2013/11/12

煙の中のはなし


その人は随分ときれいな人だった
ミラノ育ちだと、云っていた
鼻筋が細くまっすぐで
くるりとしたまつげがかわいらしい

スペインのNGOで働いていて
ヨルダンの田舎町へ
シリア難民支援のため
毎日出向いている

休暇で往ったバリ島が
どんなに素敵なところだったか
丸い目をくるくるさせて話す

バリで買った色とりどり糸がみっしり詰まった
手の込んだ花柄の刺繍のバックが
モノトーンの服によく、似合っていた

長い髪をまとめてみては、またほどく
仕事の愚痴を
勢いに任せて
水タバコの煙と一緒に
吐き出していた

アラビア語はむずかしくてね

つらつらと冗談を交えて
世間話をしていたのに
いつのまにか話は
シリア難民の受け入れの難しさに変わっていた

なぜ日本は難民の受け入れをしないで
お金だけ出しているのよ

お金の回り方だけとっても
いろいろだ


正直、シリアから難民で来た人々が
日本の社会で幸せに暮らせるとは思えない
日本の社会は根本的に
ヨーロッパのような寛容さや多様性は、ない

そんなことを云いたかったけれど
あっけに取られるほどの真剣さで
イタリアが移民を受け入れてきた経緯を
話し続けていたから
そのまま、彼女の話を聞いていた


私の両親だって難民みたいなものよ
ユダヤ人だしね

そうだったか
彼女の熱弁の裏を知ったような気がして
よけいに、言葉を失う

須賀敦子の話を思い出す


熱意もその背景もそれぞれだ
それぞれの人が
それぞれの背景と思いを抱いて
支援という仕事と同時に
当たり前だけれども
それぞれの暮らしがあって
暮らしは、していかなくては生きていけないもので
だから、できる仕事を
できるかぎり、していくしかない

できるかぎり、か


何か、私が今の状態で
私のできることをできるかぎりするのに
どんな手段が、あるのだろうか
思いの溜まる感覚が
腹の辺りで
他のさまざまな気がかりと一緒に
もやもやと、煙たく淀む


冬にはフランスの国境の街で
スキーをする
そのプランを考えるのが楽しみなの
彼女は云うけれど
それもきっと
随分と一生懸命仕事をしているからだろう

中途半端だな、と
また、自分の思いに留まる

煙が濃くて、ちょうどよかった
うつむくしかない自分の姿も
きっと、ぼんやりとしか
映っていなかっただろう







冷え込む


アンマンも冷えてきた
そういえば
ここの寒さは身体の芯に響くことを
思い出す

立派なオフィスに居るのに
相変わらずコートを着込んでいる
UNRWAの学校に居た時と
変わらない

オレンジ色のコートを
もう一度略奪して
とにかく身にまとう色だけでも
暖かくしておく


家の居心地が悪くて
今日もまた、カフェへ往く
ぼろぼろになった本を読みながら
でも、どこか集中できなくて
隣の席のカードゲームを
ぼんやりと眺める

参ったな、と、思う
どこへ往っても寒いのだ

寒いのは分かっているのだから
どうにか、暖かくする方法を

ラファちを膝に置いておきたい、とか
ガスストーブを抱えておく、とか
冷たいピアノの鍵盤に
姿勢を正して向かう、とか
もこもこの家履き靴を買う、とか

どれもこれもないので
参ってしまう