2022/02/22

この日のはなし ー 道案内 素敵な出版社

 
こちらの人の道案内など、久しく頼りにしていなかった。
今や、Google Mapで店の場所が確認できれば、
地図を見ながら行けばいい。

けれども、今日はすっかりそんなことも忘れて、
久々に、周囲の人に店の場所を聞き、言われた名前をあてに、
店探しをしてしまった。


夜、夕食に呼ばれていたので、お土産を探していた。
通常お菓子でことは済むのだけれど、
こちらでは比較的珍しく、本の好きな家族だったから、
昨日のことを引きずって、ムーミンシリーズの1冊をあげたくなる。

でも、どこの本屋へ行っても、見つからなかった。
1軒目も2軒目も、あの本屋に行ったらあるのではないか、
この本屋なら翻訳が揃っている、などと
本の写真を見せると、それぞれが色々なことを言う。
言われるがままに店を梯子し、どこにもなかった。

でも、最後の本屋で、出版社の場所を、説明される。

セルビスで近くまで行けるはずだ、と言われたので、
目印となる建物を教えて欲しい、と頼むと、
地域の名前が入った学校の名前を言われる。

同じ名前の女子校なら、以前仕事で対象としていた学校だった。
けれども、男子校はないはずだった。
そう言ってみるものの、外国人の話など耳にしてくれず、
男子校の一点張りだったので、その通り、
セルビスの運転手に伝えてみた。


セルビスは基本的に、どの車も同じルートを行くはずだった。
けれども、乗ったセルビスは私の知っている
その地域のセルビスルートを外れている。
乗り慣れないセルビスだと、ここを曲がるはずなのだけど、と
心の中では思いつつも、言い出せるほどの自信はない。

結局、ものすごく中途半端なところで降ろされた。
降りる時に、この運転手は自分の用事のために、
客を適当なところで降ろしたことに気がつく。

あぁ、そうだった、と、降りてから気がつく。

こちらの人は、知らない場所や、自信のない場所でも
知らないとか、確証はないとか、
そういう情報の不確定さの度合いについて
決して口にしない。
誰もが自信満々に、知っている風で教えてくれる。
悪気があるわけではなくて、おそらく、
知らなくても、知らない、と言うのは失礼だ、と
考えている節があるのだと、思う。


おかげで、随分と目印もあてもない場所で、路頭に迷うことになった。


そこでやっと、アラビア語の検索を始める。
初めから調べなかった私が、悪かった。

セルビスルートでは、随分初めの方で降りると、すぐ近くだった。
結局、20分ぐらい歩いて、車で来た道を戻ることになる。


その地域は、対象校が2校、訪問した学校が2校あるところだ。
よく、対象校を梯子する時には、自分で歩いていた。

あの家に訪問したことがある、
この道を曲がったらあの兄弟の家がある、
運転できないこの国で、私はいつも窓の外を眺めているから
通ったことのある道や歩いたことのある道は
かなり正確に記憶する能力だけは、身についた。

家の作りや家族の様子を思い出しながら、
ぶらぶら歩いていたら、結局
以前の対象校のすぐ横に、目的の出版社はあった。


倉庫みたいに段ボールが積み上げられている部屋だった。
お店の女性は、段ボールだらけで見づらいことを
何度も私に詫びていた。

石造のテラスや白い窓枠、可愛らしい出窓、
この地域の家庭訪問で何度も見てきた。
古い家が多い地域だから、家の作りも独特なのだ。


ムーミンシリーズは9冊翻訳されていた。
けれども、2冊は売り切れ、今は7冊しか在庫がなかった。

ソファの上に並べられた本を、うっとりして眺める。




アラビア語のタイトルと中身を頭の中で照らし合わせながら、
どれにしようか、迷う。
記憶していた値段よりもよほど高くて、
とてもすべてを手に入れることはできなかった。

今日の訪問の手土産のためだけに、1冊選ぶのは、難しい。
ただただ、美しい装丁の、素敵な表紙を真剣に見つめる。

ムーミン谷の彗星を選ぶと、泣く泣く他の本は諦めた。

他にどんな本があるのか、俄然興味が湧いてくる。
段ボールの山の中を散策していると、
棚にいくつか、見慣れた絵本が並んでいた。

思わず声をあげて、棚に張り付く。
絵本は、表紙の絵を見るだけで、
小さな頃に読んだ感触を、蘇らせてくれる。




アラビア語ではさっぱり読めないけれど、
こんな本たちを、キャンプの子たちが読めたら素敵だろうな、と
口惜しい思いをする。
予算があったら、読ませてあげたい本ばかりだった。

結局、1冊だけを手に取り、店の女性によくよくお礼を言って、
店を出る。
こんなに迷うはずではなかったから、すっかり日は暮れかけていた。


タクシーに乗っても、大回りしなくては事務所に戻れない。
詰まるところ、自分の足で歩いて帰るのが一番だった。

谷を降り、また、丘を登る。

なんとも坂ばかりの街で、足が棒になるほど疲れるけれど、
だからこそ、街の景観は美しい。

最後の階段を昇ったところから見える景色が好きだ。
額縁で切り取ったような街の断片。





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