2015/11/06

彼らの話と暮らしの、断片 11月1週目


 その日に往く地域は、
 過去にも何度か家庭訪問をしたことのあるところだった。
 余計なお世話かもしれないが、
 その地域は、アンマン中心部にほど近い新興住宅地なので
 多くの建物が新しく、見るからに高そうでなのだ。

 どうしてここを敢えて選んで住んでいるのだろう、という疑問。

 過去の訪問でお世話になったお宅は
 皆、親族が先にここへ移って来ていたから
 自分たちもこの土地に決めた、と云っていた。

 親族の中で最初にここを選んだ家庭には
 まだ会ったことがない。

 新興住宅地という場所には、盲点みたいところがある。
 大きなアパートメントが乱立している、その裏には
 広大な空き地が広がっていたり、
 一画だけ小さな家がくしゃっと集まっていたりする。
 大通りから路地を何度も曲がらないと、見つからない。


 1件目: Tabarboor

 高台の端には、南に向いた日当りのいい土地に
 平屋の小さな家が、2件並んでいた。
 ちょうど、日本で私が借りていた家に似ていた。
 一昔前、日本の郊外にもあった
 台所も入れて2、3室しか部屋のない、賃貸用の平屋みたいな雰囲気だ。
 
 縦長の家に縦長の庭があって
 そこには、オリーブの木が植えてあった。
 トタンの庇の下にはぱらぱらと並んでいるのかそうでないのか分からない感じで
 サイズの違う靴があった。

 通された部屋には、マットとござが敷いてある。
 どこかで見たことがある、と少しだけ気になっていたけれど、
 キャンプから出て来たときに、一緒にもって出たという下りで、合点がいく。
 今まで伺った家でも、見たことがあった。

 お話をしてくれるお父さんは、
 どこか、視線や話し方の奥に、恐ろしくまっすぐな感じのある人で、
 きれいに切りそろえられた髭とあいまって
 例えば、先生とか弁護士の話を聞いているような気になってくる。
 難民登録証を見ると、家長が奥さんになっていた。
 聞けば軍隊で働いていたから、自分の名前で登録されることによる
 様々な支障を避けている、とのことだった。

 お父さんの持っている雰囲気にも、どこかで納得がいった。

 一つの質問に、丁寧に答えてくれる。
 こちらが少し突っ込んだ質問をすると、
 子どもや家族、また家族が関係しているあらゆる人たちとの間で
 問題になったり、傷ついたり、傷つけられたりしないように、
 表現に気をつけて、言葉を尽くしている感じがした。

 平日の授業の数学の先生はよくない、
 ただただ黒板に解き方を書いているだけで
 生徒に理解させよう、という気がないんだ。
 でもね、例えば英語の先生は本当にすばらしいんだ、
 だから、一概には悪い悪い、って云えないですよね。

 学校に往って、校長と話したこともあるよ、
 でも、具体的に誰がどう、という話はしづらいですよね。

 でも、家族と関係がない、もしくは作れない人たちの話をするとき、
 目がきっと、鋭くなる。
 娘が準備した書類を持って学校に登録しようとしたのだけれど
 門前払いだよ、シリア人だから、って。
 

 奥さんが来て、知らぬ間に準備してくれていたコーヒーの乗ったお盆を差し出してくださる。
 目尻の下がった、顔のパーツがみんな丸っこい奥さんは
 お父さんの少し後ろに座り、
 いつでも高校生の娘が、部屋を覗くと一生懸命勉強している、
 と誇らしそうに云った。

 家を出るとき、門の外まで見送ってくれた。
 最後まで、きちんとしたお父さんだった。



 2件目: Tabarboor

 1件目を後にして車に乗り、高台を降りて地域の中心に戻る。
 2件目の人に電話で場所を説明してもらいながら走っていると、
 何度も何度もぐるぐる同じ道を回っていることになるのだった。
 最後には電話の主のお父さんが、迎えに来てくれた。
 そして、お父さんを乗せて往った先は
 1件目と全く同じ場所だった。
 確かに名字は一緒だった、けれど近所に住んでいると思っていた。

 平屋のうち、奥にあるもう1件が、その訪問先だった。
 1件目のお父さんよりも、
 より愛嬌があって話好きで、随分と楽しそうに
 眉毛とほほと口元を上下に上げ下げしながら
 目力を変えながら、お話をしてくれた。
 本当に、目を見開いたり、目を細めたりすると
 目にも話にも強弱が出るのだ。

 玄関から入ってすぐの居間には
 1件目と同じマットが置かれていた。
 やはりキャンプから出るときに、持って出たとのこと。

 足の腱がが傷ついているのか、と足首をさすっている。
 特に冬になると、冷えて痛みが増す。
 病院リストを見ながら、一番近くて
 診療内容も適切な病院を探す。
 実のところ、持っているリストの医療の種類にはバリエーションがなくて
 しかも本当に適切なのかどうか、はっきりとは分からない。
 それでも、2つ丘を越えたあたりの病院を紹介した。

 医療費と薬代は、どうなんですか?
 薬はないと辛いし、薬代は高い、
 往って薬を買えずに帰ってくるっていうのは、
 交通費がもったいないし。

 まだまだ、こちらできちんと調べなくてはならないことが
 情報を共有する前に、たくさんある。

 キッチンに通じる入り口の脇で
 2、3歳の小さな女の子がこちらをじっと見ていた。
 ちょうど、こちらの小学生の女の子たちが好きな
 ドラというキャラクターにそっくりな
 おかっぱと大きな目だった。
 でも、ドラのように黒目に黒髪ではなくて、
 青い目に濃いめの亜麻色の髪、
 どうしても口元がきっちり閉まらないのか、
 開いた口に時々指をいれながら、
 興味津々そうに視線を私に定めていた。
 
 お母さんが居間に入って来たのと一緒に
 その子も走りながらやってきて、お父さんの腕にからまりながら、
 こちらを見ている。

 時々、こちらで云われる言葉を、またここでも聞くことになる。
 この子持って日本にいってくださいよ。
 お父さんがそういうと、その子はよくわからないからか
 きゃっきゃ、と笑う。
 どうして?ど訊きたかったけれど、
 訊いてみて、例えば
 日本はいいところだろ、とか勉強できるだろ、とか
 もしお父さんが真剣に云って来たら、どうしよう。

 こんな小さいのだから、家族一緒が一番ですよ、とか
 日本に1人でついて来たって、言葉もわからないし大変なだけですよ、とか
 勝手に、会話のパターンをアラビア語で想像する。
 
 ホディ ハー イル ヤバーン
 何度も云われると、もう、冗談なのか本気なのか分からない。
 彼らの生活が本当にきついのならば、
 家族一緒とか、言葉がどうのとか、それほど重大な問題ではないのだろう。
 
 そんなことを考えていたら、
 お父さんがその子をぎゅっと抱きしめてさらさらの髪に、自分の顔を埋めていた。
 きゃっきゃと笑うその子の様子に
 何を私は勝手に考えているんだろう、とばからしくなった。


 
 3件目:Tabarboor


 1階にテナントの入ったアパートの最上階まで
 もう制服をきて学校へ往く準備を整えた男の子が
 連れて往ってくれた。

 こちらには、扉式のエレベーターがまだ結構残っている。
 エレベーターに扉がついていて
 その奥にもう一つ、普通のエレベーターの自動開閉のドアがあるタイプだ。
 扉が二つある意味も分からないし、閉塞感がより、増す。
 個人的に嫌いだと思っていたけれど、現地のスタッフもいやがった。
 帰りは階段を使おうね、と云い合いながら、しぶしぶ乗って上に往く。

 質素だけれどきれいに保たれた調度品のある居間で
 女の子二人、お父さん、お母さん、男の子が
 4方に置かれたソファの上に均等に感覚を空けて座っている。
 それぞれが、私たちの顔をきちんと見て話ができるところに居るのだ。

 子どもは4人、さっき迎えに来てくれた子は
 唯一の男の子で、4年生だった。
 ホムスでドゥッキャーン(小さいけれど何でも揃っている日用雑貨店)をしていたというお父さんは
 手足が極端に短くて、おそらく身体的に支障がある人だった。

 だからなのか、その男の子をはじめ
 家に居た他の女の子二人もとてもしっかりしていた。
 男の子には、この家を守るという意識がもう、しっかりと芽生えている。

 とにかく記憶力のいい子で
 1度か2度しか往ったことのない、うちのスタッフの名前までも
 1人1人覚えていた。
 どんなアクティビティをしたか、とかどんなことが楽しかったか、とか。
 
 どんなことが好きか、趣味はなにか、という質問に
 サッカーは苦手なんです、と生真面目そうに男の子は答える。
 こういう子が日本にも居たな、と思い出す。
 絵を描くのが好きです、と。
 
 女の子のうちの1人は、やっているプログラムからあぶれてしまった。
 風邪でしばらく休んでいたら、登録の機会を逃してしまった、とのことだった。
 その経緯を、一つ一つ、順序立てて話していく。
 5年生のその女の子も、詳細をとてもよく覚えていて、
 面接でもしているかのように、背筋を伸ばして
 床から浮いてしまった足をぶらぶらさせるでもなく、
 膝に手を置いて、親の助けを借りずに説明をしきった。

 学校担当のスタッフから、登録が可能かどうか連絡をする、
 そういうと、随分とうれしそうな顔をした。
 
 配布したバッグの使い道を訊いてみたら、
 男の子は真剣な顔で
 すぐダメになってしまわないように、土曜日だけ使っています、と答えた。

 本当に礼儀正しい子どもたちだったねぇ、
 車に乗りがてら、スタッフと感心ししあった。
 でも、個人的には、あの歳で気苦労が多そうで、
 子どもらしいところが見えなかったことが
 少し心残りだった。
 
 
 

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