2016/11/14

誰かに会うかも、しれない


日本の滞在はいつになく忙しかった。

おかげで、不本意ながらもヒラリーとトランプの顔を見ながら
銭湯に入らなくてはならなかったり
方々への返信が滞ったり
買い忘れが多くて、お土産もそろっていなかったり、している。

原因の一つは、単純にわたしの処理能力が低いからで
もう一つは、優先順位が自分本意だったから、というところだろう。

最後の日にたまたま、新宿を歩いていて思い立ち
新宿御苑に往ったりした。
日本での優先順位で常に、植物園か、動物園が上位に入っている。
おそらく、こういうことが、その他の大事なことができない理由なのだろう。




閑散とした公園を想像していたから
恐ろしい人の数に幾分、興ざめしてしまったのだけれど
立派なヒマラヤ杉と、湿気たっぷりの木陰と
黄色いスズカケ並木は、悪くなかった。



高い木々の向こうに高層ビルが見えるところが
少しだけ、ホーチミンの動物園に似ていた。

思いがけず、温室があったのも、よかった。
ヨルダンでの今年の夏、温室の、むっとする湿気と土の匂いに
ずっとずっと焦がれていたのを、思い出したりした。




家族連れとカップルばかりなので、
なんだか自分の場違いに身を固くせざるをえなくて
買ったばかりのイヤホンを試すのにもちょうどいい、などと
大きな、小さな子どもたちの声の代わりに
Nick Drakeを久しぶりに聴いたりしていた。

水と湿気のある景色は、確かにRiver Manとかぴったりなのだけれど
景色と曲にギャップがないということは、随分直接的で
曲がいつも以上に音と色を濃くしていた。


今回の優先順位で一番高かったのは、映画だった。
波に乗って「君の名は」を観よう、という話。
新海誠の映画は全部見ていたのもあって気になっていた。

期待通り、ぐっときた。
でも、なんでぐっときたのか、はっきりと掴みきれなかった。
映画のストーリー展開が早すぎて
ついていくのに必死なはずなのだけれど、
ふっと心の中の何かに触ってくる場面がなんどとなくあって、
その感触だけで十分、泣けてしまった。

では、それはなんだったのか、と。

頭の片隅でずっと気になりながら
仕事の帰りに、乗り換えと買い物で、新宿を歩いていた。

新宿では、たくさんのしらない人とすれ違う。
なぜだか時々、すれ違う人を
誰かと間違えて振り返ったりする。
記憶が曖昧になって、みんなが似てみえているのかもしれない。
アラブ人ばかり見ていたら、あの濃い顔に目が慣れてしまったのかもしれない。

日本に戻ると時々、やってしまうのだ。
文字通り、振り返ってしまう。

そして、その瞬間、なにをしているんだろう、と恥ずかしくなり
違っていて当たり前だと思う。
それから、掴みどころのない、ささやかで、でも、決定的な失望感がやってくる。
見間違えた人は、そんなに関わった人ではなかったはずなのに、と
その人のことやその周りの人やことを思い出したりしていると
意外と引きずったりする。

そして、その度に、自分の小さな失敗とともに
人の多さに、呆れる。
こんなにたくさん人が居るという、事実。

人があんなにたくさん居て、それなのに
ただただ、物理的にすれ違うだけの関係性だから生じる、勘違いだ。
心の中に不本意ながらできた、小さく深い真っ暗な穴を見つめながら
仕方ない、間違いだったのだ、と
妙な具合に自分の中で自分を納得させる。

だいたい東京では新宿近辺にいるのだけれど
映画を観てからなるほど、新宿だからそういうことが起きるのだと、
土地にせいにしてみたりする。

とか。

ヨルダンに戻るフライトの中で
目が醒めたとき、涙が出ていた。
寝起きに泣いていることは、きっと
誰しも時々、あることだと思う。

理由なんてない。ただ昼間につけていたコンタクトの調子なのか
乾燥していた飛行機の中だからなのか。
ただ、このフライとではちょうど確かに、
誰かのことが夢に出てきたような気もして
でも、夢の中身はこれっぽちも思い出せなくて
飛行機の窓から、月に照らされて青白く光った翼と
明るい紺色の夜空を見たりした。

夢の痕跡や残り香のようなものに
その一日の心が占領されてしまう、なんてことも
時々あることなのではないか、と、思う。

そして、あれはなんだったのか、と
夢特有のおぼつかなさが手伝って、
都合がいいあれやこれを、
もしくは心配事のあれやこれを
夢のせいにして膨らませたりする。

夢の役目だ。

映画のストーリー自体が、おそらく
夢にまつわるたくさんの言い伝えや過去の文学を踏襲しているのだろうと、
勝手に思っている。



そういうことのいろいろがたぶん
映画を見ていて思い出されたのだろう。



絵の美しさには定評がある監督だけれど
「言の葉の庭」も「君の名は」も雨が降っていて
その圧倒的な緑と青の、みずみずしさが、もう、恋しくなる。
そういえば、「言の葉の庭」は新宿御苑だったと、
新宿駅の道すがら、新宿高校を見て思い出した。
味気ないと思っていた東京の景色が、
前よりも美しく思えるようになったのも、この監督のおかげかもしれない。

しばらくはまだ、映画をひきずるのだろう。
いっそのこと、Radwimpsのアルバムでも、買って帰ればよかったと、
今更後悔している。



もう、特別な誰かが居るとは思わないし思えないけれど
会いたい誰かに会えるかもしれない、と
そこはかとない期待を持って街を歩けるのならば
雨の新宿だって、悪くないところのように、思える。


アンマンでも、起こりうるのだろうか。
アンマンにも雨の季節が、やってきた。

2016/09/25

彼らの暮らしと、話の断片 9月3週目



ヨルダンの初秋は、随分とさわやかだ。

夜と昼の温度差があるからか、
日中はまだ、夏のように日差しが強いのだけれど
日の傾きは、確実に真夏のそれと違っていて、
その日の色の違いを、ひらけた空全体が映し出している。
だから、真夏の青さと、また少し、違う。

そう云えば、去年も今頃フィールドに出ていた、と
同じ地域を往く度に、何度も往ったその土地の
季節の移り変わりを、思い出したりしていた。

その、有無を云わせない、決定的な季節の変化に、
移動の車からやもすると、呆然と外を眺めてしまいそうになり、
はっと、気持ちがどこか遠くへ往ってしまいそうなのを
引き止めなくてはならなかった。

ヨルダンの秋にも、たくさんの記憶がある。
そう云えば、事業の始めにはイルビッドの訪問もしていたから
そろそろオリーブの収穫時期だろう、と
ムアッサル、というオリーブオイルの圧搾工場に並ぶ
車の列や、その先に広がる開けた青い空、
記憶の中の古い画像を、思い出していた。

でも、久々のフィールドは、いつもどこかで、少し緊張する。
この日は、ご家族に訊きたい別件の内容もあったから、
頭の中で、どうしたらスムーズに話が持っていけるのか
頭の片隅で、いろいろと考えを巡らせていた。

タバルブール、という比較的新しく開発された地域への訪問だった。


1件目:

建物のエントランスに立って待っていてくれた女の子は
そこからそのまま小さなタイルばりの庭の奥の
真っ暗な扉の中に入っていった。
家の入り口はすぐ、居間で、
広くない部屋の3面に置かれたソファの上には
3匹の熊のぬいぐるみが、均等な感覚で置かれていた。

エジプト人の家庭だった。
もう20年近く、ヨルダンに住んでいる。

お母さんは入り口の問い面に座っている。
部屋には灯りがなくて、開け放した入り口のドアからの光だけで
話をすることになる。
正面から入り込む光が、お母さんの姿だけに、静謐な陰影をつけていた。

教育に熱心なお母さんだった。
子どもの授業の様子を、よく知っていた。
どうも、つい最近まで私立の学校に、この女の子は通っていたようだった。
学校で習ったことを教科ごとに書き込める紙を見せてくれた。
私立ではきちんと、内容がわかるようにプリントを保護者にも作ってくれる、と。

話を聞いていると、
2番目の子どもが、おそらく日本ではADHDに分類されるような
学習や授業態度に難しさがある子のようだった。
なかなか適切なフォローが受けられない、という話になる。
病院に往こうと思っても、随分遠いところしか紹介してもらえなくて、
どうしたものか、と困っている、と。

いわゆる、病気と診断されるような人たちを対象とした病院のリストはあるけれど
学習障害を診る病院の名前は、手元になかった。

申し訳なくなり、スタッフとわたしは、ただただ、話を聞いた。
教育に関する限り、資料は準備しておくべきだった。

話はまた、学校に戻る。
公立の学校でも、ヨルダン人とシリア人以外の国籍の子どもは、
教科書代を払わなくてはならない。
この支出は辛いですね、と、でも、淡々とお母さんは話した。


去年のちょうど同じ時季、イラク人家庭に往った時にも、同じ話を聞いた。
その家庭は、交通事故でお父さんの足が不自由になってしまっていて
本当に困窮していた。
そこの家のお母さんは途中から、ずっと泣いていた。

教育省の役人と会議をするときに、
どういうことになっているのか、訊いてみた。
だって、イラク人には、お金持ちもいますからね、と
何ともするり、と云ってのけていた。


横に座っている6年生の女の子は
目をどこかに見据えたまま、静かに話を聞いていた。
何かに答える時、すこししわがれた、でもはきはきとした話し方をする
賢そうな子だった。
とにかく、本を読むのが好きだと、
やはり、人に話をする時には、相手の目をしっかり見据えて
話をする。

何か、学校でも家の周りでも、困ったことはないですか。
この質問に、お母さんもやはり、こちらの目をしっかり、見る。

ここはヨルダンで、私たちはヨルダン人なんだ、
エジプト人なのにどうしてここに居るの?
と、子どもは時々、訊かれる。
どうやって子どもは、この質問に答えればいいのかしら。

近所に住む子どもに訊かれたと、
女の子は云う。
部屋の真ん中にできた、空間の中に視線を据えていた。
どうやって答えたのか、結局聞けなかった。


家を出る時に、また女の子が建物の入り口まで
見送りにきてくれた。
暗い部屋を出ると、
心なしかどこか、すべての色が柔らかくなっているように思える。
女の子の目もまた、淡いグレーで
朝の黄色い光に、やわらいだ輝きが見えた気がした。


2件目:

出迎えてくれたお父さんは、
広い居間のソファに座った。
ほどなくして、おむつを履いた男の子がやってくる。
立派な垂れ目の、大人のようなはっきりした顔立ちの子で
なにかいたずらをしてやろうと、そこここを歩き回っていた。

HCRの証明書に、お母さんの名前はなかった。
お母さんはヨルダン人だから、登録されていない。
5人の子どもたちも、写真を見る限り、顔立ちがきりっとしていた。

お父さんは低くて大きな声で、娘を呼ぶ。
奥から6年生の長女がやってきた。
ピアスとカチューシャに、お揃いの青い花がついていて
派手な服と一緒になるとちぐはぐなのだけれど
時々カチューシャの場所を、手で確認していた。
随分と、神妙な顔で。
こちらの子の常で、腕を腹のあたりでしっかりと組んで
話を聞く。

学校では、学校の敷地内にある売店の手伝いをしている。
お金も扱うし、商品の場所や名前をしっかり覚えていなくてはならないから、
きっととても、活発で気の利く子なのだろう。

もう1人、4年生の女の子が居るはずだった。
学校の話を聞きたくて、居間に呼んでもらう。
何が楽しいのか、ずっとずっと、にこにこしている子で、
ふっくらした顔がよけいに、まあるくなっていた。

どんなことをするのが好きか訊いてみると、
乗り物が好きだから、バスに乗って学校に往くのが楽しい
そう、長女は答える。
下の子が、答えようとすると
とにかく、食べるのが好きなんだよなぁ、と
お父さんが代わりに答える。
嫌な顔もせず、ふっふとうれしそうに、下の子は笑っていた。

お父さんの携帯が鳴ると、おむつの子がいじろうと手を出す。
話の邪魔をさせまい、と、長女が引き寄せようとする。
それをものすごい力で振り切ろうとしていた。
ふっふと、うれしそうにまた、
隣に座っている下の子が笑っている。

どこかへ出かける支度が終わったお母さんが入ってきた。
背の高いお母さんで、立ったまま話をすると
なんだか、怒られているような気分になった。
下の子も勉強が好きだったらいいんだけどね、と
さほど困った様子でも、口調でもなく、云った。
また、自分のことを云われているのに、
下の子がふっふ、と、お餅のようなほっぺたを
ぷっくりさせて笑っていた。
その横で、おむつの子が、長女の膝に乗ろうと
足に体当たりしていた。

お父さんは仕事を転々としているし、
お母さんも親戚を頼ったりしなくてはならない。

けれども、圧倒的な安定感が、
部屋中に漂っている、見ていて幸せになる、家族の様子だった。


3件目;

ちょうど1年前の今頃、近くの家を訪問した。
熟しすぎたいちじくが地面にたくさん落ちていた記憶があった。
まだ、今が食べごろで実を落としていないいちじくが
そこだけぽっかりと明るい空き地の脇に
小さな畑を作っていた。

他の高い建物からは、どうしても見劣りのしてしまう
2階建ての小さなアパートメントの横には
6、6段だけの小さな階段がくっついていて
階段の上で女の子がこちらをじっと見ていた。

お父さんはしゅるしゅるとした話し方をする。
実のところ、聞き取りにくいタイプの話し方だった。

居間に案内されて座ると、暗い台所の扉から
アラファトみたいな風貌のおじいさんも
マスバハを片手で数えながら、やってきた。

ふと、床に敷かれた絨毯が、気にかかる。
わたしが初めの2年住んでいた家にも
全く同じ柄の絨毯があった。
でも、この家の方がよほど、わたしが使っていたものよりもきれいだった。

基本的にスタッフがアラビア語でする会話の邪魔はしないように
できるだけ聞き取りに専念することにしている。
特に聞き取りが難しい時には、じっととにかく、見る。

一通り、家族の様子を把握する質問が終わる頃に
お父さんは、傷が痛くてね、という。
お父さんは左のすねに大きな傷があって、
こちらの診療所で手術をしたという。

診療所は比較的簡単に見つかる。
各地域に一つはある、というものだ。
ただ、診療所で処置できないものに関しては
政府の病院への紹介状を携えて、遠い病院へ往かなくてはならない。
この地域にも、アンマンでも数限られた
政府の病院の一つがある。
予約を取ろうとすると、胃が痛くても6ヶ月後、
特別な虫歯の治療が必要でも4ヶ月後、と
全く患者の数に、治療が追いついていない。


話が子どものことになると
話の内容が学校に関することや趣味の話になるので
話の輪郭がはっきりしてくる。
女の子たちは二人とも絵を描くのが好き、という。

でも、この子ね、首を絞めている絵とか描くんですよね、と
お父さんはどうしてなのか、そこだけリアクション大きめに
自分で自分の首を絞めるまねをしてみたりした。

ドイツとかアメリカとかに往っている親族もいるけれどね、
うちはいいよ、と人差し指を立てて、ら、ら、と云う。
とにかくお金が欲しいけれど、お金の配布とかは、していないのですか?

こうなると、こちらは誠実に、できる支援内容を説明していくことになる。
お父さんは、隠そうとしても隠しきれないようで、
残念そうな、少しいらだっているような表情で
こちらの説明に耳を傾けていた。

帰るときになると、また子どもたちが見送りにきてくれる。
また、階段の上から、子どもたちはでも、
無邪気に、手を振ってくれた。


4件目:


この家の近所もまた、一度来たことがあった。
その内部の詳細も、よく覚えていた。
同じ敷地の、違う棟の1階の家に、入っていく。
エントランスの扉を開けた女の子は
やもすると、日本の子のような印象を受けた。
すがたかたちが、ちょうど中学生の日本の子のようだった。

1階の外に通じた居間、大きな窓が開けられていて
それを覆う淡く白いカーテンが、風に揺れていた。
日本のアパートのようだった。
もっとも、日本のアパートよりもよほど広いけれど。

お母さんはターバンのような不思議な形のヒジャーブを巻いていた。
顔立ちはあまり二人の娘と似ていないけれど
やはり、どこか違った感じがするのが気になっていたら、
お母さんはチェルケス人で、お父さんはクルド人のようだった。

お父さんとは離婚をしている。
ヨルダンに避難してまだラムサに住んでいた頃
レーザーで木材を加工する機械を買ったという。
でも、その機械の購入やら、仕事場やらで
いろいろともめてしまって、別れたという。

お母さんは、お菓子の箱のパッケージデザインをしたり
レストランで働いたりしているけれど
なかなか安定しないという。

HCRの証明書を見て、密かに、はっとする。
わたしより1ヶ月ぐらい、お母さんの方が若い。
同い年の人だった。
見た目だけなら、わたしの方が完全に歳を取って見えるだろう、
かわいらしい顔立ちだ。
大きな娘さんが、いるものだ。


二人の娘たちは、似たような顔立ちをしていて
真っ黒で真っ直ぐな髪を肩上で切りそろえていた。
髪型もまた、日本の子を思い出させるのかもしれない。

子どもたちの教育の話を、しばらく熱心に話していた。
やはり、公立の学校のレベルの話になると
どうしても、問題がありすぎて、その詳細を書き取るだけで
精一杯になってしまう。
お母さんは看護師の資格も持っているのに、
ダマスカスに置いてきてしまったから、
証明できるものが、何もない、という。

子どもたちの趣味の話になると、
絵を描くのが好き、という話になった。
絵は、紙と書くことができる何かがあれば
すぐに始めることができる。
やはり、誰にとっても近しい、楽しみではある。
反対に、それほど好きではなくても、他にすることがないので
なんとなく絵を描いてみている子どもたちも、
たくさん家庭訪問でみてきた。


ただ、ここの子どもたちは違っていた。

奥からそろそろと、たくさんの紙の束を持ってくる。
指絵にマーブリング、ドロッピングからコラージュまで
絵の教育を受けていないと知らない技法を
たくさん駆使していた。
どうやってこういう技法を知ったんですか、と
つい、美術教員だったこともあって、尋ねてみる。

インターネットでフランスの絵画教室のサイトとかを見て
真似してみるんです、とお母さんは答える。

上の子の線のセンスが抜群に良かった。
また、形も、色の配置も、バランスがいい。
限られているであろう画材を感じさせないものだった。
こういうものは、教えてもできない。

もっと絵を勉強する機会があったなら、
相当伸びる子だろう。

どこの家庭訪問も、限りなく平等に近いスタンスでいることを
自分に課してきたけれど、
なんとも惜しい、という気持ちが働いてしまって
写真を撮らせていただいた。

毛糸があればすぐに、いろいろなものも作ってしまうんです。
お母さんは、子どもたちにまた、小声で何か、云う。
すると、奥からまた、たくさんの小物が出てきた。
マフラー、靴下、帽子。
平編みからかぎ針まで、いろいろな技法を使って、
造りも丁寧な小物たちが、絨毯の上に並べられる。
お店に居るみたいだ。

だから、ではどこかへ売りに往けるのか、といったら
そうでは、ない。
これぐらいできる子どもたちや大人たちも、たくさん居る。
支援を目的として売るにも、質は落とせない。
ましてや、外国を視野に入れるならば
厳しいチェックは免れない。
安請け合いをすると、話を持っていた人に迷惑がかかる。

ただ、ここの子どもたちはまだ若いから
どこかで新たな技法を覚える機会があって、
自由に色の選べる環境にあったら、
たくさん素敵なものが作れるのだろう。

口惜しさが、心いっぱい広がっていた。

そんな気持ちで並べられた小さな靴下を見ていたら
奥からまた、赤やピンクの紙袋を持って
二人の子どもたちが来た。
何が入っているのだろうと思ったら
お土産に、と、マフラーを二つ、入れてくれていた。

これはいただけない、と必死に断ろうとした。

とにかく、毛糸があればすぐにいろいろ作ってしまうから、
家には貰い手のないものが、たくさんあるんです。
いただいてもらった方が、こちらもありがたいんですよ。

その気持ちがうれしいけれど、
いただくということは、何かをしなくてはならないという意味だと、
わたしは思う。

果たして、自分の知る範囲の人脈で、
何ができるのだろうか。

結局、赤い紙袋を受け取って、家を出た。

また、エントランスまで、上の子が見送りにきてくれた。
白い階段の上で見送るその子の姿と佇まいが
やはり、いつか、日本のどこかで見た、誰かと重なっていた。



2016/09/23

最近の音楽事情 — 秋がやってきて、音も変わる




朝、確かに寝坊をしたのだけれど
ブラインドから入ってくる光がいつもとどこか違っていて
今が何時なのか、わからなくなってしまう。








久しぶりに大通りに面したブラインドを開けて
雲が日差しの色を変えてしまったことに、気づく。

たっぷりの雲が流れていって
時刻とともに色を変えていくのを
ベランダから鑑賞する。そう、鑑賞する。
雲は、鑑賞するものだ。


あんなにカラカラだった空気が湿気を帯びて
本当に、夏なんてどこかへ往って
秋にとっぷり入ってしまったことを、知る。



今まで聴いていた曲たちがなぜだかしっくりこなくなって
またネットサーフィンをすることになる。



3年前の帰国の時、このアルバムのジャケットは見た記憶があった。

やさしいけれど、歌詞はなかなか湿っているけれど
どっとした重さはなくて、全般的に聴きやすい。
作り込みの面白さがあるか、と云ったらそこまででもないのだけれど
シンプルな音作りの洗練されたバランスのよさがある。

そうか、洗練されているもの、というのは
しつこくないんだな、ということを今更、知る。
わたし自身の洗練への道は、遠い。

たとえ、PVの最後のように自転車に乗っても、
それがどこかおしゃれに見えるような、姿が大事なのだ。





寒い地域の音楽というのは、独特の冷たさがある。
どこかで、その寒さのせいなのか
ものすごく冷静な視点があるように、思える。
自分を俯瞰して、それから、そのあり方にどう反応するかは、
表現者それぞれなのだけれど、
たぶん、なんだか、このバンドは歪んでいる。とても。
デンマークも、北欧だからな、と偏見が働く。

そう云えば、昔カリマウスキの映画を見たとき、
開始10分ぐらいで主人公の友だちがトイレで自殺した。
これはとんでもないところだな、と思った。
舞台はノルウェーの田舎からヘルシンキへ移った。

こういう曲は、意外と聴いている自分が、正気に戻ったりする。



ちなみに、このバンドのPVを見ていると、Sigar Rosを思い出す。
単純に寒さで云ったら、アイスランドの方が際立っているからかもしれない。

このアルバムを冬の夕方に聴いたりすると、その日が終了する。
覚悟が必要なアルバムだ。










そして、下世話にもバンド名が気になって聴いてみたりする。
昔はタバコを吸っていたな、と。

浮遊感がいつか聴いたアルバムと似ていて、
それが思い出せなくて悶々としたりしている。
あれは、なんだったのだろう。

全般的にエフェクトがかかりすぎているけれど
ざらざらとした音と甘い声が、しっかりとした感触を持っていて、
何曲も聴くと飽きるけれど、2、3曲なら、面白く聴ける楽曲だった。







本家、七尾旅人よりもこっちの方が声がいいんだよな、と
久しぶりに聴いてみたりする。
日本語の曲というのは、歌詞を聴いてしまうから
魔法は解けるものさ、なんて思ってしまうのは、よくない。
でも、カバーの気軽さみたいなものがある。
曲のイメージは自分の色にして、
でも、力がうまい具合に抜けている感がある。





カバーでツボと云えば、このバージョンだ。
原曲が好きすぎるというのもあるけれど、
この方が、曲の良さがシンプルに表現されている気がする。


でも、秋に沁みわたる何かを聴くと、なんだかよけいにしめっぽくなってしまう。
あんなに求めていた湿気が、いざ本当に体感できるようになると
飲み込まれまい、と、本能的に防御反応が出るのかもしれない。






飲み込まれまい、といつもの曲を聴いてみる。

いつまでも、浮遊していたら、いい。
地に足つかなくて、何が悪い。
nomadを体感するには、何よりの曲。

でも、どこかしっくり、来ない。
この曲は聴きすぎてしまった。
大好きなのだけれど、今自分の居る空気と、どこかが違う。


どうしてしまったんだろう、と、焦りはじめる。
しっくり来るまで探し続けていたら、
秋の夜も、長くなってしまう。

秋の夜長、というのは、実のところ、こういう人間のためにあるのかもしれない。




2016/08/31

最近の本事情 — わたしの名は赤




短編ばかりを手にしていたのは
集中力が持たないからだったのだけれど、
短編のように章が短く、かつ、章それぞれの関係性を考えながら
読み進めていかなくてはならないというところで、
読み応えのある久々のヒット作だった。


16世紀、オスマントルコ時代に設定された物語の醍醐味は
主題となる細密画に託された細密絵師の絵師たるスタンスが
精緻に計算された話の展開の鍵となっているところだった。


イスラム世界における絵画の位は、低い。
ものをあるがままに描くことを良しとする西洋絵画の常識は
現代のヨルダンでさえ、未だに浸透していない。

こちらで美術教員だった時に、まざまざと思い知らされた
幾何学模様と色のバランス、
風景を描く時の、暗黙の了解である決まったモチーフへの執着は
もしかしたら細密画にも起源があるのかもしれない。



ルネッサンスを迎え、絵画に革新的な変化が見られた西洋絵画への密かな衝撃と、
神の視点で描くことが絶対とされるイスラム的な細密画の掟との間で
葛藤する絵師たちの心の在りようが
一人称で書かれる様々な語り手によって
手に取るように、それこそ、細密画が仔細さを掬いとるように
描かれている。


その、一人一人の心情描写からは
絶対的な神の存在と、神の視点を忠実に再現することに執心した
過去の絵師たちの作品と生き様に対して、
ひたすらに畏怖と謙虚さを持って描くことを
絵師たちは要求されていたことが、伺える。

そして、その要求に答えようとする絵師たちの
禁欲で真摯な姿勢は
どこか、日本の禅の思想と、その思想がもたらした画家たちのそれを彷彿とさせて
その勝手な結びつきが、でも自分の中で、とても興味深かった。



おそらく、この作品をこれほど楽しめたのは
少なからずイスラム世界について、
知識と経験があったからなのではないかと
心密かに自負している。

もちろんこちらの文化に造詣がなくとも楽しめるけれども
絵師たちの心の機微が宗教観に帰している限り
物語の主題をより深く体感するには
そのものに対して抵抗がない方が、いい。

反対に、こちらの世界観に馴染みがない人でも
時代は違えど根底に流れるイスラムの何かしらを
一見関係ないと思われる絵画を主題とする物語を通じて
知る機会にはなるのかもしれない。

ちなみに、順当に読み進んだ末、訳者のあとがきまで往き着き
あとがきに作品理解への大きな手助けになる情報が
たぶんに含まれていることに、気付かされた。

ストーリー展開にまでは言及していないので
もし読む機会があるのであれば、下巻のあとがきに
目を通してから読んでもいいのかもしれない。






ところで、好きな街を一つ挙げろと云われて
迷いなく答えられるのが、イスタンブールだ。

中学の時、美術の資料集で見たアヤ・ソフィアの内部の写真が
いつまでも記憶に残っていた。
いつか自分の目でみてみたい、と
けっして旅好きではないのに
どうしても往かなくては、と訪れた街だ。

随分と近くに、姿のきれいなカモメが居て
青い海が街並の向こうに見える、
坂と石と海と緑が絶妙なバランスで在る
美しい街だった。


「わたしの名は赤」は、イスタンブールを舞台としている。


旧市街の有名な観光名所が、物語の随所に出てくる。
入場料が高くてどうしようか迷ったトプカプ宮殿の内部に
主人公が入っていく描写に、興奮した。

少なからず知っている街の描写の一つ一つを
記憶と結びつけながら読める幸せを感じられた
初めての作品かもしれない。



読書の記憶と結びつけることができなかった作品としては
タブッキの「遠い水平線」がある。
ジェノバを舞台としたこの小説は
読んだ後で街を訪れた。
ただ、その街が舞台であったことを知らず、
訪れた後もまた何度か読んで、あるときふと、小さな描写の一片で
ジェノバであることに気がついた。
本を持っていけばよかった、と、後で後悔した。


ジェノバも、気に入った街の一つだ。

結局のところ、
単純に景色の中に石と海があれば、
もしかしたらそれなりに満ち足りてしまうのかもしれない。





2016/08/20

続 最近の本事情 ー 池澤夏樹 ナウシカ 漱石 オルハン・パムク


なんだかたくさん読んでいたようなので
長過ぎるから、続きの、紹介。

全く関係なけれど
満月の前後は両日ともほぼ、まんまるなのに
2日経つと、一気に萎んでしまうように見えるのは
気のせいなのかしら。



久しぶりに、池澤夏樹の読んでいない本を、読む。
新刊ではないのだけれど、日本で買ってしばらく、
これもまた、大切にしすぎて本棚から出していなかった。

震災をテーマにした本は、おそらく本人の徹底した被災地での視点が
元になっている。
それでもなお、ファンタジーに留まって話を書き上げているところに
底知れない本の力を思い知らされる。
双頭の船

一章ごとに出てくる、人物とその人が連れてくるものや考え方が
根底で作者の世界観や思想と混じり合い、波打ちながら
最後まで変化し続けていく話の展開に、
確実な希望を宿していく。

亡くなった人々と、亡くした人を思いながら生き続けていかなくてはならない
残された人々の思いが
物語の中にたっぷりと、でもそこはかとない明るさを持って
描かれていた。

けっして、性善説だけを説いているわけではないのだろうけれど
池澤夏樹の本は、混沌の末に、
人を肯定的に描いているように、思う。

それぞれの心の中の形になりにくい善や
暴力とも取れる正義というのは
やはり、状況を変えていくのには
必要なものなのだ、と思ったりした。





最近持ってきていただいたナウシカの漫画全巻も
正義や善とその反対にあるものを見せつけてくる。



これは読み出すと朝までコースとなるので
読み出す時間が問題になる。

週末は気にしなくてもいいので、
これ幸いと読み始める。
とりあえず、この2週間ほどで、3回読んだ。

相変わらず文字が多いな、
あれ、トルメキアのぷっくり王子たちはいつから出てくるのだっけ、
腐海の図は裏表紙になかったっけ、
これもヒドラだったんだ
などなど毎回新しく疑問や記憶違いや発見があるから
あまりきちんと読んでいなかったのかもしれない。

それでも、世界というものの成り立ちや戦争の形が、
これほど分かりやすく描かれているものはない。

青い衣を纏った神はやってこない現実の世界では、
本質的にナウシカのような心を持ち続けることはできなくて
ただ彼女が最後に神と立ち向かう時に云い切った
人間の存在のしかたに、ただただ感心することになる。




久しぶりに、夏目漱石の倫敦塔も、読む。
ふとした会話の中から出てきた漱石の話で
おすすめを訊かれて、すぐに、倫敦塔、と答えてみたものの
そう云えば詳細がよく思い出せなくて
青空文庫で検索をかけて
深夜にまた、読み直していた。

意味をなさない描写を伴う言葉が一つもなくて、
一語一語が言葉以上の存在感を持っている文章の高潔さに
当たり前だけれど、文豪の所以を知り
舌を巻く。

神経衰弱と胃炎に悩まされていたはずなのだけれど
だからこそ、一字一句に心血を注ぎ続けたその情熱を
深く、体感する。

どんな話でもそうなのだけれど、
気に入ったものや好きなものの話をする時の
人の話はおもしろい。

漱石の倫敦塔への思い入れが、よくよく伝わってきて
でも、漱石らしく、最後にはきちんと
その熱の行き過ぎの恥じらいのような追記が、
一緒に書かれている。

胃潰瘍の理由は、たぶんそのあたりに、ある。




初めてのオルハン・パムクが、
現在のところ一番の楽しみだ。
わたしの名は赤



やっと下巻が手に入って、心置きなく先が読めるようになった。
全く、下巻を買わずに日本を出るなんて
失態としか、云いようがない。
前回帰国した時から4ヶ月ほど、悶々としていた。

細密画の絵師とその編纂者たちの話なのだけれど
各章が、異なる登場人物による視点から書かれていて
設定と書き方だけでも、かなり凝っている。

さらに、恋心と殺人と絵画の歴史と細密画の極意が
織り交ぜられていて
それぞれの視点から書かれている各章を
それこそ細密画を鑑賞する時の視線の動かし方のように
一つ一つ、仔細に追っていくことを読み手に迫まってくる。

きっと最後には、
その絵の全体像を見ることができるのだろう。





大切に、読まなくては。
未読の本が
秋を待たずしてほとんど、無くなってしまうから。

最近の本事情 — トーベ・ヤンソン 論語 向田邦子



日本のお盆がいつからいつまでなのか、分からなかった。

でも、ある朝、日差しの色が明らかに変わって
季節が移りかわりつつあることを、知る。
日差しがたっぷり入る屋上だからこそ、なのかもしれない。

まだまだ日中は暑さが厳しいけれど
夜の風も、どこか纏う空気を変えて
窓から流れ込んでくる。

そして最近、新たな本を手に入れたり、
眠っていた本を再び手に取る機会が増えた。

単純に、読書欲が増しているからで、
一足先に読書の秋、というところだ。

なかなか心穏やかではないことが多かったせいか
その在りようを変えてくれる可能性のある本か、
日常にはないものを見せてくれる本を、
本能的に探す傾向にあったのかもしれない。




テンポよく、さらっと気分を変えることを期待するならば、
短編が、いい。
短編ならば、トーベ・ヤンソンを。
半ばの狂気と、辛辣な視点と、研ぎすまされた感性が
深夜の感覚にじわじわと刺激を与えてくる。

過去にしがみつく女たち、
記憶を勝手にすり替えてくる古い知人
都会の歪んだ倫理を押し付けてくる少年、
人の未来が見えてしまうから誰とも交流を持てない女

身近な人物への洞察力と、本人の想像力と、深く自身を見つめる自省の念が
おそらく、話の根幹でひしめき合っている。

続けてどんどんと短編を読み進めてしまうのはもったいないので
眠る前に一編ずつ読んだりしている。

記憶や情報の整理は、眠っている間になされるらしいから、
私の中には、離島でたった一人、一夏を過ごすような
ヤンソンの潔い孤独が息づいてくれないか、などと
他力本願な期待をしたりする。




朝は、心を落ち着かせようと、論語を読んだりしている。
全く、これもまた他力本願甚だしいのだけれど



子曰く、約をもってこれ失する者は、鮮なし。
子曰わく、君子は周して比せず、小人は比して周せず。
子曰く、惟だ仁者のみ能く人を好み、能く人を悪む。
子曰く、中庸の徳たるや、其れ至れるかな。民鮮なきこと久し。

現代語訳がすぐ後ろに書かれているので
それと照合しながら、読んでいくのだけれど
大方の言葉に、一つ一つ、
はい、その通りです、すみません、ごめんなさい、
と一人勝手に謝ることになる。

徳や仁からは、ほど遠く、ましてや中庸になどなれるはずもなく
煩悩と混乱の世界に、往かなくてならないのだな、と
本を伏して、ドアを開け、階段を下りることになる。

もっともこれは私の心の在りよう次第なので、
自分が悪い、ということなのだけれど。

孔子がすごいのは、
自分よりも徳や仁の高い人物とつきあいなさい、と云っているところだ。
人を選べと。
徳や仁はなくとも、面白い人たちはたくさん居るし、
人を選んでいたら仕事が成り立たないので、
結局、ますます、心の在りようは、穏やかではなくなってしまうようだ。





先日、たまたま牛テールが手に入ったので
ひたすらに煮続けていた。

ピアノの短い曲を弾いては、灰汁を取り、
またピアノを弾いては、灰汁を取る。
そんなことをしながら、ふと向田邦子の本を思い出す。

練習にも飽きると、だらだらしながら、ちらちらと短編を開く。

作者の人となりが、反省しつつ、開き直りつつ
文章のそこここにちりばめられている。

雑誌への寄稿が集められているので
題材はそれぞれなのだけれど
どの話もその部分部分が頭の片隅にしっかり残っていて
仕事の合間にふと、思い出したりして
にやにやしたり、感慨にふけってしまったりする。

一番困るのは、食べ物に関する文章で
ごま油をしっかり使ったシンプルな炒り卵や
海苔弁当や豚鍋や
わかめの油炒め
詳細に書かれた調理法や食べ物の描写のすべてが
在外の身としては、完全に嫌がらせになっている。

海苔吸いの調理法の最後に
もったいつけてでも小さな椀に盛り
おかわりはさせない、という下りがある。

本人の食をふるまう時の小粋な技に
ふうっと深いため息をつくことになる。


結局、牛テールは
なんだか味がうまく納まらないまま
お客人たちの腹の中に入っていった。
余りがないのでも、もったいぶっているのでもなく、
味が納まらないから
おかわりをお勧めできなかった。
まだまだ、人をもてなすまでの技量はないようだ。




2016/07/27

続・夜中の楽しみ もしくは、妄想


月の満ち欠けが、東と北東に面したふたつの窓から、
毎晩、きちんと確認できる。



もう半月も過ぎた、上がりかけの月は、
あまりに黄色くて、なんだかどこか、おいしそうで、
それから、どこか、つくりもののように、見える。
遠い街並の上の、巨大で大仰な飾りみたい。

だいたい、月がどんどんと天井近くに昇っていくのは
満月を過ぎると遅くなっていくから
それを目視できているということは、それなりに起きていることになる。

相変わらずの、夜更かしだ。


最近の、音楽事情には、久しぶりに聴くアルバムも多い。
夜のおともに、夜にしか合わない曲たち。



まだ日本に居た頃、味の濃い、おいしい黒ビールをちびちび飲みながら、
時々聴いていた。
アルバム全体が暗めなのだけれど、
1曲目のこの曲が、アルバム全体の空気を完全に支配している印象がある。

その頃住んでいた小さな安普請の小屋みたいな家の
冷えた11月初旬の深夜の、湿気のある、しんとした空気を思い出したりしていた。



安普請の寒い夜つながりで、
やはり、この頃よく聴いていた曲を、かけてみる。

これはまだ若い頃の写真だけれど、最近のRufusはすっかり、
とてもキュートな、でもちょっとおじさんなゲイになった。
この頃の甘い歌声は、いつまでも健在だ。

彼らは、とまとめて一括りにするのは失礼だけれども、
身勝手を心の奥に仕舞って、がんばって人を好きになる
本当に素敵な人たちが多い。


最近の、たるんだあごも、なんだか愛おしい。


からりとした空気は、夜の風を冷たくする。

きっと日本は、とてつもなく蒸し暑いのだろう。
窓からは、冷えて気持ちのいい風が入ってくる。

月は、窓枠の外へ、出ていってしまった。



なんだか日本の夏の始まりを思い出して、
この曲を聴いてみたりした。
田舎の青い田んぼの脇を、ジムニーで疾走する映像。


それから、ピアノの前に座ったりして
またコード遊びをする。
ネットで曲のコードは調べ放題。
耳では聴き取れないので、もっぱらネットで検索をかけ続ける。



この曲のコードは進行は、本当におしゃれで、ちょっとずつ難解だ。
コードをさらうだけでも、なんだか、
おしゃれと気怠さの片鱗が音にできたりする。


そういえば、ピアノの伴奏がきれいな曲だったんだよな、と
とまた、ネットで検索をかける。


随分若い頃のFionaが出てくる。
この顔の造りがあまりに好きで、
学生の頃、テラコッタで彼女のお面を作ったりしていた。

久しぶりに聴くと、やっぱり曲も若いな、と思う。
これは、まだまだ心も身体も繊細な年頃に歌う曲だ、と
コードを軽くさらって、やめにする。

アラブ人相手に、作成した契約書の説明に腐心して、
心底こころを消耗するような日々の中では
もう、こういう曲は歌えない。




ピアノの伴奏とメロディで腐心した、といえば、この曲だ。
何度弾いても、楽譜通り弾けていると思えない。
でも、何度か聴くと、癖になる不思議な曲だ。

やはり、なんだかうまく音が拾えなくて、呆然と夜の街を眺める。


もう一度ソファに座り直し、ituneで買ったアルバムを
しっかり聴き込もうとする。
昨今、フルアルバムがもうネットに載っていたりするけれど
Jamesに最大限の敬意を表し、きちんと買う。

声がとても近い。
それはとてもどこか安心することのような気がする。



曲にもよるが、打ち込みで作り出す音の深さで云ったら、
前作の方がいい、というのが、このアルバムの感想だ。

反対に、シンプルな造りのいくつかの曲は
圧倒的にこのアルバムの中でも重さが違って、
微細な粒のように質量を持った音が、しっかり身体に沁みていく。


前のアルバムの1曲目の、きちんと、予感があるものが聴きたくなる。



突然、そうだ、雪だ、と、思う。


ものすごい着込んでいるのにもなお、身体の芯に響く寒さと湿度に似ている。

雪の中で、このアルバムを聴いてみたい。
針葉樹の林の中とか、何にもない真っ白な平原とかで。

想像するしか、ない。

目を閉じて、雪の感覚を思い出そうとするのに
窓から波のように形を持って流れてくる、さわやかな空気に
断念を余儀なくされる。

寝なくては。鶏の啼き声を聞く前に。