朝一に寝ぼけたままオンライン会議を済ませ、
そのままフィールドへ出る。
感触のいまいち分からない学校から訪問が始まり、
2件目の学校で、大事な用件をこなす。
久しぶりに会った校長先生は、相変わらずものすごい早口で、
ついでにものすごく頭の回転がいい。
冗談とも本気ともつかない言葉を、英語やらアラビア語やらで
繰り出しつつも、その奥で、
ぶれない聡明さが見え隠れする会話は、
なんとも見事としか言いようがなかった。
学校の中を回っていると、白い可愛らしい猫がいた。
伸び伸びと、毛繕いをしていた。
校長は猫、嫌いなのよね、と
副校長は呟きながら、猫を愛でていた。
子どもたちが優しいいい学校には、猫が住み着いている。
猫の行動で、いい学校か否か、判断できる、と思っている。
フィールド訪問を途中で抜け出し、大事な会議に出席する。
また、無駄に話しすぎたけれど、会議の最後に、仕事とは直接関係ない
でもとても大事な用件を、尋ねることはできた。
けれど、そこにいる人々は尋ねた用件を誰も、知らなかった。
終わった頃には迎えにくるから、と言われていたのだけれど、
会議が終わった連絡をしても、車はしばらくやってこない。
やっと時間ができる。
木曜日で車の量が多くなっているから、しばらく車は来ないだろう。
携帯電話を開いて、普段は朝、仕事前に確認している
BBCを開いて愕然とする。
ライブニュースを聞きながら、車を待つ。
どの車も、天候の崩れる週末を控えて忙しい。
たっぷり気温が上がった後に、冷たい風とともに雨がやってくる。
日差しの柔らかさと裏腹に、身体を芯から冷やす風をまともに受けながら、
市内を移動中の記者のライブを聞き続ける。
道端で老婆がおもちゃを売り、
化粧の濃い女性が腰を振りながら、レストランへ入って行く。
こんな侵攻の状況をライブで、
シリアが攻撃を受けていた時にも、見続けている人々がいただろう。
大国の隣国へのアクションはあからさまだけれど、
別に、大国の侵略と闘争の歴史は、今に始まった話ではない。
ロシアという国を極端に恐れている難民となったシリアの人々は
このニュースを、どう思っているのだろうか。
やっと迎えにきた車に乗り込むと、朗らかなスタッフたちが
ピクニックへでも行かん勢いで、短距離のドライブを楽しんでいた。
次の学校へ行く間も、携帯電話を握りながらライブを見続ける。
電波が悪いせいでライブ通信が止まってやっと、
顔を上げると、スタッフたちはファラーフェルサンドを
どこで買おうか、相談していた。
目的の学校の近くで車を止めて、学校帰りの子どもたちに紛れて
ファラーフェルを買う。
シャッダという辛い具材を入れたファラーフェルを頼むと
その場で揚げはじめてくれた。
待っている間、学校がかたまって建っているので、
周辺は子どもたちだらけだった。
向かいのパン屋からホブズを買い、ファラーフェルサンドを作ってもらうのを
自分の背丈より高いカウンター越しに、真剣な面持ちで
背伸びをしながら待っている、1年生ぐらいの小さな子たちで
足の周りが埋まっていく。
道の反対側では、中学生ぐらいの女の子たちが
私の姿を指差しながら、何かを噂していた。
髪の青いアジア人が、スーツを着て小学生に紛れて、
ファラーフェルを待っている姿、となれば、
あからさまに指を指されても、仕方がない。
総じて、私の視界に入る景色は、
週末前の学校帰り、歳の違う子どもたちで賑わう
限りなく平和で穏やかな、冬の終わりの情景だった。
夜、お知り合いの家に夕食をいただきに伺うと、
立派なデーツの入った箱を見せてくれた。
農場主と思われる男性の顔が印刷されたパッケージの裏には
ヨルダン渓谷の町、カラーマが紹介されていた。
カラーマは、1968年イスラエルが西岸を占領すべく
ヨルダンに攻撃を仕掛けた時、戦場となった土地だ。
まだ、地上戦が主流だったその時代には、
戦車が町で砦となっただろう。
シリアからの流れ弾が、ヨルダン国境に着弾したのは、
おそらく2013年末から2014年初旬ごろが最後だったと記憶している。
自分の家のある土地で、日常生活を続けるのに必死な人たちにとって、
自分たちの預かり知らぬところで勝手に
下される決断の数々など、想像もできないし、
怯えることはあっても、それが現実になるまで、
避けるための行動を取ることは、とても、難しい。
それは、現実になるまで、分からない。
でも、現実となった時には、もう遅い。
そんな話をもう、嫌というほど耳にしたはずだった。
BBCとアルジャジーラの速報が表示される度に、
携帯のヘッドラインを確認する。
そんなことをしている人々が、世界中にはたくさんいて、
そんな誰もが、とても無力だ。
そして、この事象を通知し続ける携帯電話は、
大国が隣国を攻め入る時には、どんな組織も国も
その行為を止めるためのいかなる関与できないという、事実もまた、
世界中にリアルタイムで、通知し続けている。
一体、その事実をどのように受け止めたらいいのか、
何を軸に、思考を展開していけばいいのか、分からない。
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