2022/02/27

この日のはなし ー 比喩でも隠喩でもない、春

 
春には、春にしかできないことを享受することに決めている。
ヨルダンの春は短いから、どこか毎年、必死だ。

だけれども、週末に雨が続いている。
先週も、今週も、来週も雨の予報。
雨を避けていては、チャンスを逃してしまう。

濃霧と雨の続く日であると分かっていたけれど、
車を借りることに決める。
決めたら、雨だろうが霧だろうが、
とにかく、目的地を目指す。

実のところ、春のスケジュールは今まで、決まっていた。
2月末から3月末までの週末には、
週刻みの花スポットがあるからだ。
2月末と3月1週目は、緑が一番柔らかいから、
野の花と緑のきれいな草原。
3月2週目から3週目は、ブラックアイリス。
4週目は、ホワイトアイリス。

これは、私の中で何事とも譲れない、最優先事項だ。

2月末週の、野の花スポットをどこにするかで、迷う。
あそこも、ここも、と候補は上がるけれど、
こんな雨の日でも、楽しめるような場所は限られている。

結局、アジュルンとイルビッドの間にある、
ワディ(渓谷)へ行く。
毎年必ず行くスポットの一つだ。

行き道の景色も美しい。
特に、アジュルンの山間部をヨルダンバレーへ抜ける道には、
オリーブや樫の林が切れて、草原の広がるスポットが何箇所もある。

毎年来ているけれど、いつでもそのワディは
入り口に着いた瞬間から、心踊らせてくれる。
川の流れる音が、ワディに響いているからだ。
こんなに水や川に焦がれていたのか、と気づく。

ただ、舗装された道を川に沿って登っていくだけのルート。
アラブ人は川の周辺でバーベキューをしたりするけれど、
そんな車両も入れる下流は通り越して、
もっと奥へと進んでいく。

奥に行けば行くほど、道は悪くなる。
けれども、進むにつれて、車両が少なくなって、
静かになっていく。

鳥の鳴き声と、谷底から立ち上がる川の水音と
緑と色とりどりの花が広がる、美しい世界が待っている。

目的地に着く頃には、雨も止んで、
日が差し込んでくる。




特に目を引くのは、真っ赤なアネモネだ。
緑の中で一際目を引くこの花々も、
形がそれぞれ、微妙に違う。





そして、色にもバリエーションがある。








ただ、静かに春の日を味わう。

そこだけを切り取ったら、多くの人は
これが、ヨルダンの景色だとは、思わないだろう。
ヨルダンの春は早い。

ヨーロッパなら、あと2ヶ月は先の景色。

その小説だったか、思い出せないけれど、
ある話の1シーンがふと、蘇ってくる。

第2次世界大戦、戦場で戦う主人公が、
草原で姿を潜めている。
いつ敵がやってくるのか分からない緊張の中、ふと
周囲の緑の美しさに気を取られ、
幼少期の思い出に一瞬、心を埋め尽くされ、
そして、正気に戻る。

行き道でずっと、ニュースを見ていた。
今まさに、地上戦を強いられている人々がいることが
ずっと、信じられない。
そう口にすると、別に、今の出来事だけが
今まで起きている戦いではなかった、
ナイジェリアでもソマリアでも、シリアでもイラクでも
今、戦いが起きている瞬間を、ただ知らなかった人々が、
想像しなかっただけだ、と友人は皮肉な口調で言う。


それでも、誰もが等しく美しいと思う景色が
人の心を我に返さらせる力があるのだとしたら、
比喩でも隠喩でもなく、ただそこに存在する
静寂と美しさをもたらす春が、今すぐにでも
やってこないだろうか。


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