2026/08/01

言葉と停電とバケモノ


見事に、あらゆる知覚機能が感度を失っているのか、
単純に思考力が低下しているのか、よくわからないな、と
ぼんやり思いながらただひたすら、仕事をしていた。

久しぶりに真剣に、仕事の文章を書きながら、
ずっと、主語の名詞に合う動詞の使い方やら、
言葉の定義や適切な組み合わせやら、が
無駄に気になって、確認作業をする。

いろいろと、本当に確実には、
できるかできないかわからないものを、
持続したり、維持したり、
構築したり、整備したり、
機能したり、能動化したり、
実施したり、実践したり、
実装したり、運用したり。

谷川俊太郎が同じ業界にいたら、
素敵に皮肉な詩を作ったことだろう。

もっとも、こんな仕事に俊太郎がいたらきっと、
詩を作ろうとする魂など、とっくに消えてしまっているだろうけど。


同じような状況の人たちと話をしていて、
違う言葉を連呼している事例などを聞くと、
あぁ、全然、寄与していないな、とか、
還元していないな、とか、
字面の中から、ストーリーの行方や方向性の違いに、
反省したりする。


言葉の正確さを思う時、
随分とぼやぼやしたものを毎日無意識に
使っている、と思う。
巨大に引き伸ばされた一つの言葉を
都合よく文脈に合わせ、都合よく相手の想像力に任せ、
乱暴に使っていることを認識する。

日常の会話となると、どこかで、きちんと表したい、という欲が出るから、
うまい喩えはないだろうか、と頭のどこかで考えていたりする。
平易な言葉を使っていても、うまく喩えができるならば、
一言の的確らしい言葉選びよりも、言い当てられたりもする。


日本にいると、冗長だと言われる。
Redundant、英語の語源などわからないけれど、
文字の並びだけでも、冗長さが伝わってきて、
日常では滅多に使わないけれど、妙に鮮明に覚えている単語だ。

なぜ、冗長という言葉を使わないかと言ったら、
こちらの多く人は基本的に、冗長だからだ。
おしゃべり好きが多いし、そうではない人でも、
仕事であれば、説明や報告や言い訳になる。
分からないことを細かく聞けば聞くほど、
話は長くなり、新たな問題が出てきたりして、
当初の要点が何だったかこちらも、見失う現象に陥る。

日本の賢い人と話をしていて、
つまりこういうことですね、と端的に整理されると、
顔が真っ赤になるほど恥ずかしいのは、
一応、自覚があるからだ。


日常の会話が、共通の地平や知識、認識の上で
成り立っている時とそうでない時では、
また、勝手が違う。
例えば、ある面白い出来事について話をしている時、
その背後にどんな文脈があるのか知らない人に
話をしようと思ったりするともう、果てしなくなり、
結局何も面白さが伝わらない現象は、よくある。

もしくは、面白いこと、として話しているのに、
聞き手が真面目で、深刻な表情をしてしまう。
中東あるある、だ。

そして、共通の視座を持っている人でもまた、
思い出せる状況の細部の取捨選択をしたとして、
話のパンチラインは、これとあれを抜いては成立しない、などと
積み上げにかかったりする。
結果長すぎて、うっすら笑えるけど、
狙いははずしてしまったりするわけだ。

地域や職種や、ステイタスという共通項の中でのみ
成立する会話の、背景や一つ一つの言葉には、
大量の隠れた情報と感情、感覚がある。
それらをすべて言葉にする、という作業も興味深そうだ。

誰と話していても、冗長ではなく上手に伝えられる人は
隠されたさまざまの中から、誰もが思うであろう感情を伴う情報を
話しながら的確に選んでいける人なのだと思う。


日常的な話ではなく、仕事で説明となると、
いかに簡潔に、的確な言葉を使って、
必要なできるかぎりのことを書けるか、という
能力が必要になってくる。

冗長に書いた書面を見ながら、同じことを言っている部分を消し、
骨子を整理し、文章を入れ替え、筋を通す。
この作業をしている時、わたしはいつも、
筋を通して、論理的にする、という行為は
時としてなかなか暴力的だと思う。
これについては、日常生活においても同じだと言えるけど。

消された文章の中に入れていた、たぶん重要ではないけれど、
実在する物事や、それに伴う小さな困りごとや不満や不安や美点もまた、
一掃してしまうという事実に、
結局いつも、ごめんなさい、と謝っている。
もっと端的に表して入れられたら、と努力はするけれど、
大方のものは、客観的に見て必要ではない、と判断されるのは、
書き方が悪いからだ。

そして、どんどん単語が抽象的になっていく。
詳細は具体性につながり、そういうものの多くは
必要とされていないからだ。

自分が書いたはずのものが、バケモノみたいに見えてくる。
もしくは、つるつるに無機質な、巨大な建物のように。
おかしな現象だと、思う。
私の書いていたものは、人を相手にしているはずなのに。




一連の仕事に期限がやってくる。
まだ見ぬ、巨大な何かの影が、それでも、
収まるところに収まり、ふと、日常がやってくる。

大きく成長した、それこそバケモノみたいな、
ブーゲンビリアを見上げる。
これは電線にきっとそのうち触って、ショートの原因になるだろう、
水のあげすぎなのだ、けれどもとにかく、
立派にのびのびと育っている。
今まで気にも留めなかったものものが見えてくる。

電気のこない真夜中の暗闇を想像する。

暗闇の、そこはかとない不安や恐怖や不満を
読み手もまた、感じることがあるのだろうか。
人のことについて書いたものを、読む人々の、
思考回路と想像力を思う。









バケモノにはバケモノを、と一瞬でもわたしは
思っていなかっただろうか、と思う。
必死で言葉の正確さを確認していたけれど、
何かもっと根本的に大切なものを、
もっと素直に書くべきだったのかもしれない。
突き詰めればきっと、言葉の正確さと人間の間に、
納得のいくバランスがあったのかもしれない。


新しくリリースされた内田光子のベートヴェン最後の3つのソナタを
やっとゆっくり、聴く。
構造、構成、構築。
音楽の世界では、これらはとても大事な要素た。
内田光子の過去の解説などを聞くと、本人自身はそれほどこのことに、
言及はしていない。
けれども演奏からは明確な構造への意識が、透けて見える。

なのに、彼女はいつも、違う話をしていた。

構造はあくまで土台、という認識なのだろう。
その上に表したいこと、についてのみ
彼女は憑かれたように話していた。

何かを極めるとは、絵画にしろ、彫刻にしろ、
そういうことだったなんて、身を持ってよく知っていたはずなのに、
こんなに忘れやすいものなのだろうか、と
自分の汎用性のなさに、呆然とする。


おかしなほどに、ブーゲンビリアと内田光子は合わない。
そして、昼間のアンマンは久々の猛暑、
使いすぎが原因で、電気が止まる。

わたしはしばらく、この暑さと向き合うのだろう。


追記;
アラビア語でブーゲンビリアは、頭の狂ったもの(人)と
名付けられている。
馬鹿みたいに成長してどんどんと蔦を伸ばしていくからだ。
でも、よく植えられているし、人々はその
濃いピンク色の花を愛でている。
おかしなもの、への隔たりのなさ、を時々思う。



2026/05/03

川を眺め、石を凝視する

 





濃い緑の常緑樹、4月なのに黄色い葉を落とす巨大な街路樹、
高い建物の間から、少し埃をかぶった緑色が見える景色、
ジャカランダの薄紫の花びらに覆われた道路、
ほんの少し湿った、涼しい風。

ひどく懐かしいものを見るように、黄土の色の建物と緑の合間を、
ずっと少し、見上げながら歩く。
図らずも、仕事の調整がうまくいかず、
たっぷりと観光にばかり時間ができたカイロの街を、
随分と気に入るに十分な、よい季節だ。

ホーチミンの街を思い出すのは、
景色もそうだけれど、川があるからだろう。

川が好きなのは、単純に、実家の近くにも大きな川があったから。
川の流れを眺めるのが、当たり前だったから、
どこかいつも、豊かな水に飢えている。

ナイル川は見慣れていたどの川よりも深く、
水流に水辺の植物を浮かせて、時にゆっくりと、
時に渦を巻き、ひたすらに流れる。


橋を歩いて渡るのも、久しぶりだった。
川から吹き上がる風と、開けた景観を見つめる時の気持ちよさを、
何度も求めて、歩き続ける。

街を歩くのが楽しかったのは、
とにかく建物の意匠が見事だったからだ。
窓やドアにしつらえられた鉄の稜線が面白く、
看板のアラビア語も、会社や団体のデザインも、
一つ一つ見物するに足る良さがあった。
それもまた、ホーチミンに似ている。

車もリキシャもバイクも馬も混在しているのは、
カイロの方が難易度が上級だけれど、
あまり道を渡るのに苦労しなかったのは、
ホーチミンで生活していたおかげだ。


私のアラビア語はさっぱり通じている気配がなかった。
挨拶が異なるらしいと知り、変えてみたら、なんだか少し
人々の笑顔が増えた気もする。
公共施設の職員たちは、無愛想と普通とが半々ぐらいで、
感覚をつかめば、それ相応にこちらも、心構えができる。

そういう、新しい土地への感覚を使うこともまた、
久しくしていなかったせいか、新鮮に感じる。

いろんな人が、思い思いに好きなように、
過ごしている姿も、久しぶりに見た気がする。

ヨルダンは行動様式がある程度、決まっている。
そんなに突拍子もないところでバスが客を乗せたり、
昼間から母子たちが川をぼんやり眺めていたり、
若者たちが仲のいいつがいの鳩みたいに至るところにいる様子は、
なかなか見られない。






色や線に願いを込めるのをよしとしなかったのか、
中学の美術の授業はひたすら、美術史だった。
特に、なぜだか美術の先生が熱を入れたのが、
古代エジプト美術だった。
王の名前はさっぱり覚えられなかったけれど、
なぜ、こんな巨大な建造物を作り続けたのか、
なぜ、あんなに立派な墓を作り続けたのか、
その理由だけはみっちりと叩き込まれた。

そんなに生まれ変わりたいのか、と心のどこかで呆れながら、
それでも、ひどく乾いた建造物の中に、
金と色鮮やかな装飾が隠れていることに、
不思議と命への執念と情熱と儚さを、
どこか畏怖を抱えながら、感じ続けた記憶。





そこへほどよく、昔身体で学んだ石の手強さが加わると、
死や生命を直接手に取るような表現と、
ひたすら石工として働き続けた職人たちの心持ちとの、
アンバランスさが奇妙に入り混じり、なんだか、
概念とか思想とか、そういうものを支えるのは結局、
とても物理的にソリッドなものなのだ、とか、
本当なのか嘘なのかわからないことが、啓示のように降りてくる。



随分と大量の棺桶を、随分と大量の石像を見る。
閃緑岩や玄武岩がつるつるに磨かれているのを見るたびに、
それを磨き続けることを仕事とした人々の、
単純で終わりのない作業を思う。
棺桶の意匠も、細工を作り続けた人々の、
眉間の皺を想像する。
そんなことに思いを馳せること自体が久しぶりで、
思わず、みながら笑みがこぼれていたのではないか、と恥ずかしい。




ウンム・カルトゥームのミュージアムへ行く。
フェイルーズほどの思い入れはないけれど、
とりあえずは毎晩どこかで耳にしている歌を歌った人が、
どんな人生だったかを見ておこう、と思った。

人の気配のない、小さく静かなミュージアムは、
特に解説などの説明文があるわけでもなく、
彼女が受け取った謝辞やメダルに溢れていて、
つまりはそういうものの蓄積で、彼女の人生を知るように、
できていた。

美空ひばりなら、同じ布で2着はつくれただろうな、と思えてくる
たっぷりとした衣装を見つめ、
若かった頃のサングラスなしの写真を眺め、出る。




隣には、Nilometerなるものが、あった。
脈絡なく、たまたま隣にあった。
入場料に、もうひとこえすると、地下まで降りられる。

過去に農業にかかる税金を決定し、
穀物の備蓄計画を立てるのに使われたその建物は、
おそらく、信じられないほどたくさんの人々の
生活を左右してきたのだろう。

水を取り入れていたその役割を果たす構造は見事なのだろうけれど、
1200年以上前からある、地下部分は意外と簡素で、
その上に、ぽこっと、近代に作られた金地に柄をちりばめた
天蓋が乗っかっていた。




どれだけの人々が、地上から地下に掘られた穴を覗き込んでいただろう、
期待や失望とともに。
地下へ続くすり減った石の階段を降りながら、
底まで降りる年がなかったことを今更遅いけれど、
願うことになった。




そういえば、過去の人々に思いを馳せることなど、
これもまた、久しくしていなかったと、気づく。

そもそも、あらゆるものごとへの想像力を
もはや働かせないようにしようと、制御しようとさえ、
していたのかもしれない。

目に映り通り過ぎていく人々の日常、
目の前の人のひそやかな感情の機微は、
見えるもの以上ではない、耳にした言葉以上ではない、
想像で補ってきた余地に、無理やり砂を詰め
さまざまな思いを生き埋めにしてきたような、気がしてくる。

遠い昔の人の方が、想像するには心やすく、より自由だ。
ディテールは消えて、都合よく、
感覚的な共通項を手繰り寄せる作業になる。

それでも、ものから、その語りを引き出す
物語の作業は、単純に楽しかった、と思い出す。
それが、では概念や思想までも広がりを持たせられるか、といったら
それほどの想像力も思考力もない。けれども、
そこに、ものがある、ということの意味と重みが、
不思議な広がりを持って魅力的に見えるという現象を、
久方ぶりに、いくらかでも経験できたのは、ありがたい。

きっと、どこに住もうともこういう経験は、
自分の感覚さえ開いていれば、いくらでもできるのだろう。

けれども、日常は慣れと消去の繰り返しで、できている。

だから、旅好きの人がいるのだろう。

旅のあまり好きではないわたしは、
今さらだけど、諦めと後悔と、ほんの少しの希望を持って、
悔い改められるかどうか、自分に問うている。