2015/10/17

彼らの話と暮らしの、断片 10月2週目


 仕事でシリア人難民の家庭を訪問している。
 仕事の目的は仕事の話なので、その文脈の中でのはなし。
 個人の投稿には書くことがはばかれる。

 けれども、それぞれの家庭の様子を残しておきたい。
 無精で、形に残らないものを続ける自信がないので
 あくまで、個人の視点で印象に残ったもののみだが、
 見たことと、聞いたことを
 ここで、少しずつ書き置いておこうと思う。
 
 1件目:Marka

 白い箱型の、よくある建物の2階
 ベージュのカーテンを透かして、遅い朝の光が青い空に色味をつけている。
 きっと、西側に面した窓
 部屋の中は、どの家庭に関わらず、暗い
 だから、窓の外の明かりが、その家庭の雰囲気を決定してしまうような気がするときがある。

 勧められるがままにソファに座る。
 リビングなのだろうけれど、8人ほど座れるソファセットの脇には、
 骨組みだけのベッドがある。
 よく、ぼろぼろになったベッドの底を修理する代わりに使われる
 すのこに足を生やしたようなものだ。
 その上におばあさんが座る、すのこの上にマットを敷いて、その上におばあさんが、居る。
 柔らかなオレンジ色と穏やかな緑色でプリントされたフリージアの花柄の
 あの、だるまになってしまうような簡易のヒジャーブを被っている。
 足をベッドの端に投げ出して、薄緑色のマスバハを指ではじきながら、
 顔はこちらをじっと、見ている。
 私の好きな、象のような皺の皮膚の足首
 大きな眼鏡と褐色の肌のせいで、顔だけ見たら、性が分からない。
 歳を取るということは、そういうことなのだけれど。


 家に居るおばあさんの娘は一人、2児の母で少し受け口
 とにかく、歌うように話をする。
 ダマスカスの方の人たちが話す、あの独特の語り口と
 音に重さのある、少し低めの声に聞き惚れる。

 でも、歌のような声音と、話の内容には、いつも深い溝がある。

 聞けばヤルムークキャンプから逃げて来たという。
 シリア人だけれど、パレスティナキャンプに住んでいた。
 建物すべてが、自分の親族だけで埋まってしまう
 キャンプではよくある、高いアパートメントから
 占領されて、戦渦に飲まれる前に、家族みんな逃げて来た。
 でも、あそこには車も家も、畑も小さいけれど、あったのよね。
 キャンプの中は安くて住みやすかった。

 ジャバルフセインでも、ヤルムークキャンプから逃げて来た家族があった。
 南東に張り出したリビングの先の大きな窓から
 ジャバルウェブデの家々が眺められて
 窓の脇には、鳥かごと、インコが一羽いた。
 明るくて、壁もカーテンも白い部屋だった。

 
 パレスティナキャンプで働いていたせいか
 キャンプと聞くと、それだけで親近感が湧く。

 でも、一度もパレスティナ人には会ったことがない。
 やはり、親族を頼って
 この国のパレスティナキャンプに居るのだろうか。


 こちらの用意している質問をしている間に
 もう一人、女性が奥からやってくる。
 おばあさんの息子の、お嫁さんで
 青い目をした、色白の声の小さな人だった。

 小学校の低学年の女の子が二人
 そろそろとカルガモの子どものようについて出てくる。
 双子のように似ているけれど、
 歳は違うのだという。
 寝起きで膨らんだもさもさの髪は淡いベージュで
 やはりお母さんと同じように
 青い目と青白い顔をしている。

 子どもたちに質問が向くと
 ほとんどの家庭で、親たちの顔がほころぶ。
 すべてではない、ということも、いくつかの訪問で学んだことだ。

 この家庭では、二人のお母さんは
 ふわっと顔を緩ませて、子どもたちに視線を送る。
 どんな遊びが好き?と子どもに訊くと
 もじもじして答えられない。
 イヒキー ヤー ハビーバティー
 それでも、猫のように母親の腰に頭をすりつけて
 恥ずかしがっていた。

 女の子ばかりだし、外では遊べないからね。
 これも、よく耳にする答えだった。

 まだこれから、いくつかの訪問が控えている、と云っているのに
 いつの間にやら用意された、アラビックコーヒーが出てくる。
 その頃には、大方の質問を終えてしまって
 何か訊きたいことがあるのだけれど
 うまくアラビア語にできなくて
 結局、ずっとおばあさんの服とマスバハを見つめてしまった。

 帰りがけになって、初めて
 もう一つすのこのベッドがあることに気がつく。
 身体全体を水色のブランケットにくるんだ小さな子が
 玄関のすぐ脇で、寝返りをうった。

 ずっと奥に隠れていた、緑色の制服を着た女の子が
 台所の扉の横で、小さく手を振っていた。


 4件目:Marka

  丘を降りると、ザルカ川の支流がある。
 汚水で悪名高い川からは、何とも云いがたい
 饐えた匂いがする。

 川からそれほど遠くない丘のふもとにある
 何件かのアパートの一つ
 坂に作られているから、入り口から一つ階を降りた一室。

 お父さんとお母さんと、2歳になる子ども
 それから、2年生になる男の子、歳の離れた大きな女の子が二人。

 小柄でがっしりとしたお父さんは
 こちらの人独特の、立派で流れのいい眉毛と大きな目で
 時折お母さんの膝の上で動き回る2歳の男の子を追いながら
 息子の通う学校の悪さを、必死に説明していた。
 まだ、低学年なのに、学校の校門の前で、年かさの男子にナイフで脅される、
 本当にハラームだ。

 お母さんは目の周りに黒く入れ墨のアイラインが彫られている。
 女の子はお母さんに似て、瓜実型の顔の形と丸い目をしている。

 長女にあたる女の子は、
 ただ立って、お父さんの話を聞いているだけなのに、
 溶けるような優しい顔をしている。

 でも、彼女は脳の神経系に問題があって
 時折倒れてしまう。
 学校に通わせていは居るけれど
 心配なんだ、と話すお父さんの顔を、それでも笑顔のまま見つめていた。

 女の子のうちの一人は、以前学校で会ったことがある
 見覚えのある顔だった。 
 学校で会ったことあるよね、と声をかけると
 長女と同じ、でももう少しだけ力のある笑顔で、うなずいていた。
 


 
 

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