2021/04/16

彼らの暮らしと、話の断片 ラマダン前1



ラマダン前は、忙しい。

断食と、豊かな夜の時間を楽しむ夜更かしに疲れた人々に
普段と変わらない仕事をお願いするのは、難しいから、
ラマダン前にさまざまを済ませておきたい。

ただでさえ、コロナの影響であらゆることが遅れている。
ついでに省庁の出勤率も20%ー50%に抑えられているので
焦りだけがじわじわと諦めに変わっていく
ラマダン前の1ヶ月間だった。

個人的な用事もまた、コロナのせいですべて、先送りにしていた。
特に感染者数の多かった2月から3月にかけて、
身近にも感染者が出て、PCR検査を4回受けた。
陰性であったとしても、絶対安全である保証はないから、
せめて数字が減ってくるまで、待つことにしていた。

でも、ラマダンは待ってくれない。
一年に10日ぐらいずつ早まりながら、
月は満ち、月は欠ける。
私の焦りと諦めが色こくなってくるにつれて、
外出規制の厳しいヨルダンにも
ラマダンの高揚感は広がっていく。

ラマダン前最後の週末は、家の訪問をすることにした。

いつもならば、ラマダン中こそ、家の訪問にはうってつけの時期だ。
イフタール(断食明けの「朝食」)は、
親族や友人たちと分かち合うから、ラマダン時期のお呼ばれも多かった。

でも、今年は去年に引き続き、夕方から外出が禁止されているから、
訪問もまた、ラマダン前のto doリストの中に
入れなくてはならなくなってしまった。




ジャバル・ナセル


一時帰国中、お土産を買っていたのに、
ずっと行くことができなかった家だった。
何度もメッセージをいただき、家族の顔を思い浮かべたりしていた。

いつも通り、お土産をバックに入れ、油の乗った国産の羊肉を買う。
きっと、肉よりもお金が欲しいだろう。
でも、私と彼らの関係性において、お金を介することはどうしても
自分の中で解せない。
いつも美味しい食事を用意してくれるから、
食事のお礼を、食材で返すことにしている。


冷え込んだ週末、高台に建っている家の前でタクシーを降りると
強い風に身が凍る。
建物の中に入ると、階段を
子どもたちがバタバタ降りてくる音が響いてきた。


家の中はエアコンがしっかり効いていて、
換気をしてもなお暖かい部屋の中には、
お父さんの吸うタバコの匂いが染みついている。






子どもたちはまたバタバタと部屋へ戻ってくると
お母さんが縫ったカバーのかけられたソファーにすっぽり嵌って
携帯電話のゲームを始めていた。

一通り近況を聞き、バッグの中身を出す。
いつもそうだけれど、特に男の子のお土産にはセンスがない。
いつの間にかまた一回り大きくなった、三人の子どもたちには
私の持ってきたお土産は、ビーチボールもステッカーも
幼すぎた。
目一杯弁解をしていると、子どもたちは奥の部屋から
お気に入りのおもちゃを持ってくる。
電池で動く自動車やリモコン付きのヘリコプター。
私が想像していたよりもよほど、ハイテクなのだ。

中国製の携帯電話を一台ずつ手にした子どもたちの様子を
じっと眺める。
オンライン教育のみが続いているヨルダンでは
子どもたちへの携帯の普及率が目まぐるしく高まっている。
決して生活水準が高くなっているわけではないけれど、
携帯はやむを得ず、需要がある。
この家族が、子どもたちのために携帯を買うことができる状況に
あるのだということを知る。

仕事の癖で、子どもたちの勉強の様子や、生活について
細かく尋ねてしまう。
一番下の子の通う学校と上の二人が通う学校は違う。
ただ、3年生までは下の子と同じ学校に上の子たちも通っていたから、
学校の先生の名前は、長男がよく覚えていた。
自慢げに先生たちの名前をあげて、自分の記憶の良さを
披露してくれる。

そのわきでお母さんは、エジプトに住んでいる妹さんと
SNSのボイスメッセージをやり取りする。
なぜか写真を撮られ、その写真もまた、妹さんに送られ、
最近またお子さんが産まれたのだ、と赤ちゃんの写真を見せてもらう。

もう一人の妹さんはトルコに逃れている。
お母さんよりも随分と若い妹さんは写真の中で綺麗に化粧をしていた。
大学を出て資格を取って働いているのは、母子家庭だから。
まだ小さい子どもを幼稚園に通わせているけれど、
公立でも学費が高く、それを払ってでも通わせているのだ、と
ヨルダンの多くの公立の幼稚園とは比べものにならないほど
何もかもがきれいで整然とした幼稚園の写真を写す携帯を手渡す。


いつもコーヒーをいただくから、やはりお土産に持ってきた粉を取り出すと、
コーヒーを淹れてくれた。
キッチンの大きな鍋には、好物の乾燥モロヘイヤが
たっぷり入っている。
コンロの下のオーブンにはこれもまた、大きな容器に
チョコレートケーキが入っていた。
糖尿病でインスリンが欠かせないお母さんは
でも、甘いものが好きだから、
アラブ界では滅多に享受できない、甘さ控えめのケーキだった。

子どもたちはモリモリ食べて、またすっと、ゲームの世界へ入っていく。

お父さんが仕事から戻ってくる、と電話で知らせを受けると
お母さんは見る間に浮き足立った表情を見せ、
キッチンへ向かう。
あっという間に居間が食卓に変わった。
サラダとモロヘイヤ、オリーブとホブズ(ピタパン)がどれも
お皿の上にたっぷり盛られる。





乾燥モロヘイヤは大好きなアラブ料理の一つだ。
初めて食べたのもシリア人のお宅だった。
2メートル以上にもなるモロヘイヤの枝をそのまま束で買って
葉を取り、ビニールシートの上に並べて乾燥させ、保存食とする。

家で作る乾燥モロヘイヤには、おまけみたいに必ず
髪の毛が入っている。
乾燥させたモロヘイヤを店で買うよりも確実に安いから、
彼らは自宅で乾燥させる。
家の中ではヒジャーブをかぶっていないことの
証明のようなものだ。
正直、口に入ると困惑するけれど、
髪の毛は、ヒジャーブを被らない家の中の
安心した空間をいつも、どこか懐かしいもののように想像させる。


お父さんは仕事着を脱いで、食事につく。
この夫婦は本当に、仲がいい。
いつも、冗談と真剣さを混ぜ合わせながら、
たくさん話し、笑顔が絶えない。

子どもたちはさっき食べたケーキでお腹がいっぱいなのか、
少し食べるとすぐに、またソファへと戻っていった。

お父さんとお母さんと、話を続ける。

お父さんは、コロナ禍での生活の苦しさを口にする。
ラマダンに入っても支援はないことについて、
他の団体のキャッシュアシスタンスについて、
生活レベルにの調査はあるけれど
その結果いつも、支援からは外れることについて。
前回お邪魔した時と同じ話をしていた。

そして、前回と同じようにUNHCRの支援窓口へ電話をかけて、
どんな対応となっているのかを実践で教えてくれる。
難民登録番号を入力すると、音声ガイドが回答する。

ここ数年、ずっと支援対象ではないことを訴えていた。
前回と同じように、UN職員一人の給与で、どれぐらいの人たちが
支援できるかを切々と、話す。
UN職員の給与とは天と地の差だけれど
少なからず支援関係者である私は、言葉に窮す。

この家族が普段からこのような暮らしをしているのであれば、
生活の困窮度合いがもっと深刻な家もあることを見ている私としては、
支援対象にはならないだろう、とまた
前回と同様、客観的に、思う。

下を見ればいくらでも下はある、そういう考えは
程度に差はあれど、実際に窮状を体感する人たちには理不尽な理論だ。
下には下がいる、だから、あなたは我慢しなければならない、など
とても言うことはできない。
せめて、支援対象のクライテリアと予算との兼ね合いが
対象になりうる誰にでも分かるよう、
積極的に公表されていればいいのに、と思う。

ただ、たとえそれが文章として発表されても
おそらく、言語的な理解度とともに、理解しようとする度合いにもばらつきがある。
だから公表はおそらく、パンドラの箱のようなものなのだろう。


子どもたちは途中から、少しだけ持ってきた風船に興味を持って
膨らませては投げて遊び始めた。
体を動かして遊んでいる様子を見るとどこか安心するのは、
私がステレオタイプな子ども像を持っているせいなのかもしれない。

長男は外国人のお客に慣れているから、
携帯ゲームの説明をしてくれる。
プレイヤーを選ぶと、勝手に戦ってくれるゲームだった。
単純で、それほど頭を使わなくてもいい類のもの。
大の大人でも、パソコンに向かっていると思ったら、
テトリスのようなゲームをただひたすらやっていたりする。

そして、TikTokも見せてくれた。
出てくる映像の中には、子どもが見て面白いのだろうか、と
思えるようなものもあった。
そこで紹介されている小噺を、子どもたちは暗記したりする。
小噺の下りを面白そうに話してくれるけれど、
私にはさっぱり分からない。
何度も繰り返し、話を説明してくれる長男に倣って、
下の子たちも歌のように、下りを暗唱する。

ここまでTikTokが浸透しているとは、知らなかった。
短い映像だったら集中できるのであれば、
これを教材に使えるんじゃないか、と思えてくる。


子どもたちがゲームから、よくない言葉を覚えるのよねぇ、と
お母さんは私の知らない単語を並べる。
時間を区切って遊ぶようにすればいいのかな、と口にすると
お父さんも携帯ゲーム好きだから、と
仕方なさそうに笑いながら、お母さんは言う。


外出禁止の時間よりも前に確実に、帰路へつかなくてはならない。
お暇を伝えると、ラマダン中も家に泊まっていけばいい、と言ってくれる。
家には必ず帰りたいので、ラマダン明けにまた遊びにくる、と
約束をする。
イードは屋上でBBQをしよう、という話になる。

モロヘイヤをタッパーに入れて、持たせてくれた。
日の丸弁当のように、レモンが真ん中に乗せられていた。

次にお宅へ行くまでに、
どんな部位のお肉がBBQにいいのか、しっかり調べておくことにする。



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