2022/01/17

砂塵と鳩の舞う土地 ー 冬休み 長い旅路



雨が降り続くと、普通の建物でも底冷えがするから
キャンプのプレハブは、想像するだけでも、体が震える。
ただ、土漠のあっけらかんとした土地は、
雨のあとの清々しさも、格別だといつも、感じる。


新年が何度もやってくるこの土地では、
特に1月の頭が、新しい始まりの時だとは、たぶん誰も思っていない。

でも、そこの部分だけは日本人が抜けない身としては
あっけらかんとした清々しい空気は、どことなく
新年に相応しいように、思えてくる。

みっちり会議をしたおかげで、熱くなった頭に、
外の冷たい空気は気持ちが良かった。
こんな日は、用事がなくても散歩をしながら
子どもたちの様子でも、見たい気分になる。

この日は、キャンプで色々調べることもあった。
冬休みには、補習授業をしている施設や団体もあるはずで
その合間を縫って、子どもたちがどんな毎日を過ごしているのか、
確かめてみたいと思っていた。

道端の景色は、コロナ禍のキャンプの風景と全く、同じだった。
つまり、子どもたちが天気さえ良ければ外へ出て、
できうるあらゆる遊びに興じている、という情景。

ビー玉、石投げ、犬を追いかける、ロバ車で小遣い稼ぎ、サッカー。

プラスティックでできた小さくて黄色い馬に
紐をつけて引きずる小さな子。
やはりプラスティックの野菜を入れる箱に妹を入れて
紐で引きずる子。
荷馬車が主な交通手段だと、子どもたちは大人の姿を見ながら
新しい遊びをどんどんと開発していく。
たぶん、これほどロバ車がメジャーにならなければ
こんな遊びも生まれなかっただろう。




新しい小鳥屋さんができていた。
鳴き声を練習させるために、鳥籠の上に携帯電話を置いて、
鳥の鳴き声を流し続けている。

この冬生まれた子ロバが、お母さんロバの仕事について
一緒に荷馬車の前を走っていた。




新しいロバの飾りが増えて、馬のように飾りをつけた
ロバが通りで俯いていた。





凧揚げのブームは去ったね、とか
ちゃんとセンターへ勉強しに通っているのは
圧倒的に女の子が多いね、とか
商店で手伝いをしている子たちの数がまた増えたね、とか
一つ一つ、目で見て確認していく。


この日、どうしてもキャンプで目一杯過ごして、
仕事が山積みの事務所へ戻らなくてはならない理由があった。
スタッフのお宅への訪問を延期したかったのだ。
アンマンでの仕事が多すぎて、お宅でくつろいでいる暇はない。


一通り確認すべきものごとを見たあと、車に乗って帰ろうとする。
すると、アンマンから一緒にきたスタッフが、
今日は断れないよ、と小さな声でささやいてきた。

それは困るとあらゆる理由を言ってみたのだけれど、
こちらで運転できない私には、自分の行動をコントロールすることはできなかった。


久々に、キャンプの外のスタッフの家へ行く。

最後に来たのは、親族のお葬式の時だった。
確かに、ご家族の様子は気になっていたし、
おとなしくて可愛いロバもいたし、
親族のたくさんの子どもたちも、スタッフの子どもにも
ちゃんと会って挨拶はしたいと思っていた。


腹を括ってはみたものの、時間は本当にない。
そんな私の落ち着かない様子を感じ取ったのか、
その日は、永遠に思えるような食事の準備も終わっていて、
家に伺ったらすぐに、立派なカプセが出てきた。




ここのお母さんのお料理は美味しい。
どこのお宅も美味しいけれど、ここのお母さんは
お野菜の使い方が上手で、炊き込みご飯の中にも
色々なお野菜が目立たない、でも
食感に変化を持たせて味わえる程度に、入っている。


そういえば、お母さんはシリアから嫁いできたんだったよね、と
話を振ってみると、昔の話が溢れ出てくる。


アンマン北西部の家の多くは
羊を飼って生計を立てていた。
この家もまた、代々羊飼いで、だから
家の前の空き地には、羊の群れがいる。

お母さんの実家は、ゴラン高原の方だった。
昔は羊を引き連れて、ゴラン高原まで移動をしていたという。
まだ国境もなかった頃の話だ。

羊を移動するたびに、毎年同じ場所へ行き、交流が生まれる。
そして、仲の良くなった家族の娘さんを、お嫁さんにもらったのだ。

そのあと、自分の子どものうちの一人もまた、
お母さんと同じ一族の中から、お嫁に来てもらった。

家の応接間の奥の壁には、大きな肖像画がある。
いつも伺うたびに目に入ってくるその絵に描かれた人は
お母さんの息子の一人で、若くして亡くなってしまった。

その奥さんが、シリアからお嫁にきた人だった。
シリアの実家に返すのはかわいそうだし、気立もいい子、
情も湧いたし孫もいる。
だから、何人もいる息子の一人ともう一度、結婚してもらった。



台所に行って、お母さんに挨拶をする。
男性のお客人がいる場合、女性は膳の上げ下げの他は
部屋に入ってくることはない。

私たちに出した大きなお盆に乗ったカプセの残りを
ご家族はいただく。
知っているからいつも、早く食べなくては、と思う。

大きなお盆を取り囲むお母さんやお孫さんや
スタッフの奥さんや他の兄弟のお嫁さんに
拙い言葉で精一杯、お礼を伝える。




赤ちゃんの数が増えていた。
スタッフの子どもだけではなくて、他の兄弟のところで
うまれた赤ちゃんも、部屋の隅で仰向けになって
すっぽりと眠りの空気の中にいた。


お母さんはなぜか、とても私を可愛がってくれていて、
いつもほっぺにキスをしてくれる。
その様子を、なんとも言えない表情で見つめるスタッフのお嫁さんに
なんだか申し訳ない気がしてくる。

私より、二回り近く若いスタッフの奥さんは
いつも控えめで、あまり話さない。
それぞれ家があるとしても、同じ空間に暮らしているのでは
色々と大変なこともあるだろう。


今までのお宅訪問で最速とも思える速さで、
食事をいただき、お暇しようとする。
すると、スタッフがマグドゥースを持ってきてくれた。

マグドゥースは、お母さんの監督のもと、
お嫁さんたちが勢揃いして、一族の一年分を
まとめて作るらしい。

本当は作るところを見てみたいけれど、
一族のお嫁さんたちからしてみたら、
興味本位の外国人に見せている暇も余裕もないほど
忙しい現場かもしれない。


帰りの車の中で、仕事をしながらふと外を見ると、
もうすっかり日が傾いた夕焼けが、
渋滞の車に長い影を描いていた。




冬のヨルダンの空は、雲の形に表情がある。
いつになったら、ゆっくり鑑賞できるようになるのか、と
一瞬気が遠くなる。

窓を大きく開けて、冷たい空気に頭を冷やしてみる。
その瞬間、いつかこの空気が懐かしくなるのだろう、と
なぜか確信した。

どんなことも、できる場所にいる時に、精一杯享受しなくてはならない。
また、時間ができたらゆっくり、
あの家も、この家も、伺いに行こう。


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