2020/01/21

手をつなぎましょう


東京というところは、本当にいろんな人が、いる。
こんなに寒いのに、道端で一人座り込む若者とか、
携帯を見ながらポテトを食べてるきれいな女の人とか、
図らずも蹴ってしまったら、ポンと飛んでいきそうな、
ボールみたいな小さな犬を散歩させてる西洋人とか、
駅の構内で足を投げ出して、泣きながら電話している女の子とか、
よくわからないことを、ずっと一人話し続けながら歩いている初老の人とか、
どんなすてきなことなのか分からないけれど、ずっと笑っているおばあちゃんとか、
金属をありったけじゃらじゃらさせながら歩く青年とか、
全身で云百万もする服や貴金属をつけたおばさんとか、
ずっと知らない言葉でチャットをしているアジアの外国人女性とか、
携帯ゲームに夢中になっている新入社員っぽいスーツの男性とか、
ずっと髪をかきむしりながら、携帯を見つめている中年男性とか。

かくいう私も、携帯をいじりながらとぼとぼ歩く。
大方いつも、場所が分からないからなのだけれど。

東京は、一人で居る人が、あまりにも、多い。
ヨルダンでも、私は大体一人で行動しているけれど、
周囲は二人か三人か、それ以上でつるんでいる人たちばかりだ。

だからか、私自身は変わらないのだけれど、
なんだかとても、さみしいところのように、思えてくる。


帰国時に一番温かいところは、コインランドリーだ。
ヨルダンにもコインランドリーがあったらいいのに。

借りた家の日当たりが恐ろしく悪くて、
朝なのか夜なのかも分からない。
洗濯物の乾く気配が全くしないので、
コインランドリーへ行く。
コインランドリーが近づいてくると、
生暖かい風の、いい匂いがする。






平日なのに、こんなに盛況にコインランドリーが回っているのか、
呆れながら、自分の順番を待っていた。
同じく乾燥機を待っていた先客の女性が、
終わった乾燥機の中身を取り出していた。

どうも、自分のものではないらしい。
あなたのじゃ、ないわよね、そう英語で、訊かれる。
私のは、これだから、と、巨大なバッグを見せる。
終わったら取りに来ないと、ダメよね、
そう言いながらアジア人の女性で、手慣れた風に洗濯物を折りたたみ、
かけられた袋に入れていく。

彼女はまだ3袋も持っていた。

ぽつぽつと、会話をする。

どこの国から?とか、仕事はどうですか?とか。
大量のシーツとタオルから、家政婦さんだと、分かる。

日本での仕事はいいですよ、きちんとしているし。
コミュニティはあるの?
ここらへんじゃ、あまりないけれど、
目黒の教会に日曜日行けば、
友達に会えるんです。

向こうも、なんでこんな時間にこんなところで、
話を続けようとする日本人がいるのか、
疑問なようだった。

今日はやっとお休みで、洗濯物を乾かしたくて。

ここに住んでいるんですか?
いや、普段は日本にいないんです。

どこに住んでいるんですか?
ヨルダン。フィリピン人の人もたくさん、働きに出てますよね。

ヨルダンにも、フィリピン人女性はたくさん
家政婦として働いている。
家の近くには、フィリピン人コミュニティがあるから、
私の買い物は、その中にあるスーパーで済ませている。

彼女たちは明るくて、みんな友達同士でつるんで、
買い物をする。
フィリピン人コミュニティ界隈へ行くのは、
なんだか、居心地がいいのを、思い出す。

でも、彼女たちの仕事環境は決して、良いわけではないない。
パスポートを取り上げられて、自由に行き来できなくされたり、
労働ビザ取得の手数料を、仲介屋から法外に取られたり、
勤め先の雇い主に乱暴をされたり、
乳幼児からやんちゃな年頃の子どもたちを
一気に任されたり、する。

それでも、自分の国で働くよりは稼ぎがいいから、
外へ出ていく。

そんな女性たちの話をしていたら、なんだか熱が入ってしまって、
必死に説明してしまっていた。

ところで、何の仕事をしているんですか?
NGOで働いていて、難民支援をしているんです。

違う国に住むって、難民の人たちも一緒ですね。
なんだか、大変ですよ。

おそらく、同い年ぐらいのその、フィリピン人の女性は、
ふっと、切なそうな表情で、笑う。

大変ですよね、と、答える。そう、大変。
でも日本もなんだか、大変な気がする。
そう言おうと思って、やめた。

コインランドリーの中は暖かいから、
扉が開くとすぐに、分かる。
冷たい風が目に見えるほど鮮明に、感じられる。

入ってきた人は、たまたまなのか、フィリピン人の男性だった。
おそらく、タガログ語であろう言葉で、会話が始まる。


コインランドリーがくるくる回るのを、見るのが好きだ。
いつのまにやら洗濯ネットが破れてしまって、
下着もくるくるぴらぴら、回っているのに気づく。
これは、隠すように、乾燥機の前に仁王立ちになるしか、ない。

背後では、聞き慣れた、とまではいかないけれど、
時折耳にする言葉がぽつぽつと、低く、高く、絶え間なく続く。

一通り話が終わったのか、フィリピン人男性は、
空の袋を手に取るのが、乾燥機のガラス越しに、見える。

振り向くと、店を出る前の男性が、
フィリピン女性の手をふっと握って、
じゃあ、と出ていった。

そんな文化はあったかしら、と、思う。
でも、なんだかすごく、自然な感じだった。
そして、コインランドリーに向きなおる彼女の顔は、
とても優しく、静かに微笑んでいた。

ちょうど、ぶらんこ乗りの話を読んでいた。
ずっと空中で暮らし続ける、サーカスのぶらんこ乗り夫婦は、
嵐の日、動物たちが啼き続ける声を聞く。
不安だから、手をつなぎましょう。
だけれど、ずっとブランコの上だから、
行ったり来たりしながら、一瞬手をつないで、
また離さなくてはならない。
だから、彼らは一晩中ずっと、ぶらんこを揺らし続ける。


結局私の方が、先に乾燥機が止まり、
必死で下着を隠しながら、袋の中に洗濯物を入れる。
じゃあ、と、一応フィリピン人女性に挨拶をする。
手を出したかったけれど、やっぱり違う気がして、やめる。

荷物を抱えながら、仮住まいへ戻る。

それから、フィリピン人っぽい人を見ると
別れ際に握手をするのか、気になってしまって、
やたら注目したり、している。
でも、今のところまだ、あれ以来、そんな様子を見ることはない。