2012/02/25

ことり

最近、朝から小鳥たちがにぎやかだ
スズメに似た、小さな鳥
水道管や配水管の脇や上で休んでいるのが
家の窓から見える


気を引きたい
が、うまくも往かず
撒いたとうもろこしもひからびる


窓を開けて写真を撮る


先週の今日は雪で仕事を休んでいた


今日はすっかり春めいて
日差しも暖かい


身体を毬のように膨らませていた小鳥たちも
今日はいくぶんすっきりした身体で
ちょこちょこ、と
跳ねたり、飛んだり、鳴いたりしている

2012/02/19

雪の日


朝起きたら、窓の外が真っ白だった
それ自体は、よくあることだ
標高が高いから
雲の中に入ってしまう朝も少なくない


ただ、布団からいくらも身体を出したくないほど寒かった
やっと這い出て外を見れば
うっすらと雪が積もって
屋根やら木やら、車やらが雲と同じ色になっていた


困ったことに雪は2日続いている
交通機関の問題やら仕事場の事情で
都合3日間の休みになってしまった


高台の建物の5階にある私の部屋は
随分と空と近くて
雲の向こう側の太陽が少し顔を出したりすると
部屋中が真っ白になる
雲か、霧か、正体のわからないものが
視界を覆う


そうか、反対に
窓際はいつもより明るくなるのだ


やりかけだった仕事や
気ままな絵を描くにはちょうどいい


ぼんやりと建物の輪郭だけを残した
白い世界を見ながら
久しぶりに机に向かって
一日を過ごすことになる


外は静かだ
随分と音楽が
耳の近くで親密に響く


確かに寒いけれども、悪くない

2012/02/02

人と海と砂漠についてのいくつかを読む

日本からヨルダンへの飛行機は長かった
乗り継ぎも含めて丸24時間
日を挟んで2日がかりの移動


機内持ち込みの荷物の中に
重たくなるような本の類いは全て入れていたから
本については選び放題だった


でも、結局いつか読んだ本を、手に取ってしまう


まず、「遠い水平線」
アントニオ・タブッキの中編小説
もう何度目か、分からないほど読んだけれど
また、何だか楽しんでしまうのだから
いつもいい加減にしか、読んでいないのかもしれない


身元不明の死体の正体を探る、という
一見物騒なストーリーが
イタリアの港町の子細な描写や
ごく、身近で、人間的な視点と
でもいくらか幻想的な展開とで
描きあげられていて
すっかり満足する


次に「星の王子様」の池澤夏樹翻訳のものを手に取る
読み慣れた訳との違いが
会話の流れや、主人公の語りの書き口に現れていて
より、話しかけられているような
距離感の近い感じが、気に入った


考えてみたら
池澤夏樹の父親である
福永武彦もフランス文学者だったし
本人もフランスに住んでいたのだから
言葉の選び方や、フランスの思想や哲学
原本への読み込みにも
思い入れがあるのであろうことが
よく感じられた


サンテグジュペリは飛行家だった


空からの視点について
ぼんやりと思い
真っ暗な空のはしっこが
アブダビに近づくにつれて
赤く染まっていくのを眺めた


アブダビからの乗り換えの間に
手荷物の中身を少し入れ替えて
「海の仙人」を読む


表紙の貝殻がずっと気になっていた
好きでよく陶土で作った貝の形に似ていたからだった


話はどうしようもなく、悲しかった
中編で、それほど長い話ではないのに
意表をついた登場人物と
するすると知らぬ間に進んでゆく話の流れに
量感があって
あっという間に
どうにも、しようがない方向に往ってしまって
気がついたら、話は終わっていた


北陸から東北にかけての
海に面した街の様子がきれいだった
主人公が住んでいる敦賀の海に
そういえば随分昔
家族で海水浴に往ったのを思い出す




知らぬ間に飛行機は
いつの間にか見慣れてしまった
白茶けて起伏だらけの山々の上を飛んでいて
さっきまで見えたはずの海は
どこか遠くに往ってしまった


なに、アンマンは星の王子様が居たような砂漠ではない
水気もそれほどないけれど
ひとりぼっちでヘビに噛まれて
死んでゆくわけでもないのだ


でも、星がたくさん笑っているのも
見てみたい
この国に居るうちに
たっぷり星の輝く砂漠へも、でかけてみよう











2012/01/08

馬とロバ


アンマンから北西に少し上がった
サルト、という街の郊外へ往った
陶芸家の人のお宅


ドイツ人とギリシャ人のハーフの彼女は
ヨルダン人と結婚した
そして、3人の息子に恵まれ
ヨルダンに住む


陶芸の土をもらうために訪れたのだけど
本当は、ロバに会いたかった


でも、ロバは年末に亡くなってしまった
18年生きた
ロバは30年近くは、生きる
どうして早く死んでしまったのか、といったら
いつも、大好きな馬と一緒にいたからだった
馬のえさはロバには栄養過多で
だから、長くは生きられなかった
広いロバと馬のための運動場の真ん中に
ロバを埋めた
馬は小屋に入れられていた


外に出たいので、どんどんと壁をたたく
アーチ型の窓から
頭を出して様子をうかがう


馬を触るのは初めてだった
賢そうな顔をしていた
少し怖かったから
とりあえず、頭で馬と交信してみた


庭は広くて
オリーブ畑と大きな樫の木
樫の木には昔
ツリーハウスがあって
小さな頃の息子さんたちが遊んだそうだ


斜面にそって植えられたオリーブ畑の下には
洞窟があった
夫婦で作っていった家が3件も建っていた
2件は工事中だったけれど
ガラスの嵌められていない窓からは
遠くの緩やかな丘が見えた


サボテンの温室もあって
種から育てた大量のサボテンが
床や棚に並べられる
日本産のサボテンもあった


外で食事をいただいて
家の中ではお茶をいただき
シェルターから救い出した
これも賢そうな、でもアラブ人嫌いの犬が
私の様子をうかがっていた


日が傾きかけた窓の向こうで
久しぶりに小屋から出してもらった馬が
運動場には往かずに庭を歩き回る
息子さんや旦那さんが
運動場に入れようといくらかの格闘をしていた


帰りがけ
馬は近所の子供たちにちょっかいをかけられていた
子供たちは持っているおもちゃを
馬の鼻に近づけたりする


つかず離れず、戯れる
それほど嫌そうでもなくて
まんまるの目で
二人の子供を見つめていた





2012/01/05

小躍りしたい衝動



仕事先は2日から始まっていたけれど
授業はないのでお休みをもらう


仕事の計画書類の書き直しやらをしていると
家の中にひきもりがちになる


1日や2日間、家から一歩も外に出ないことも、よくある


久しぶりに外へ出る
外は確かに寒いけれど
身体の芯がきゅっと縦に引っ張られる
冬の空気が気持ちいい


よく背筋を伸ばす


無礼なアラブの男たちなど気にならない日は
何だか少し、いいことがありそうな気がする




先日、仕事の関係でUNRWAの事務所へ往った
مكتبة وكالة منطقة شمال عمان
アンマン北部地域の事務所
本来ならば、ただのボランティアが
初めから一人だけで往くようなところではないのだけれど
仕事の都合上仕方なく、足を運ぶ
実質、今年の仕事始めだった


いくら冷たい空気に気が引き締まるといっても
同時にいくらか、緊張してしまう


ヌズハという地域のUNRWAの学校の横に
事務所はあった
キャンプと似た風景
テスト帰りの子どもたちが道に溢れる
八百屋のおじさんが興味深そうにこちらを見てくる


どうも、キャンプに似た道に
こんなときばかりは、安心してしまった


事務所は思っていていたよりもずっと、こじんまりしていて
その事務所の場所を教えてくれた
バカアキャンプ内UNRWA事務所のおじさんが
スタッフと世間話をしていた


おじさんが私の顔を覚えていてくれる
おかげで、さっきの緊張なんて嘘のように
話はさらさらと滑らかに進んでいった




どこの国でも同じようなことはある
ここの国の多くの人も、当然
できるだけ責任は負いたくないし
できるだけ楽をしたいし
できるだけいい格好がしたい


それを前提に話をしていかないと
いらいらしたり、落ち込んだりすることばかりだ


ただ、それを前提にしていて
前向きな姿勢の人に会えた時には
喜びが大きい


聡明で、でも優しそうな女性スタッフと
話ができた
いくつかのアドヴァイスをもらい
次のアポイントメントも取る


帰り道、小躍りしたいほどうれしかった


確かに、ヌズハの道にも
無礼な言葉をかけてくるアラブの若者は居る
けれど、こんなときばかりは
気にならない











2011/12/31

本や音楽など

なかなか本の読む時間のない1年だった

おそらく、ここ10年で一番冊数は少なかっただろう
何度となく読み続けていた本を
また、新たな土地へ持って往って
もう一度読む、そんな年だった

いつもいつも
須賀敦子を持って次の土地へ往く
あんなに繰り返し読んでいて
詳細や云い回しまで覚えていたのに
実は核の部分は理解しきれていなかったことを
知ったのは最近だった

英語で教育を受け
フランスへ留学し
イタリアで結婚して家族を持ち
母国語をイタリア語に翻訳していた
須賀敦子の言葉への執着や原動力が
どこからきているのか

外国で暮らす人として
語学の資質もさることながら
人間性がいかに大事であるか

私は正直半ば、あきらめ気味だ

どうも、その土地や国や人との関わり方について
憧れることは勝手にできるが
指針にするには遠すぎる

やっと、そのことを知り
何が足りないのかも痛感して
身の丈に合った状況が今なのだと
妙に、腑に落ちている

10年以上読み続けて、やっと

知ってしまって、やはり
いくらかは悲しいけれど
ここでの生活がなければ、知り得なかったことだった


本を読むかわりに
家でよく、絵を描いている
描いている時は必ず
音楽を流している

出歩くのが他の国よりも難しいここでの暮らし
音楽だけはたくさん聴いた

好きな音楽が増えることは、随分と幸せなことだ

朝、晴れ渡って青い空と
スウェーレの坂道にしがみつく建物を見ながら
何度となく高木正勝のピアノの音を聴いていた

実のところ
それほど音と情景が合っているわけではない
むしろ、瑞々しい音の流れで
乾いた景色を中和することが
毎朝、大切だったようだ

埃まみれの街並も、煌めく音に色が変わる

考えてみると
湿気のある音を選んでいたようにも思える
James Blakeもしかり
Predawnもしかり
原田郁子もしかり
Alaa Wardiもしかり

これから年が明けて
この国の一番美しい季節がやってくる
写真でしか見たことがないけれど
青草が揺れる、見渡すかぎり緑の緩やかな丘が
待っているはずだ

きっと、その時には
今まで聴いていた音楽たちが
また、違う彩りで耳に響くはずだ

私は、それを、随分と楽しみにしている




一年の終わりに

去年と一昨年
年末なのに暑いなんて、風情がないな、と思いながら
それでも
常夏の空気に慣れきって
ノースリーブを着たりして
年末に浮かれた街をいっぱい歩いていた


アンマンには年の瀬の空気はほとんど、ない
学校はテスト週間
2日からテストの続きが待っている
大人も仕事納めなんてなくて
明日の休日もちょっとした普通の休日の一つ、のようだ




ヨルダンのことを
いろいろと、ああでもないこうでもない、と思いながら
今ひとつ慣れなくて
今ひとつ好きになりきれなくて
正直、戸惑ったままだった


でも、これからだな、と
新たな気持ちに変えられるように
今年最後の学校へ顔を出す


テスト中で授業がないのを理由に
お休みをもらっていたので
3日ぶりの学校


お歳暮代わりのチョコレートを持って
同僚の先生たちに
今年一年、ありがとうございます
とあいさつして回った


今日はたまたま
校長のお宅へ訪問する日だった


同僚の車に乗せてもらって校長宅へ往く


立派なお宅にほぼ勢揃いの先生たち
女だらけだ


今までヒジャーブ姿しか見たことのなかった
校長や同僚のきれいな髪をみとれ
校長の作った豪華でおいしい食事をたくさんいただく


教師と云えど女たちの
絶え間ないおしゃべり
赤ちゃんの泣き声


スパイスやアラビックコーヒーの香りをかぎながら
腰の立派な先生たちが
ゆらゆらと皿を持ったまま歩いてゆく姿をぼんやり見つめ
そうか、みんな家では
こんなことをしていたのか、と
半年経って初めて、知る


相変わらずアラビア語はうまく話せず
周りの様子に圧倒されていたけれど
1年の終わりにやっと
本当のヨルダンの一場面を見られて
よい年の瀬となった