2021/10/01

砂塵と鳩の舞う土地 - カメラをいじる 深く冷たい森

子どもたちがわらわらと道を塞ぎながら登下校をする様子が
キャンプの中に突然、戻ってきた。
当たり前の光景のはずだったのだけれど、
久しく見ていなかったせいで、なんだか感動さえする。

日本に帰っていたり、別事業が忙しかったりして
先週からやっと、キャンプに行けるようになった。


キャンプへの入構にはワクチン接種証明書が必要になったけれど
学校を見る限り、誰もきちんとマスクをしていない。

根本的に、考え方が違うのだろう。
予見するリスクよりも、今の快適さを取る。
ほぼほぼ皆が同じ行動様式を取っているから
頑なにマスクを外さない私が、何だか失礼な人間のように思えてくる。


コロナに関することだけならば、公衆衛生の知見から賛同はしない。
ただ、先々のリスクの可能性だけに拘泥しないのは
たとえいくらか短絡的に見えても、
一つの姿勢として尊重すべきことだと思える。
リスクを考えすぎて何もできないよりは、前に進んでみる方がいい、
そう考えているのであれば、建設的な姿だ。

先の見えないリスクに怯えすぎて失うものばかりの日本で見た
たくさんの事象が正解なのか、
私は本当に、分からない。


(新しいスタッフたちへのブリーフィングが午前中にしっかり入っていた。
果たして自分の下した選択が正しかったのか、不安になるような
なかなか話を最後まで聞かない人たちがいたりする。
平気でこちらも話を遮って訂正するようになったので、
お互いトントン、という現状を客観的に振り返り、頭を抱える。)


女子シフトも男子シフトも、子どもたちの顔がなんだかとても
輝いて生き生きして見える。
本当に、かなりの子たちが嬉しいのだと思う。
調子に乗って私の名前を連発する子どもたちの声も
今のうちはまだ、ありがたいと思える。




団体のプレハブと教室が近くなったはっむーでがよく、遊びにくる。
授業を受けさせたいから教室に戻すと、
クラスメイトが乱暴に彼の腕を引っ張っていく。
教室に入る時に一瞬、不安げな顔をしてこちらをみるのが、気にかかる。


一眼レフを団体の控室となっているプレハブに置きっぱなしにしていたら
教室からいつの間にか出てきたはっむーでが、カメラをいじっていた。




うまくシャッターが押せないはっむーでは、身体がうまく成長しない。
手も腕も、彼なりの動かし方があるから
重い望遠レンズをつけたカメラを持ち、
腕を固定したり、シャッターを押すのに、工夫が必要になる。
何度もカメラを抱えながら試しているうちに、その工夫を次第に
会得していく様子を見つめる。

よくよく考えてみたら、彼は左利きだからなおさら、
シャッターが押しづらいのだった。
カメラが右利き用に作られていることに、今日まで気づかなかった。






そんな様子を見ている傍で、ずっとWhatsAppのボイスメッセージを
聞き続けているスタッフがいた。
普段、勤務時間中に電話を気にするような人ではないので、
特に注意もしなかったけれど、ずっと気がついては、いた。

スタッフの間の会話を注意して聞く。
すると、ベラルーシという言葉を連発していた。
まさか、と思い詳細を尋ねる。

今、ベラルーシ経由で亡命を試みる人たちが増えている。
ベラルーシがEUからの経済制裁の腹いせに、
ヨーロッパへの門を、亡命者に開いているのだ。
シリア人だけではなく、情勢不安の国々から逃げる人々が
ベラルーシ経由でポーランドを抜けてドイツやオーストリア、ベルギーなどへ
移動をしていて、ポーランド国境は軍が取り締まりに腐心している。
キャンプからも90名ほどの大人たちが最近、
ベラルーシ経由でヨーロッパへ入っているという。

亡命者相手のブローカーの悪質な手口は例を挙げてもキリがない。
国境までついても、ポーランド国内で迎えを手配するには
さらにその場でお金を積まなくてはならない。
そもそも、国境までのブローカーが信用できる保証はないから
国境までついたらパスワードで送金を手配できるような
国際的なブローカーと亡命者の信用を確保するための送金システムもある。

ベラルーシ内のポーランドにほど近い主要な街から国境を越えるのに、20キロ。
森が深く足元も悪いから、長靴や雨具や防寒具が売れている。
たった20キロを越えるのに、随分と時間がかかる。
トランジットビザは2日間のみ有効だから、その間に
できる限り進むしかない。
もう秋も深まるベラルーシの森は十分に寒くて
寒さに命を落とす人もすでに、出てきている。

本物のガーバ(森)だ。

いつでも、ガーバという単語を耳にするたびに、その語感から
深く暗い森を想像していた。
そんなもの、アラビア語圏のどこにも、存在しない。


ボイスメッセージは親族からの状況報告だった。
今まさに、ベラルーシのポーランドへ続く森に挑もうとしている。


砂が竜巻になって形を変えるキャンプは、まだまだ暑い。
子どもたちが体育の時間にグラウンドへ行かず、
プレハブ教室の間をウロウロしている。

7年も8年もずっとこの環境にいて、そこからさらに
何の保証もないまま、今度は深い森を彷徨う選択をするの?
ヨルダン人スタッフに英語で思わず、訊いてしまう。

だって、キャンプに未来なんてないでしょ。
彼らはすでに、あらゆる手段を試みる人々の情報を持っているのだから、
今はこの方法が一番可能性がある、ということだよ。

気がつくと、はっむーでが大人しく、私たちの会話の様子をじっと見つめていた。

深い森など、もう久しく体感していない。
カラカラの茶色い大地に、すっかり目が慣れてしまった。

想像を絶する不安を抱えながら、
ひどく湿った冷たく深い森を歩む人々の様子を想像する。

もしも僕もこの手段を使うことになったら、亡命先が決まるまで
家族を一緒に連れて行けないから、
離れ離れの間、家族のことは頼んだよ、と
スタッフが笑いながら声をかけてくる。


日本においでよ、とは、決して言えないのが、
本当に、無念で仕方がない。
新しい土地に選ばれるような、明るい未来のある国だったならば、
何としてもうまく事を運べるよう、できる限り尽力することができるのに。


4時間目の授業に行ったら、久しぶりにクイズ大会をしていた。
「自分の前にあるけれど、目に見えないものは何?」というクイズに
子どもたちは、鼻、とか、空気、とか大きな声で言い合う。

違うんだな、正解は何だと思う?
スタッフが答えを溜める。
子どもたちは、正解を見つけられないで、そわそわしていた。

正解は、未来。
スタッフはしたり顔で、でも大事そうに心を込めて、答えを口にしていた。