2022/02/14

この日のはなし ー ダウンタウン巡り

 
主要な支払いが大方済ませられるから、
月に一度、ダウンタウンにある色々な会社のブランチを回る。
今日は、いつものブランチに加えて、エアメールの会社に用事があった。

通常使っているDHLブランチは、事務所の近くにある。
今日もいつも通り、そのブランチに行くと、
扉は固く閉ざされていて、ガラス越しに配達用の段ボールが二つ
椅子の上に置きっぱなしになっているのが見えた。
どこかにスタッフが出かけてしまったのか、としばらく待ったけれど
誰かくる気配もない。
仕方ないので、隣の携帯ショップへ入ると、
おじさんと若い女の人が店の奥に座っていた。

隣の店の人がいないから、連絡が取れないか、と尋ねる。
こちらでは、よくある手段だ。
大体、近所のお店同士は仲がいいから、連絡先を知っていることが多い。

でも、携帯ショップのおじさんは隣の店のスタッフの電話番号を知らなかった。

どこの国から来たのか、とか、どこで働いているのか、とか
全く話す必要のない、でもよくある質問を一通りされる。
その後やっと、電話をかけ始めてくれた。
が、それはDHLスタッフへの電話ではなく、建物のガードの電話番号を入手するため、
携帯ショップの他のスタッフに確認する電話だった。
建物のガードの電話番号を入手すると、やっと、
建物のガードからDHLスタッフの電話番号を聞き出し、本題に入る。

電話は通じたけれど、DHLスタッフのお母さんがコロナにかかったから、
出勤できない、とのことだった。

一体、あの椅子の上に乗っている段ボールはどうなるのだろうか、とか
そんなことを携帯ショップのおじさんに訊いても仕方がないので、
よくよくお礼だけ言って、落胆しつつ店を出る。

ダウンタウン巡りの店が、一件増えてしまった。




郵便局周辺には、主要なエアメール業者のブランチが点在している。
まず、アラメックスへ入る。
アラメックスのおじさんは、要領を得ない感じで、
日本への郵送が何日かかり、いくらなのかを、
送付品を取り出して確認してもらおうとするのに、
ずいぶん適当な返事しか、してくれなかった。
おそらく、カウンターに乗っていた誰かの大きな3つの段ボールを
先に片付けたかったのだろう。

早々に退散し、次の店へ行く。
TNTかFed EXかDHLか。全ての店が同じ通りにあるのは
ヨルダンだからなのかもしれない。
ありがたいけれど、判断に困る。

結局、いつも通りのDHLに入る。
DHLの受付のお兄さんはアラメックスよりも
まともに取り合ってくれた。
おそらく、カウンターの上に乗っていた他の荷物が
すでに処理された後だったからだろう。

淡々と、いつも通りの順序で、きちんと物事が進んでいく。
そんな当たり前のことが、もはや、ありがたい。

何事もなく、送付を終えると次は、各種支払いが待っている。
通信会社を梯子する。

どこの会社でも、入り口でワクチン接種証明書を提示し、
番号札を取って、順番を待つ。
番号札なんて10年前はなくて、よく横入りされた。
番号札が出るありがたさをひしひしと感じ
修行僧のように一点を見つめて、ただひたすら自分の順番を待つ。

窓口では、無理難題をふっかけるおじさんとか、
ここで言っても仕方がない文句をひたすら言い続けるおばさんとか、
登録番号を控えていなくて、窓口で親戚に電話をかけるおばあさんとか、
いろんな人がいる。

そんな人たちに、能面のような冷淡、もしくは冷静さで、
辛抱強く処理をしようとしている窓口の人々に、
いつもだけれど、小さく感動する。
効率がよく、できるだけ手早く済ませようとか、
そういうことは、あまり重要ではないような人たちに、
必要なサービスをするのは、想像するに、かなり大変に違いない。

自分の順番が回ってくる前に、必要な情報をすべて手元に準備しているのは
私ぐらいであるという事実が、何だか馬鹿馬鹿しく思えてきたりする。
親戚に電話するのを待ったり、文句を聞いている間に、
窓口の人たちが休憩しているのだとしたら、私は
あまりいいお客と認識されていないだろう。

それでも、さっさと済ませたい私は、ある意味こちらもまた冷淡に、
必要書類を手元にすべて揃えて、窓口に立つ。
窓口の人を休ませない、意地悪い客だ。

最後の支払いを済ませて店を出て、事務所に戻ろうとする。
時間を確認しようと思ったら、携帯電話がない。
さっき支払いをした時に、携帯電話に入れていた登録番号を
窓口のお姉さんに携帯ごと渡して照会してもらったのを思い出す。

慌ててお店へ戻ると、立派な弧を描く眉毛と
見事なアイラインの下で、涼しい視線を私に向けたお姉さんは
能面のような顔をしたまま、
申し訳ない、ありがとうございます、と言う私の顔をガン見しながら
携帯電話を手渡してくれた。

複雑な心境だ。

準備して出かけても、突然のシステムエラーやら、
担当者が不在やら、プリンターが故障してレシートが発行されないやら
予想していないことが起こることは往々にしてあるので、
すべてがスムーズに行くと、心のどこかでほくそ笑む自分がいる。

でも、今日みたいに、最後は自分がミスをすることもある。

予想するさまざまな落とし穴をそつなくクリアするための
ある程度以上の経験をして、落とし穴にさえ慣れ、
それなりにこなせるようになった。
そう、つけ上がったな。帰りの道すがら、反省する。

用心と慣れの先にもまだ、乗り越えるべき障害があるとしたら、
それは、自分自身の心持ちである。


2022/02/13

この日のはなし ー 周囲の犬たち

屋上のペントハウスは、さらに2階建てになっている。
私はその2階に住んでいて、1階部分は
水タンクやらが大量に置かれている。

1階の住人たちには、犬持ちが多い。 
代々、いろんな犬たちが住んでいた。
なぜなら、水タンクの置いてある広場で
犬を遊ばせることができるからだ。

5、6年いた、愛想のいい小型犬が、ある日気がついたら、
ドイツに帰って行っていた。
誰へでも彼にでも、尻尾を振りまくりながら
膝の上に乗ろうとする様子は、ヨルダン人だけではなく
外国人たちにも人気のようだった。

でも、個人的にはその相棒にあたる、中型犬が好きだった。
ペプシ、と飼い主は呼んでいた。
どうしてそんな名前なのかは、わからない。
目周りに、人間よりもなお表情のある犬だった。

人の家に、土足で入ってきた最初の日、
どさくさに紛れてベッドの上に座り、しばらく動かなかった。
家の中を偵察して周り、玄関におしっこをしていった。

それからも、水タンク広場に出してもらえたならば、とりあえず
我が家を訪問してくれるようになる。
私が仕事から戻ってくると、水タンク広場の入り口のドアに
寄りかかって待ってくれていた。




全力で尻尾を振りながら、すぐにお腹を出してしまう犬。

犬との交流をこちらも心待ちにしていて、飼い主には内緒で
ペットフードからラム肉まで、いろんなものをあげた。
だから、うちに来ていたのであって、特別この犬が
私を気に入っていたわけではない。

自分では面倒な手続きや身の回りの世話はせず、
ただ可愛がれるなんて、ありがたいはなしだった。

特にコロナ禍では、唯一会える、親しい生き物だった。
親しい人間にもほとんど会うことはなかったので、
毛があり、温度のあるものを撫でられることのありがたみを
ひしひしと感じた。

家のドアを閉めている時、犬がやってくると
大声で吠えて、存在をアピールしてくる。
そうすると、ドアを開けないわけには行かなかった。

仕事で辛いことやら、大変なことがあって落ち込んでいると
結構ずっと、近くで餌もねだらずに、座っていてくれた。

よく、遊んでくれる、気前のいい犬だった。


数ヶ月前、この犬のアダプション会議が、
元の飼い主と今の飼い主の間で行われていた。
私自身は日本に連れて帰って自分で飼えるほどの金銭的余裕がなくて
生まれて初めて、心底お金持ちになりたい、と思ったけれど、
同時に、誰にでも懐く、性格のいい犬だから、
わざわざ遠い国へ旅をしなくても、楽しく暮らしていけるだろう、とも
思ったりした。
私の知る限り、3回飼い主が変わっていて、
それでもうまくやっているようだったから、
猫は家につき、犬は飼い主につく、的な定石は
必ずしも当てはまらないのかもしれない。

もっとも、毎回飼い主が変わるたびに、ものすごく
寂しい思いをしていたのかもしれない。
そうだったとしたら、切ない。




ある日気がついたら、犬の鳴き声がしなくなっていた。
飼い主が帰国するから、誰か別の外国人に貰われていった。

馬鹿みたいに大量の、この犬の写真と動画がある。
写真は見るけど、動画は少し悲しくなるので、見ないようにしている。



今日の朝、外が久々に騒がしかった。
明らかに数匹の犬たちが、わらわらしている気配がする。
こうなると、いてもたってもいられなくて家を出ると、
立派なハスキー犬2匹と、かわいいチビがいた。
何だかとても、愛想のいい犬たちだった。

子犬を育てたことはあるけれど、大きくなった犬を多頭で飼ったことはないので
一般的にどうなのか、よくわからないけれど、
どうも、少なくとも私の家の下に住んできた歴代の犬たちは皆、
やたら愛想が良くて、ご機嫌だ。

どちらかと言えば、気性は激し目の人たちがたくさん住んでいるこの国で
犬だけは、いつも安定して愛想がいい、という事実が
思い出すよりもきっと多くの場面で、
私を助けてくれていたに違いない。





2022/02/12

この日のはなし ー 自分と人生の、めんどくささ


家にあるものの整理をしている間、
色々考えることも多くて、目一杯自己嫌悪に陥っていた。

例えばそれは、1年以上開けていなかった引き出しを開けたら、
化石が出てくる、という事象だったりする。
化石は石であり、同時に死骸である、と考えると
死骸を愛でもせずに引き出しに入れておく、という
引き出しにも化石にも屈辱的な行為である。
自分の持ち物管理能力を再認識させてくれる、恐ろしい作業だ。




そんなところにふらりと、整理で出てきた品を取りに知り合いが来てくれる。
整理して、ものがなくなっていくのもありがたいけれど、
気が紛れるのもまた、ありがたかった。

取りに来た品の中にあったお酒の
中身を説明しているうちに、つい手が伸びる。
ラフロイグは空港で手に入りやすい。
以前はよく口にした、飲み慣れたお酒だった。

ヨルダンでお酒を飲むことは滅多にない。

お酒には弱くて、飲むと顔が真っ赤になるから、
飲んで家へなど帰れない。
それから、お酒を飲めば失言が増えるので、
特に仕事関連の人たちがつながりのほとんどである在外では
気をつけなくてはならない。

それなのに、お酒の飲み方には幾らかうるさい、面倒な人間だ。
楽しく、いい気持ちで飲める程度、が一番いい。
好きではない飲み方をしそうな人とは、絶対に会食もお宅訪問もしない。

バーでバイトをしていた時には、くだを巻きそうなお客のあしらいに
かなり長けていたと思う。
何より、私が飲まないから、冷静に場を見極められたからだと思う。


でも、久々の家飲みなどに、場も何も、ない。
結構早々酔っている様子のお客人を相手に、
家の片付けをしながら考えていたことや、ここのところの不安の種を
滔々とはなしていた。

聞かされる方も大変だろう、と、できるだけ面白く話そうとするのだけれど、
性の根が優しいお客人は、真面目に励ましてくれて、
だんだん申し訳なくなってくる。

話題はいつの間にか、仕事関連のことから、
今や口にするのも難しくなってきた、男らしさ、女らしさの話になる。

ヨルダンの、絵に描いたような男性社会をなんとか生き抜こうとした
意地のようなものが、たぶん私には、ある。
そして、この旧式社会で経験的に身につけたものの多くは、
さっぱりどこにも、応用できない。
そして、身につけた何かのおかげで、失ったものも、多い。

男前、とか、男気とか、いろんな言葉がある。
男前は基本的に容姿を指す意味合いだけれど、
男気になると、任侠的な色が濃くなる。
誰かのために自分が犠牲になっても尽くす、という
意味合いらしい。

私が知っている、犠牲を払っても尽くす姿勢は
女性が身近な人々に対して見せるものの方が、多い気がする。
そして、なぜかそちらの方は低く評価されがちにも思える。
あくまで社会に向けて、仕事などで自分の犠牲を払うことへのみ、
高く評価してきた世の中の現れなのかもしれない。

などとふわふわと、取り留めもなく話していた。

かっこいい男性はいるけど、少なくとも私の知る限り、
強くて優しいのは女性ばかりだ、とか、
何かしらの美学を携えて生きていくならば、潔さが欲しいし、
それがかっこよさってものじゃないか、とか
お酒など入ったら、言葉の定義など曖昧になって、
何だか適当なことを言っていた。

潔い、もしその性質を持っているという自負があるならば、
私だって言われたい言葉だ。

ちなみに、当の本人はさっぱり潔くないので、
さっきまでの片付けにかかる様々な不甲斐なさを、ひどく気にしている。
この世の中は不安だらけだから、時々消えていなくなりたい。


人生って、めんどくさいですよね、とふと、お客人は言う。
それは、まさに、
めんどくさい自分と向き合い続けるめんどくささ、なのだと
反射的に答えてみて、これほどめんどくさいことはないな、と
言いながら、自分でケラケラ笑ってしまった。

何かを言い切ることは恐ろしい。
そして、言ったことは責任となって
自分に戻ってくる、という流れを体現した話の流れだ。

逡巡して、ああでもない、こうでもない、と
考え続けることが、でも、自分には本来好きだったなのにな、
と苦々しい思いに囚われる。


いい調子で酔いが回ってくる。


社会への貢献について、話題が移る。
できるものならしたいけれど、自分自身が役に立っている気は一度もしないし、
役に立っていると言う人を、私はあまり安易に信用はしない。

こんな思考など、一生役に立てない人間の持つものだ。

そんな調子で、何か口にしては、直後に、
でもそれ、自分でもできてないけどね、とか
でも、こういう考え方もあるよね、とか
自分で言いながら、自分で突っ込んでいる。
なるほど、逡巡しながら実のところ、
自分の矛盾を口にして、逃げ道を作っているのだと、知る。

これは、どうしようもなくみっともなくて面倒な人間だな、と思い、
吸っていたアルギーレの煙を、思いっきり吐き出す。

お互いあくびをし始めたので、お茶を淹れる。




社会に対して何かを良くしていこうと、
変化を与えたり、残したりすることで、
自分の存在意義を見出すことも、時には必要だけれど、
究極的には、ごく身近に自分を気にかけてくれる人々に対して
きちんと誠実であることの方が、よほど大切な気がする。
それを卑小だとは、決して思わない。

そう言い切って、冷めてしまったお茶を啜る。
そして、言い切っちゃったな、と冷静になり、
そうではないんだよな、と私は頭を犬のようにブルブル振り、
お客人は、大きなあくびをする。

昔の青臭い大学生がするようなはなしを
いい歳になっても、酔っ払ったのをいいことに、
恥も存外もなく、むしろある意味、真実味を持って、
ふわふわと話す夜だった。


お客人が帰った後、一人ぼやぼやとまた、考え始める。
先々の不安や、失ったものものや、さっき話していたことなど。

先日、最近知り合い方と仕事の電話をしていた。
自分なりに、用件について説明をしていたつもりだったけれど、
私の話の流れに、何かを勘づいた相手は、
卑屈でめんどくさいやつだな、とおっしゃった。
大正解です、と電話口で大笑いしてしまう。
言い得て妙、とはこのことだ、と
笑っている時点で、めんどくささはいつまで経っても、
治ることはないのだと、思い当たる。

あぁ、めんどくさいな、と、思わず独り言を口にして、
歯磨きをしよう、と、諦めの境地で、立ち上がった。


2022/02/11

この日のはなし ー プレゼント文化 

 
最近、ずっと家の整理をしている。
エレベーターのない7階分まで、いつの日かに運んだものを
また7階分降りて、捨てる作業。
身体に負荷のかかる工程の中で、
まったく、どうしてこんなに運び上げたのか、
心底呆れかえっている。

ものを捨てるのは、決断の繰り返しだ。
私は実のところ、決断を下すのはあまり得意ではない。
定石に則って、仕事で何かを決定するのはそれなりに慣れているけれど、
自分の周辺のことは、おざなりになりがちで、
その集積が、この作業となって身に降りかかってきている。

こんなことで、とやかく言うのは失礼だというのは
重々承知だけれども、
こちらの人からいただくもので、一番困るのは香水だ。
きっとアラブ人にとっても、好みのはっきりしているもののはずなのに
誰も彼も、躊躇いなくプレゼントしてくれる。
どれも、脳天が溶け出すほど甘い香りで、これもまた私を呆然とさせる。

たくさんの賞状や盾、これもまた、どうしたものかと、思う。
とにかく、こちらの人は賞状が好きだから、
研修、事業完了、アクティビティ出席、何でもかんでも、
賞状を要求される。
盾ならなお、いいらしい。
文章に細心の注意を払うことには幾らか神経を使うけれど、
発行すること自体には慣れた。
けれども、私にもなぜか、賞状を作ってくれる。
そして、とても嬉しそうに、私にくれる。
基本的に、写真用だと認識するようにしている。
日本人の私に賞状を渡し、渡した人と私が、
賞状を手にして写真に収まる。

いずれも、いただいたから持っていなくては、と
掃除のたびになんとなく、手にとってはみるけれど
結局元の場所に戻してしまっていたものものだった。

結局のところ、捨てられない。
だから、香水は誰かもらってくれそうな人たちに渡す用の袋に入れ直す。
賞状はまだ紙なので、そのままフォルダに入れる。
日本に持って帰っても、誰も読めないものばかりだ。
私が死んだら、遺品整理でも困るだろう。
きっと、バサッとまとめて燃やせるゴミに入れられる。
もし、それまで私がまだ、持っていたら、だけれど。

捨てるか捨てないか、の決断は、
多くの場合、くれた人との関係性の時間的な経過による。
そのもの自体が、余程魅力的なものでない限り、
思い出だったり、相手の顔が見えたり、その鮮明度合いが
判断材料になっている。

だから、自分に関わって下さった人々に対する
自分の甲斐性の無さを、痛いほど感じさせる過程でもある。
後悔と自分の力不足と、諦め。
自分のせいで、心痛む、精神を蝕む作業なのだということを
久々に実感する。

もらわなければいいのだ、というはなしなのだけど、
こちらの人は、何かをあげることが大好きだ。
どれだけ自分たちの生活が金銭的に苦しい状況にあっても
何だか心いっぱいの何かを、くれる。
香水、賞状、オリーブ、マグドゥース、ペトラの盾、
アクセサリー、Tシャツ。

そして、このプレゼント文化は、お店にも定着している。
世界的なチェーン店ではない限り、
ラッピングにかかる手間と材料費は度外視される。
プレゼントしたい、と言うと
もしかしたら、ラッピングの箱や紙の方が高いんじゃないか、と思うような
立派な入れ物や綺麗な紙が、無料で提供される。
包む人たちも、面倒そうな顔をしない。
往々にして上手に包めないし、時間もかかるのだけれど、
店員さんがプレゼントするのではないか、と思えてくるぐらい
嬉しそうにやってくれる。

先日、巨大なハートの真っ赤な箱を、おばさまからもらった。
中身のハッタは、箱よりもよほど小さくて、
箱の形も色も、くれた人も、中身もすべてがどこかチグハグで、
結局のところ、とても可愛らしかった。





いただくときの私と、くれる人の思いだけを、別の形ない何かに変えて、
しっかり保存できるドラえもんの道具的な機械があればいいのに。









2022/02/10

この日のはなし ー キナーフェの甘さ

  

ずっと事務所でひたすら、単純作業をしていた。
単純だけれど、どうにも時間のかかる作業で、一人ただ黙々と、
遠い国のニュース番組を見ながら、作業をする。

たっぷり11時間作業をし、そのうち6時間はニュースを聴き続ける。

ウクライナ情勢、アメリカ歴代大統領の心的病理、
ヒトラーの政治的能力、核戦争を描いた本の解説。

途中から疲れてしまって、聴くのをやめた。
意外と、作業には注意力の必要な工程があったりして、
そちらに気を取られていると、大事な部分が分からなくなってまた、
聴き直さなくてはならなくなったりするからだ。

どの番組も、男たちがときに声高に、ときに学者風に
解説をし続けていた。
なぜ世界情勢は男たちによって語られがちなのだろう、と
運動などしていないのに、変な具合で疲れた頭と目で
ぼんやりと考えながら、窓の外の降りしきる雨を見つめる。

途中でスタッフがキナーフェを差し入れしてくれた。




皿にたっぷり乗ったキナーフェは、作業しながらつまめる代物ではなく、
結局作業の手を止めて、歯に染みるように甘いキナーフェを
ちびちび食べながら、糖分を摂取したからといって、
頭の回転が良くなるわけではないのだ、という経験をしたりする。


キナーフェはこちらの代表的なお菓子の一つ、
こんがり焼いたセモリナ粉の生地の間に、
羊のチーズが挟んであるものが、キナーフェ・ナブルシ、
パレスティナの街、ナブルス発祥のキナーフェ。
セモリナ粉ではなく、ごく細い麺のような生地に
同じく羊のチーズが挟んであるものもある。
もしくは、羊のチーズの代わりに
クシュタと呼ばれる、羊のミルクを沸騰して取れる膜を
挟むキナーフェ・オスマンリという種類もあって、
私はこのキナーフェの方が好きだ。
ただ、どのタイプのものにも、たっぷりと砂糖蜜がかかっていて
これが、歯と、ついでに脳味噌も、溶かしていく。


こちらの人たちは、呆れるほどこのお菓子が好きだ。
夜も11時を回るような深夜近く、キナーフェを売る店には
成人男性が群がったりする。
飲んだ後にラーメンを食べたい、という感覚と、
アルギーレを吸って散々話した後に、キナーフェを食べたい、という感覚は
おそらく同じようなものなのだと思う。

こちらの人の砂糖の摂取量は、おそらく日本の人たちには
想像がつかないほど、多い。
難民キャンプの配給や、ホストコミュニティの配給でも、
1週間に消費するには明らかに多すぎると思える砂糖の袋が
必ず入っている。
砂糖が入っていなかったら反乱が起きるからね、と
冗談とも真面目ともつかない顔つきで、シリア人に言われたことがある。
たぶん、家庭内の反乱、という意味だけでも
想像するに、事実そうなのだと思う。

しかも、この甘いお菓子を、同じぐらい歯に染みるほどの砂糖が入った
香り高い紅茶と一緒にいただく。
こちらに住み始めた結構早い段階で、
これは中毒の一種なのだ、認識することにした。

正直私は、いただいたら食べるけれど、
自分でこのお菓子を買おうと、普段思うことは滅多にない。


ただ、今日のキナーフェは、いつもよりも美味しく、
身体に沁みていく感覚があった。

少しずつ口に運びながら、深夜、店先で列を作る
男たちの姿を思い出す。

その男たちもきっと、こちらの人たちの常で、
近隣国の情勢の話や、母国の凄惨な状況や、生活苦の恨みつらみを
普段の暮らしの中ですぐ、話題にあげたりするのだろう。

けれども、同時に、この甘いお菓子を嬉しそうに食べるのだ。

それは、ただの偏見なのかもしれないけれど、何とも
ギャップとおかしみに溢れた情景となって、ふと
頭の中にまざまざと浮かび上がってくる。



苦い暮らしに甘い砂糖。

物理的にでも、甘さを手に入れることができる、という事実が
何の解決にならなくてもなお、大事な時もある。


2022/02/09

この日のはなし ー 暖簾に腕越し


さっぱりお手上げの事例に、ほとほと困っている。
発注したものが、さっぱりできあがらないままもうすでに
20日近く経っている。

発注した時には、7日から10日でできる、と店主は言った。
けれど、発注して6日目に雪になり、
7日目にはお店は休み。
10日までの毎日、業を煮やして連絡するよう、スタッフにお願いする。
私は電話で相手が話していることはわかっても、
プレッシャーをかけられるほど、言葉が通じる自信はないからだ。

10日目、ついに店へ乗り込んでみたが、
店主は特に申し訳ない、という感じでもなく、
できない理由について言い訳をし続けるでもなく、
明日にはできるかな、とひどく厚い近眼用のメガネの奥で
私の顔をちらっと見て、それとなく
仕事が進まない理由のようなもの、を話している。

小柄でゲジゲジの短い髭と髪、四角い顔に小さな細い目。

会話の間にも、切れ目なく誰かから電話やらメッセージやらがくる。
メッセージを読む時には、分厚いメガネを外して、
顔と携帯電話がくっつくほど近づけて、小さな文字を読む。
老眼なのか近眼なのか、もはやよく、分からない。


暖簾に腕越し、とは、このやりとりのためにあるような言葉だ。
こちらの焦りは、もちろん感じているだろう。
それさえもしらばっくれるほど、悪い人にも見えない。
なんとも不思議は雰囲気のおじさんだ。

先日、大量の注文の一部ができた、と連絡をもらう。
今から持っていくから、それから、
お金が足りないから、納品分は支払って欲しい、と言う。

全部できていないなら、持ってきてもらわなくてもいいと
スタッフに伝えてもらおうと思ったら、今度は向こうから電話で、
もう向かっているから、と連絡が来る。
こちらも慌ててお金を取りに家に戻ろうとすると、
事務所の下にはすでに、紙袋を抱えてエレベーターに乗ろうとする
おじさんの姿があった。


お金をとって戻ってくると、おじさんは事務所の机に座って、
また一生懸命、携帯電話を顔にくっつけている。
事務所にいるスタッフは皆、ちょこんと椅子に座るおじさんを持て余して、
私が帰ってくるのを落ち着かない様子で待っていた。

残りの分はいつできますか?そう訊くと、明日できるから、
また電話をくれ、と言う。


こんなやり取りは、今回が初めてではない。
往々にして、注文したものは彼らの言う期日にはできない。
こちらもある程度そんな事態を予測して、早め早めに動くのだけど、
どうも今回は、おじさんの計算が予想以上に甘いようだ。

ある瞬間にもう、諦める。
諦めが肝心だ、ということも、それなりに経験から学んでいる。
諦めると、この事態はなんだか、とてもおかしく見えてくる。

もっとも、そんな心持ちにはさせてくれないような、
こちらをとことんまで苛立たせる発注先とのやりとりも経験した。
とんでもない言い訳をしてきたり、なぜかこちらが怒られたり
守っていない期日について話題にすると、イライラし出したりする人たち。

ただ、今回のおじさんはどうも、しょうがないな、と思わせる
何かがあった。


一体それが何なのか、今日なんとなく、思いめぐらせてみる。
おじさんの話ぶりと風貌と、佇まいを照らし合わせて、
その思考回路を想像する。

たぶん、おじさんはいつも、明日できると思っている。
毎日毎日、どんな計算なのかはわからないけれど、
明日できると結構真剣に、思っている節があるのだ。
出来上がるには工程があり、その工程の詳細を
おじさんは確実に想像できている。
それなのに、なぜかどうしたって、明日できる、と
思ってしまうのだろう。
だから、リップサービスとも思えない真剣さで、
明日、という言葉を繰り返している。


適度に飄々としていて、適度に真剣で、
適度に他人の感情に無関心で、適度に誠実。

どうにも、得な人格を持っていて、羨ましい。






2022/02/08

この日のはなしー 渡る世間は鬼ばかり

 
聞いたことを書き残しておく。

親族内の、そして女たちの諍いについて
もう、本当に大変なんだ、とばかりに
報告してくれる。

親族の一人が、パレスティナで生まれ育った人と結婚した。
プロポーズをされた時、将来パレスティナに住まなくてはならないなら
結婚しない、と断った女性に、
ヨルダンに住むからと懇願して、結婚に至った。

でも、結婚して5年、最近夫はしきりにパレスティナに住みたい、と
妻に迫ってくる。
パレスティナでも、かなり事業で成功している夫の両親、
家業を継がせるため、長男である夫とその家族を呼び戻したい、
という思惑がある。
しつこくずっと、電話やらチャットやらで、
パレスティナから連絡が来る。

今まではヨルダンに遊びにきたら、家に泊まって行った義母が
最近家には泊まらない。
あの妻なんか置いて、パレスティナにくればいい、と
義母は夫を唆しているようだ。

これで夫を一人でパレスティナに行かせたら、
きっとあの両親は2人目の奥さんを見つけてきて
楽しく暮らすに違いない、そう思うと
女性は夜も眠れなくなってしまった。

似たようなはなしを、以前耳にしたことがある。
両親が残っているシリアへ戻ってくるよう、父親から再三
連絡をもらっている夫は、家族でシリアに戻ることを考えていた。

旦那さんだけ戻ってもらったら?と私が言ったら、
そうしたら絶対、義父は向こうでお嫁さんを用意するに違いない、と
話し相手である奥さんは泣き出した。

一夫多妻制では重婚の罪がない、というのが
経済的な不安などよりも、愛情の問題として
重くのしかかってくる厄介な制度である、ということに
その時初めて気がついて、どうも私もまた、色々と
淡白な人間になってしまったことに、気付かされたりした。



パレスティナにはなしを戻すと、
その義母のパレスティナの家の周辺には、
同じ親族が多く住んでいる。
嫁いできた女たち、同じ土地で育った人と結婚した女たち、
その2種類の女たちが一同に集まったりする。

コロナ禍でも大祖母の命によって、一族の女たちが集まった。
その女たちの一人は、少し体調が悪かった。
けれど、日頃から陰口を言われがちで、好かれていないことを
薄々感じていた彼女は、断ったら断ったで、
色々と詮索されるのが嫌で参加した。

2、3日後、集まった女たちの一人がコロナに感染したことがわかると、
集まった女たちは、一斉に彼女を責めて、
電話やら噂やら、非難の声をたっぷり伝えてくる。
陰性証明を取って見せても、事態は好転しない。
いつの間にや、女たちのいじめの規模が大事になっていった。

しまいには、大祖母が、自分の孫にあたる彼女の夫に、
あの女と離婚しなければ許さない、と言い出した。

呆れた夫は今のところ、その女たちを放置して、平安な時間を
なんとか手に入れようとしている。

その夫婦は、ヨルダンにやってきてこんな愚痴をひたすら、
遠い親戚に話し続けるのだった。


それはなかなか、えぐいはなしだ。

戦ったり守らなくてはいけないことなど
自分たちの周りの、もっと別次元でいくらでもある
パレスティナという土地なのに、
女たちにとっては、周辺で戦闘が起きようが、封鎖されようが
ある意味関係ないようだった。


日本には有名な長寿ドラマがあって、
渡る世間は鬼ばかり(生きていく中で会う人々は皆、ジンニーに思えるぐらい
生活の中の人との関係は一筋縄ではいかない、
という感じの意味の諺だ、と意味を説明してしまったけれど
考えてみたら、「渡る世間に鬼はなし」だった)
なんて言うぐらいだから、世界中そんな話で溢れているのよ、と
コメントしておく。

個人的には、親族の女たちから無視されつつある女性に
夫がちゃんと肩を持ってくれているのが、よかった、と思ったりする。
家長とか、男系とかが大事なのもさることながら、
何よりも、私の目にはマザコンとしか思えないような
男たちが結構たくさん、いるからだ。




夜遅くに、スタッフから写真が送られてくる。
私が好きそうな感じだったから、と。
よく、私の好みをわかっている。




とても素敵な写真なのだけど、一緒に送られてきたもう一枚はなぜか
このアングルの手前に、本人の顔がしっかり、自撮りで入っていた。

写真にツッコミはするけれど、もう本人に
つっこまなくなったのは、
一周回って、なんだかもはや、可愛らしい、と
思えるようになったからだ。