半年以上、ほとんど誰とも一言も、話さなかった。

仏教に傾倒したわけではなかったけれど、
即身仏のような悟りでも開きたい、と思っていたら結果的に
本当に死にかけるほど痩せた。

頭の中はいくらか明晰だと思えても、体力的に限界だった。
真綿で締め続けるようにして痛めつけた身体は、本能的に生きたがっている。
自分自身の意識もまた、死にたいと思っていたわけではなかった。

この状態から抜け出さなければ、
一生人並みに普通に、暮らしていくことはできない。
ある日、それまでまともに直視できなかった痩せこけた自分の身体を見て、
手に入れたかった解の代わりに、失ったもの、もしくは
失いかけているものがあることに対する恐怖を感じる。

そこからが、もっと辛かった。

身体を回復させるのは、もっと身体的にも精神的にも
痩せ衰えるよりも大変なことだった。

もはや、今となっては滑稽ですらあるけれど、高校生のわたしが
悟りも開けぬまま、何も答えを見つけられないまま
また、もとの生活に戻らなければならないのは、
ひどく恥ずかしく、みじめで辛いことのように思えた。
心の弱い自分自身を心底軽蔑しながら、
向き合わなくてはならなかった。

そしてそれが、現在もなお、続いている。


今の時代の高校生ならば、具体的な進路にもっと他の選択肢があって、
親や周囲の人々は寛容かもしれない。
けれど、田舎に住むわたしが高校生だった頃は、
いい大学に入ることは将来を約束するものだったし、
何よりも、他の選択肢を取る勇気も方法もなかった。

周囲が大学受験に向けて必死に勉強している中に返り、
長く学校を休んで遅れた分を取り戻さなくてはならなかった。
毎日学校へ行き、家に帰っても勉強をし、
とにかく大学に入ることだけを目標とするために、
他のものごとを考えるのはやめた。


ある日、学校の帰りに家の近くのイトーヨーカ堂の本屋へ行った。
本は好きで、どうしても本屋通いをやめることはできなかったから。
そして、「深い河」を、買って帰る。
強迫観念から勉強は猛然と続けていたけれど、
心のどこかにある空虚な穴に、何かを埋めなくてはいけない
衝動に駆られていた。


遠藤周作の「灯のうるむ頃」が長らく好きだった。
その他もいくつかの作品を読んでいたけれど、
生前最後の長編となったこの作品は、いつかの時に
取っておこうと思っていた。
今になっても、なぜ、ただひたすら考えることだけに懸命だった頃、
この本を手に取らなかったのか、と思う。
あの時読んでいたならば、もしかしたら、
もっと自分自身を早く、救えたのかもしれない。


本を読む時間の分、徹夜で勉強できるように、
寝てもすぐ起きられるように、硬い板間の床に横たわり、
隠れるようにして、深夜、一気に読み切った。

結局、読み切った後、朝まで呆然としていた。

考えに没頭していた頃、哲学書とともに、
仏教の本だけではなく、新約、旧約聖書やコーランを読んでいた。
けれど、神、そのものの存在が根付くことはなかった。
もっと、目に見える、形の掴める、もしくは、
自分自身の中に信じられる核のようなものが欲しいだけだったから、
求めるものは、さまざまな教えや解を示す神ではなかった。

神は信じていないけれど、
物理的に流れる河が、罪も善も悪も受け入れる深い愛の河ならば、
その河をこの目で見て、入ってみたい、と
白んだ空を見ながら、思った。
大学に入ったら、ガンジス河を見に行ける、
そう思い、必死に勉強した。


大学1年生の春、インドへ行った。
そして、小説と同様に、デリー、アクラを経由し、
ヴァラナシの岸辺に1週間ほど滞在した。

ガンジス河に入った時の、足裏が感じる、
あらゆるものが堆積した河底の感覚を、
今でもよく、覚えている。

死を待つ人々の建物の中に、少女に連れられて入った。
吹きさらしの3階から、焼かれる死体を見た。
頭が一番燃えづらいから、火の番人が棒で
黒い死体の頭をかち割っていた。
河の脇で結婚式をするすぐ横で、大きな牛の死骸が流れていた。
小説に書かれている通りだった。

すべての色が、同じ、色、という概念の中にあるとは思えないほど、
鮮やかで、明るかった。

映像としての記憶は、鮮明に覚えている。
けれども、思考としては、とにかく混沌としている、という
物理的な、抽象的な状況を、頭で理解することで必死だった
という記憶しかない。

一つ、その後の人生に影響を及ぼしたものがあるとすれば、
女神のレリーフがある寺院にも行った時、
まだ迷いのあった、芸術学から彫刻への専攻変更を決心したこと、だった。
レリーフが良かった、というよりも、
レリーフに描かれた混沌とした祈りが、具現化され、数百年残る、
その祈りの形と、恒久性に憧れたような気がする。

その憧れを、今はもう、抱くことはできないけれど。



久しぶりに遠藤周作を読みたかったから本屋へ行ったけれど、
「沈黙」の装丁が違っていて、触手が伸びなかった。

けれど、同じく装丁の変わった「深い河」には、
静謐で少ない形の要素が美しい、彫刻の写真が使われていた。
それが、25年ぶりぐらいに本を手に取るきっかけだった。
装丁というのは、大事だ。



最後の章の途中で、運動へ出かける時間になる。
体育館で読み終え、すぐ、運動を始める。
縄跳びにも飽き、
痛む左膝の機嫌をさぐりながら走る。

走れば痛いし、少し走っただけで息はあがる。
それでも走りながら身体感覚を手に入れることは、とても大切なことだ。
高校生の頃には、運動になど一ミリも関心がなかった。
あったら、もっと健全な人生を歩んでいただろう。

月日が流れても、横で楽しそうに球技をする人々の輪には入れず、
結局一人走りながら、高校生の頃を思い出し、
そしてふいに、16歳の時の記憶と感情が漏れ出てきた。
これが出てきては困る。
気を紛らわすために、走りながら必死で球技の様子を凝視する。




今書きながら、考えるのをやめた17歳の時と同じような、うっすらとした
敗北感のような、諦めのようなものを、苦々しく噛み締める。

一体、あんなに真剣に考えていた時間はなんだったのか。
大学生の頃は、彫刻を作りながらよく、そう思っていた。
けれども、仕事を始めて対処しなくてはならない様々なことの
雑多さと現実性に、思い出す機会も減った。
もしくは、減らさなければ、仕事など続けていけなかった。

25年以上の間、たくさんの他者を傷つけ、自分の欲に苛まれ、
いくらもいい人間になれず、何かを悟ることもなく、
ただ徒に生き伸びてきた。

仕事相手の腹の中の見えない人々を陰でののしり、
人の雇用と解雇の決断を下し、
エゴで目一杯他者を傷つけ、
話し相手を不快にさせたことを、見当違いに後悔や弁解し、
にこやかに狡猾に役人と交渉をし、
反省はするけれど、同じ過ちを繰り返す。

見逃したり流してきた、たくさんの大きな、小さな罪、
おそらく原罪に由来するすべてが
年を経て、もっと明確な形をなし、感触を持って
自分の中に存在している。
そして、その罪深さをいくらかでも少なくする
自分の努力の限界も見えるようになった。

自分に諦めをつけようとしている。
そうでなければ、少なくとも今のわたしは、
普通に暮らしていくことができなくなるだろう。






(久々の遠藤周作の小説は、キャラクター設定がはっきりしすぎていて、
それぞれが、小説の中で演じる役割を過剰に担わされている、と感じた。
そこに、遠藤周作自身がおそらく留学時代に葛藤したのだろう、
善と悪で明確に仕切られた西洋的な考え方の、片鱗をみた。
それでも、執拗に描きたいものがあったのだろうし、
このキャラクター設定のおかげで、主題は分かりやすくもなっている。)

遠藤周作の作品には、ガストンと名付けられる人物がよく出てくる。
道化のような役割を持ち、周囲の人間に馬鹿にされながら、
でも人の心を、下手な日本語と実直な態度で
慰め、癒そうとする。
キリストの一側面を投影した人物像なのだろう。
また、「深い河」には、似たようなキリストの側面と
遠藤周作自身の留学時の葛藤を持ち合わせた
大津という人物が出てくる。


徹底的に何をしてもドジだけれど、
徹底的に慈愛を持つガストンのような人物に
わたしはまだ、会ったことがない。
明晰な頭脳と適切な場での行動力があって、
疑問やテーマを追うスマートな人々はいるけれど、
大津のように、要領悪く、ひどく正直な自身への問いに、
人生の賽を投げる人にも、まだ会ったことがない。

要領が悪く、ドジなのだけはわたしも同じなので、
親近感と苛立ちを感じながら、
大津のような生き様があってもいいんだったな、と思う。
25年前、まったく解を見いだせないまま、みじめな自分と向き合いながら、
大津のような人生に憧れていたこともまた、思い出す。

そして、必死に考えていた頃、結局わたしは、
ガストンのような人になりたかったのかもしれない、という考えに、
長い年月を経って、至る。
随分大それた人物を目指そうと思ったものだ。
それでは、心身ともにおかしくなるわけだ。




穏やかに、人の罪も自分の罪も
受けとめて流していく河を、いつも求め続けている。
そして、おそらくその河は自分の中に作る流れでしかない、
ということまでは、解せているように思う。

これからの罪を減らし、今までの罪を償うための努力をしなくては。

けれども、一体どうしたら、中庸にその努力をし続けられるのだろう。



大津は、アウトカーストの生き倒れた人々を背負い、
河のほとりまで連れて行った。
キリストの真似事だ、と自嘲しながら、それでも、
身体を動かし、人の身体の重みを感じ、
神との対話を続ける。

わたしには対話する神はいない。
けれど、身体を動かしながら、
自身や他者と対話することは、できる。
そして、中庸な努力の手立てを、穏やかに手に入れたい。


今ここに、話す相手はいないから、
掃除をしながら、書きながら、
シューベルトピアノソナタ18番、21番と
ベートーヴェンの30番、31番、32番を、ひたすら聴く。
ピアノの音から漏れ滲む、
作曲家の、そして演奏家たちの声に耳を傾け、
わたしもまた、心の中で彼らと話をする。