屋上のペントハウスは、さらに2階建てになっている。
私はその2階に住んでいて、1階部分は
水タンクやらが大量に置かれている。
1階の住人たちには、犬持ちが多い。
代々、いろんな犬たちが住んでいた。
なぜなら、水タンクの置いてある広場で
犬を遊ばせることができるからだ。
5、6年いた、愛想のいい小型犬が、ある日気がついたら、
ドイツに帰って行っていた。
誰へでも彼にでも、尻尾を振りまくりながら
膝の上に乗ろうとする様子は、ヨルダン人だけではなく
外国人たちにも人気のようだった。
でも、個人的にはその相棒にあたる、中型犬が好きだった。
ペプシ、と飼い主は呼んでいた。
どうしてそんな名前なのかは、わからない。
目周りに、人間よりもなお表情のある犬だった。
人の家に、土足で入ってきた最初の日、
どさくさに紛れてベッドの上に座り、しばらく動かなかった。
家の中を偵察して周り、玄関におしっこをしていった。
それからも、水タンク広場に出してもらえたならば、とりあえず
我が家を訪問してくれるようになる。
私が仕事から戻ってくると、水タンク広場の入り口のドアに
寄りかかって待ってくれていた。
全力で尻尾を振りながら、すぐにお腹を出してしまう犬。
犬との交流をこちらも心待ちにしていて、飼い主には内緒で
ペットフードからラム肉まで、いろんなものをあげた。
だから、うちに来ていたのであって、特別この犬が
私を気に入っていたわけではない。
自分では面倒な手続きや身の回りの世話はせず、
ただ可愛がれるなんて、ありがたいはなしだった。
特にコロナ禍では、唯一会える、親しい生き物だった。
親しい人間にもほとんど会うことはなかったので、
毛があり、温度のあるものを撫でられることのありがたみを
ひしひしと感じた。
家のドアを閉めている時、犬がやってくると
大声で吠えて、存在をアピールしてくる。
そうすると、ドアを開けないわけには行かなかった。
仕事で辛いことやら、大変なことがあって落ち込んでいると
結構ずっと、近くで餌もねだらずに、座っていてくれた。
よく、遊んでくれる、気前のいい犬だった。
数ヶ月前、この犬のアダプション会議が、
元の飼い主と今の飼い主の間で行われていた。
私自身は日本に連れて帰って自分で飼えるほどの金銭的余裕がなくて
生まれて初めて、心底お金持ちになりたい、と思ったけれど、
同時に、誰にでも懐く、性格のいい犬だから、
わざわざ遠い国へ旅をしなくても、楽しく暮らしていけるだろう、とも
思ったりした。
私の知る限り、3回飼い主が変わっていて、
それでもうまくやっているようだったから、
猫は家につき、犬は飼い主につく、的な定石は
必ずしも当てはまらないのかもしれない。
もっとも、毎回飼い主が変わるたびに、ものすごく
寂しい思いをしていたのかもしれない。
そうだったとしたら、切ない。
ある日気がついたら、犬の鳴き声がしなくなっていた。
飼い主が帰国するから、誰か別の外国人に貰われていった。
馬鹿みたいに大量の、この犬の写真と動画がある。
写真は見るけど、動画は少し悲しくなるので、見ないようにしている。
今日の朝、外が久々に騒がしかった。
明らかに数匹の犬たちが、わらわらしている気配がする。
こうなると、いてもたってもいられなくて家を出ると、
立派なハスキー犬2匹と、かわいいチビがいた。
何だかとても、愛想のいい犬たちだった。
子犬を育てたことはあるけれど、大きくなった犬を多頭で飼ったことはないので
一般的にどうなのか、よくわからないけれど、
どうも、少なくとも私の家の下に住んできた歴代の犬たちは皆、
やたら愛想が良くて、ご機嫌だ。
どちらかと言えば、気性は激し目の人たちがたくさん住んでいるこの国で
犬だけは、いつも安定して愛想がいい、という事実が
思い出すよりもきっと多くの場面で、
私を助けてくれていたに違いない。
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