2026/05/03

川を眺め、石を凝視する

 





濃い緑の常緑樹、4月なのに黄色い葉を落とす巨大な街路樹、
高い建物の間から、少し埃をかぶった緑色が見える景色、
ジャカランダの薄紫の花びらに覆われた道路、
ほんの少し湿った、涼しい風。

ひどく懐かしいものを見るように、黄土の色の建物と緑の合間を、
ずっと少し、見上げながら歩く。
図らずも、仕事の調整がうまくいかず、
たっぷりと観光にばかり時間ができたカイロの街を、
随分と気に入るに十分な、よい季節だ。

ホーチミンの街を思い出すのは、
景色もそうだけれど、川があるからだろう。

川が好きなのは、単純に、実家の近くにも大きな川があったから。
川の流れを眺めるのが、当たり前だったから、
どこかいつも、豊かな水に飢えている。

ナイル川は見慣れていたどの川よりも深く、
水流に水辺の植物を浮かせて、時にゆっくりと、
時に渦を巻き、ひたすらに流れる。


橋を歩いて渡るのも、久しぶりだった。
川から吹き上がる風と、開けた景観を見つめる時の気持ちよさを、
何度も求めて、歩き続ける。

街を歩くのが楽しかったのは、
とにかく建物の意匠が見事だったからだ。
窓やドアにしつらえられた鉄の稜線が面白く、
看板のアラビア語も、会社や団体のデザインも、
一つ一つ見物するに足る良さがあった。
それもまた、ホーチミンに似ている。

車もリキシャもバイクも馬も混在しているのは、
カイロの方が難易度が上級だけれど、
あまり道を渡るのに苦労しなかったのは、
ホーチミンで生活していたおかげだ。


私のアラビア語はさっぱり通じている気配がなかった。
挨拶が異なるらしいと知り、変えてみたら、なんだか少し
人々の笑顔が増えた気もする。
公共施設の職員たちは、無愛想と普通とが半々ぐらいで、
感覚をつかめば、それ相応にこちらも、心構えができる。

そういう、新しい土地への感覚を使うこともまた、
久しくしていなかったせいか、新鮮に感じる。

いろんな人が、思い思いに好きなように、
過ごしている姿も、久しぶりに見た気がする。

ヨルダンは行動様式がある程度、決まっている。
そんなに突拍子もないところでバスが客を乗せたり、
昼間から母子たちが川をぼんやり眺めていたり、
若者たちが仲のいい鳩みたいに至るところにいる様子は、
なかなか見られない。






色や線に願いを込めるのをよしとしなかったのか、
中学の美術の授業はひたすら、美術史だった。
特に、なぜだか美術の先生が熱を入れたのが、
古代エジプト美術だった。
王の名前はさっぱり覚えられなかったけれど、
なぜ、こんな巨大な建造物を作り続けたのか、
なぜ、あんなに立派な墓を作り続けたのか、
その理由だけはみっちりと叩き込まれた。

そんなに生まれ変わりたいのか、と心のどこかで呆れながら、
それでも、ひどく乾いた建造物の中に、
金と色鮮やかな装飾が隠れていることに、
不思議と命への執念と情熱と儚さを、
どこか畏怖を抱えながら、感じ続けた記憶。





そこへほどよく、昔身体で学んだ石の手強さが加わると、
死や生命を直接手に取るような表現と、
ひたすら石工として働き続けた職人たちの心持ちとの、
アンバランスさが奇妙に入り混じり、なんだか、
概念とか思想とか、そういうものを支えるのは結局、
とても物理的にソリッドなものなのだ、とか、
本当なのか嘘なのかわからないことが、啓示のように降りてくる。



随分と大量の棺桶を、随分と大量の石像を見る。
閃緑岩や玄武岩がつるつるに磨かれているのを見るたびに、
それを磨き続けることを仕事とした人々の、
単純で終わりのない作業を思う。
棺桶の意匠も、細工を作り続けた人々の、
眉間の皺を想像する。
そんなことに思いを馳せること自体が久しぶりで、
思わず、みながら笑みがこぼれていたのではないか、と恥ずかしい。




ウンム・カルトゥームのミュージアムへ行く。
フェイルーズほどの思い入れはないけれど、
とりあえずは毎晩どこかで耳にしている歌を歌った人が、
どんな人生だったかを見ておこう、と思った。

人の気配のない、小さく静かなミュージアムは、
特に解説などの説明文があるわけでもなく、
彼女が受け取った謝辞やメダルに溢れていて、
つまりはそういうものの蓄積で、彼女の人生を知るように、
できていた。

美空ひばりなら、同じ布で2着はつくれただろうな、と思えてくる
たっぷりとした衣装を見つめ、
若かった頃のサングラスなしの写真を眺め、出る。




隣には、Nilometerなるものが、あった。
脈絡なく、たまたま隣にあった。
入場料に、もうひとこえすると、地下まで降りられる。

過去に農業にかかる税金を決定し、
穀物の備蓄計画を立てるのに使われたその建物は、
おそらく、信じられないほどたくさんの人々の
生活を左右してきたのだろう。

水を取り入れていたその役割を果たす構造は見事なのだろうけれど、
1200年以上前からある、地下部分は意外と簡素で、
その上に、ぽこっと、近代に作られた金地に柄をちりばめた
天蓋が乗っかっていた。




どれだけの人々が、地上から地下に掘られた穴を覗き込んでいただろう、
期待や失望とともに。
地下へ続くすり減った石の階段を降りながら、
底まで降りる年がなかったことを今更遅いけれど、
願うことになった。




そういえば、過去の人々に思いを馳せることなど、
これもまた、久しくしていなかったと、気づく。

そもそも、あらゆるものごとへの想像力を
もはや働かせないようにしようと、制御しようとさえ、
していたのかもしれない。

目に映り通り過ぎていく人々の日常、
目の前の人のひそやかな感情の機微は、
見えるもの以上ではない、耳にした言葉以上ではない、
想像で補ってきた余地に、無理やり砂を詰め
さまざまな思いを生き埋めにしてきたような、気がしてくる。

遠い昔の人の方が、想像するには心やすく、より自由だ。
ディテールは消えて、都合よく、
感覚的な共通項を手繰り寄せる作業になる。

それでも、ものから、その語りを引き出す
物語の作業は、単純に楽しかった、と思い出す。
それが、では概念や思想までも広がりを持たせられるか、といったら
それほどの想像力も思考力もない。けれども、
そこに、ものがある、ということの意味と重みが、
不思議な広がりを持って魅力的に見えるという現象を、
久方ぶりに、いくらかでも経験できたのは、ありがたい。

きっと、どこに住もうともこういう経験は、
自分の感覚さえ開いていれば、いくらでもできるのだろう。

けれども、日常は慣れと消去の繰り返しで、できている。
だから、旅好きの人がいるのだろう。

旅のあまり好きではないわたしは、
今さらだけど、諦めと後悔と、ほんの少しの希望を持って、
悔い改められるかどうか、自分に問うている。