2022/02/23

鳩と砂塵の舞う土地 ー 色とりどりの落書き

 

久々に授業の様子をモニタリングする。
12月の前半には授業が終わってしまっていたから、
2ヶ月以上、授業の場に居合わせることはできなかった。

午前中は会議やら研修やらで時間を取られてしまって
男子シフトのみ、モニタリングに入る。

春のように天気のいい日だったからか、
単純にまだ、2ヶ月の休みから抜け出せていないからか、
子どもたちはどことなくまだ、自由気ままな空気を身にまとい、
話を聞いたり聞かなかったり、
ちょっかいを出したり、戯れたりしていた。

ある教室で授業をモニタリングしていた。

こちらの教員の多くは、モニタリングをするときも
授業をしている先生の邪魔をしないようにする、という
気遣いの感覚がほとんどない。

なんだったら、やってきたモニタリングの人々が
授業を気分で横取りしたりする。
なんとも、アラブ人らしいといえばそうだけれど、
そのせいなのか、多くのモニタリングで
子どもたちの普段の様子を見ることは、難しい。

私はと言えば、日本の学校でそうしていたように、
できるだけ空気と同化しようと、静かにしている。
どうしても外国人の私が前にいると
生徒が集中して先生の話を聞けなくなる。
だから、いつも通り、教室の後ろの机に座って、
子どもたちの様子を観察していた。


男の子が一人、教室の後ろにある、使われない鍵のかかった扉の
すぐ近くに座っていた。
たまたま、だけれど、空いている机を狙って
教室の後ろの、その男の子の席のすぐ脇で、授業を見ていた。
けれども、どうにもその子の行動が気になってくる。

扉の鍵を設置していたところは、鍵の取り付け部分そのまま
丸く穴が開いている。
その穴の中に、小さな手紙を筒状にして入れ込んでいるのだ。


私が何かをじっと見ていると、授業をしているうちの先生たちは
私の視線の先を確認する癖がついている。
無言で、密告するシステムだ。
隠れてお菓子を食べたり、宿題をしようとしている子たちを
私が後ろから発見して、それを目配せで伝えている。


でも、つい、ことの次第がどうなるのか気になってくる。
今回ばかりは、できるだけ注目しないように視線を気をつけながら、
他の子どもたちや授業の様子を見つつ、
時々、その男の子の行動を観察していた。

ノートやら、教科書の裏表紙やらを、小さな長方形に切っている。
そして何度も、緑色のボールペンで何かを書いては、
丸めたり、破ったりしていた。




覗き込んで読んでみると、短い文字の初めは、
LOVE、だった。

恋文ならば、人の恋路を邪魔してはならない。

けれども、なかなか色々と破綻した文章のようで、
もはや、英単語なのか何なのかも、分からない。
これでは、恋文であろうと相手には伝わらないし、
第一、誰に向けて書いているのかも分からないし、
鍵の丸い穴に差し込んだとして、誰の手に渡るのかも、
運次第、ということになる。

もしかしたら、午前中の女子シフトの同じ席に
その文章を待っている子がいるのかな、などと
ロマンス満載なことも思ったりしたけれど、
目的の相手に渡る前に、確実に男の子たちが見つけてしまうだろう。


結局、3枚ぐらい紙を無駄にして、どれも必ず
LOVEから始まる何かを書いては、破っていた。



子どもたちが積極的に参加して、自由に発言することの多い授業なので、
俯いている子は、目立つ。
あの子のように、手紙を書いている例は稀で、
多くの子たちは、机の上に落書きをしている。

なんと、色とりどりの落書きなのか。
久々に教室に入って、久々に机と壁を見て、
何だか美しくさえ、見えてくる。




今までも、教室の落書きが面白くて、
随分たくさん写真を撮ってきたけれど、
今や、春とともに教室の中にも、
文字通り、花が咲いているようだ。


自分の名前、好きなアイドルの名前、女の子の顔、
丁寧に、アイアイ傘のようなものもあるし、
意地悪そうな先生の顔も漏れなく、描かれている。
LOVEという文字も多くて、アラビア語の愛という単語も多い。
何だか、そこらじゅうに愛に溢れている。

アラビア語の愛という単語は、
日本語の愛、よりもよほど、広い意味を持っていて、
文章や詩では、比較的よく目にする。

男女の仲には厳格な文化だから、
文脈によってはまったく、奨励できないけれど
個人的には、興味深い。

どれだけ広義な意味を持っていたとしても、
こんなに愛という単語を使えるなんて、
たとえ、それが愛に飢えていることを意味していてもなお、
正直に書けるなんて、素敵なことだ。

もっとも、こんな机で勉強など気が散ってできない。
私でさえ、モニタリングなどそっちのけで、何が書いてあるのか
真剣に読もうとして、授業の後で先生に釘を刺されたりする。

一度落書きが始まれば、その机の行く末は皆同じ、
あっという間に、花畑になってしまう。

私だったらきっと、机を伝言板にして、
知らない誰かに対して、メッセージでも書くだろう。
クイズだったり、なぞなぞだったり、哲学的問いであったり。
返事が返ってきたら、嬉しいだろう。

そんなことをぼうっと考えていたら、いつの間にか
授業は終わっていた。

授業をしていた先生と職員室に戻る道すがら、
先生は、非難の視線を私に向けてくる。
落ち着かない子どもたちばかりの授業だったのに、
さっぱり私が、子どもたちを静かにするのを手伝わなかったからだ。

今日はいい天気だね、などとしらばっくれて
伸びをしながら言ってみる。

春になると子どもたちは一斉に、落ち着かなくなる。
でも、ヨルダンの春は短い。
すぐに暑い季節がやってくる。

春なら春らしく、人に迷惑をかけない程度に
ソワソワしても仕方があるまい、と思う私は
すっかり、子どもたちと一緒の趣向になりつつ、ある。








2022/02/22

この日のはなし ー 道案内 素敵な出版社

 
こちらの人の道案内など、久しく頼りにしていなかった。
今や、Google Mapで店の場所が確認できれば、
地図を見ながら行けばいい。

けれども、今日はすっかりそんなことも忘れて、
久々に、周囲の人に店の場所を聞き、言われた名前をあてに、
店探しをしてしまった。


夜、夕食に呼ばれていたので、お土産を探していた。
通常お菓子でことは済むのだけれど、
こちらでは比較的珍しく、本の好きな家族だったから、
昨日のことを引きずって、ムーミンシリーズの1冊をあげたくなる。

でも、どこの本屋へ行っても、見つからなかった。
1軒目も2軒目も、あの本屋に行ったらあるのではないか、
この本屋なら翻訳が揃っている、などと
本の写真を見せると、それぞれが色々なことを言う。
言われるがままに店を梯子し、どこにもなかった。

でも、最後の本屋で、出版社の場所を、説明される。

セルビスで近くまで行けるはずだ、と言われたので、
目印となる建物を教えて欲しい、と頼むと、
地域の名前が入った学校の名前を言われる。

同じ名前の女子校なら、以前仕事で対象としていた学校だった。
けれども、男子校はないはずだった。
そう言ってみるものの、外国人の話など耳にしてくれず、
男子校の一点張りだったので、その通り、
セルビスの運転手に伝えてみた。


セルビスは基本的に、どの車も同じルートを行くはずだった。
けれども、乗ったセルビスは私の知っている
その地域のセルビスルートを外れている。
乗り慣れないセルビスだと、ここを曲がるはずなのだけど、と
心の中では思いつつも、言い出せるほどの自信はない。

結局、ものすごく中途半端なところで降ろされた。
降りる時に、この運転手は自分の用事のために、
客を適当なところで降ろしたことに気がつく。

あぁ、そうだった、と、降りてから気がつく。

こちらの人は、知らない場所や、自信のない場所でも
知らないとか、確証はないとか、
そういう情報の不確定さの度合いについて
決して口にしない。
誰もが自信満々に、知っている風で教えてくれる。
悪気があるわけではなくて、おそらく、
知らなくても、知らない、と言うのは失礼だ、と
考えている節があるのだと、思う。


おかげで、随分と目印もあてもない場所で、路頭に迷うことになった。


そこでやっと、アラビア語の検索を始める。
初めから調べなかった私が、悪かった。

セルビスルートでは、随分初めの方で降りると、すぐ近くだった。
結局、20分ぐらい歩いて、車で来た道を戻ることになる。


その地域は、対象校が2校、訪問した学校が2校あるところだ。
よく、対象校を梯子する時には、自分で歩いていた。

あの家に訪問したことがある、
この道を曲がったらあの兄弟の家がある、
運転できないこの国で、私はいつも窓の外を眺めているから
通ったことのある道や歩いたことのある道は
かなり正確に記憶する能力だけは、身についた。

家の作りや家族の様子を思い出しながら、
ぶらぶら歩いていたら、結局
以前の対象校のすぐ横に、目的の出版社はあった。


倉庫みたいに段ボールが積み上げられている部屋だった。
お店の女性は、段ボールだらけで見づらいことを
何度も私に詫びていた。

石造のテラスや白い窓枠、可愛らしい出窓、
この地域の家庭訪問で何度も見てきた。
古い家が多い地域だから、家の作りも独特なのだ。


ムーミンシリーズは9冊翻訳されていた。
けれども、2冊は売り切れ、今は7冊しか在庫がなかった。

ソファの上に並べられた本を、うっとりして眺める。




アラビア語のタイトルと中身を頭の中で照らし合わせながら、
どれにしようか、迷う。
記憶していた値段よりもよほど高くて、
とてもすべてを手に入れることはできなかった。

今日の訪問の手土産のためだけに、1冊選ぶのは、難しい。
ただただ、美しい装丁の、素敵な表紙を真剣に見つめる。

ムーミン谷の彗星を選ぶと、泣く泣く他の本は諦めた。

他にどんな本があるのか、俄然興味が湧いてくる。
段ボールの山の中を散策していると、
棚にいくつか、見慣れた絵本が並んでいた。

思わず声をあげて、棚に張り付く。
絵本は、表紙の絵を見るだけで、
小さな頃に読んだ感触を、蘇らせてくれる。




アラビア語ではさっぱり読めないけれど、
こんな本たちを、キャンプの子たちが読めたら素敵だろうな、と
口惜しい思いをする。
予算があったら、読ませてあげたい本ばかりだった。

結局、1冊だけを手に取り、店の女性によくよくお礼を言って、
店を出る。
こんなに迷うはずではなかったから、すっかり日は暮れかけていた。


タクシーに乗っても、大回りしなくては事務所に戻れない。
詰まるところ、自分の足で歩いて帰るのが一番だった。

谷を降り、また、丘を登る。

なんとも坂ばかりの街で、足が棒になるほど疲れるけれど、
だからこそ、街の景観は美しい。

最後の階段を昇ったところから見える景色が好きだ。
額縁で切り取ったような街の断片。





この日のはなし ー ダウンタウンの本屋

 

午前中に出席した会議は、なんとも言えず後味が悪かった。
会議の相手の無駄のない、でも、とても日本的に手の内の見えない
そこはかとなく不安にさせる話し合い。
要領を得ない、やたらと情報だけが多い私の話を
先方は呆れて聞いていたことだろう。
稚拙で駆け引きなどできない、自分の馬鹿さ加減が際立つ。

そういえば、日本はそういう国だった。

なんでも開けっ広げで考えていることが手にとるように分かる
こちらの人たちとは、正反対だったのを
忘れていた自分の愚かさに、うんざりした。

すっかり何を考えているのかすぐ顔に出てしまう
分かりやすい人間になってしまったから、
きっと体のいい鴨みたいなものだな、と自覚する。

大手の開発系会社の中には、NGOを下に見ている節があると、
昔耳にした話を、思い出す。

私みたいなのがいるから、こういうことになるのだ、と
現場で頑張っている他のNGOさんたちに対して、申し訳ない気持ちになる。

現場の先生方が混乱して迷惑がかかったら完全に私の調整ミスだ、とか
でも、最終的には同じような目的で活動しているはずなのに、とか
後悔したり、どこか納得できなかったりして、
会議の後、ずっと仕事が手につかなかった。



ぼんやりと窓を眺めていて、ふと気がついたら、
スタッフが私の仕事場の扉の先で、にやっとこちらを覗いている。
昨日からずっとお願いされていたことをすっかり忘れていた私への
警告の覗き見だ。

アクティビティのコンテストで素敵な作品を作った子どもたちへの
ささやかなプレゼントを準備する、と言ったまま、
すっかり他のことにかまけて、忘れていた。


気分を変えた方がいい。
買い出しに行こうと思ったものの、
気の利いた、でも安価なプレゼントなど思いつかないから
行き先も決まらない。

スタッフの仕事を邪魔しながら、何がいいのかぶつぶつと尋ねていたら、
お店を教えてくれる、という。
仕事終わりについてきてもらえないか頼んだら、
快く、付き合ってくれた。


帰りの車に同乗して、ダウンタウンへ行く。

呆れるぐらい街の中央地にある三叉路に、堂々と車を駐車する。
いつも繊細で、こちらの機微をよく察してくれるスタッフだけれど、
駐車となると、こちらの人たちと同じ感じになるのか、
もはやあっぱれ、と感心しながら、車を降りる。


目的地は、私のよく知っている本屋さん通りの向かいにある
これもまた、本屋さんだった。
本なんて、確かにとても素敵なプレゼントだ。

ヨルダンの本屋さんは、大体2階にあって、
場所を知っていないと、奥行き深い、素敵な本ばかりの空間へは
辿り着けない。

久々の本屋さんは古い建物の2階で、フロア全てが、
本と文房具で埋め尽くされていた。




子ども用の絵本には、色々なランクがある。
安価で紙も薄く、絵の印刷もズレているような質のものは
38冊セットで、日本円にして約1500円ぐらい。
エジプトから来ているから、アラビア語も少しだけ、
エジプト訛りだったりする。

もう少しいいものだと、湾岸かヨルダン製が多くなる。
その中にもランクがあって、紙の厚みや光沢で、
少しずつ値段も変わってくる。
高いものは、1200円ぐらいのものもあるけれど、
平均の相場は、200円から600円ぐらいだ。

でも、今回の予算はほんの200円にも満たない。
それに、普通の文房具屋さんでは見たこともないような
可愛らしい付箋や栞、日記帳やノートとペンのセットなどもあって、
すっかり、目が泳いでしまう。

スタッフたちが、片っ端から値段を店員さんに尋ねている間、
ふと、大事なことを思い出した。

ムーミンのアラビア語訳の本を、探している。
それは何とも素敵な装丁で、
一度だけ、本の見本市で見たその本を
その場で2冊だけ買った。
1冊は日本の友人に、そしてもう一冊は、
シリアに戻るキャンプの先生に、持っていってもらった。

ムーミン谷のシリーズには、あらゆる人間の
癖と皮肉と辛辣さと、
夢と冒険と友情とユーモアが詰まっているからだ。

さっぱりアラビア語を勉強してこなかったので、
今更買ったところで、読めるわけではないのだけれど、
本好きとしては、なんとしても手に入れたい。

一通り買い物が終わると、
本の写真を店員さんに見せる。




店員さんは写真を目にすると、一言、
これは高い本だぞ、と言う。
確かに1600円ぐらいしたけれど、
そこまで高い本でもないだろう、と思いつつ
この店にありませんか?と尋ねると、
うちでは作ってない、と言う。

この店は出版社なのだろうかと勘ぐりながらも、
それ以上質問して目的を終えて帰りたがっているスタッフを留めておくわけにもいかず、
買い物袋を抱えて、店を出た。

作ってないとはどういう意味なのかと尋ねると
あそこの本はすべて、オリジナルを印刷した違法な本だ、と
驚きの返事がやってきた。

DVDやCDの海賊版が売られていることは知っていたけれど、
本にも海賊版があるなんて、知らなかった。
コピーでは収入にもならないし、作家は大変だろう。

著作権もへったくれもない国は、ヨルダンに関わらず
まだ、きっと多くあるだろう。
ただ文字を読んでいくだけの作業を読書というならば、
ページが抜けずにすべて印刷されているだけで、確かに
十分なのかもしれない。

でも、本は紙も文字のサイズも書体も表紙の質感も
すべて含めて、本だ。
たとえ見劣りしないほど、よく作られたコピーであっても、
海賊版としてこの世に生まれた本も、どこか可哀想な気がしてくる。


読みたい本があったら、あっちの店に行った方が安く手に入るから、
向かいのちゃんとした本屋には行かないの、と
スタッフはあっけらかんとした口調で、説明してくれた。

今や、本などKindleで読むのが賢い時代なのだから、
文字のサイズやらフォントやら紙の種類やらに拘っている私の発想は
愚鈍で旧式なのかもしれない。



ムーミン谷の一家、の話の中には、
魔法の帽子が出てくる。
帽子をくずかごだと思って、ティッシュを入れたら、
雲に変身してしまったりする。

帽子に蓋をしようとして辞書を乗せたら、
文字が虫になって、這い出てくるシーンがある。

ある日、その少し不幸な身の上を呪って、
あの本たちが逆襲をする時がやってきたら、
ダウンタウンに入る坂の上流にある本屋通りから、
ダウンタウンの中心地に向けて、本の虫に覆われるだろう。

そんなどうでもいいことを想像して、少しニヤつく。
そして、ちょっと気持ちが晴れる。

海賊版でも正規品でも、本は本。
やはり、本屋は気分を変えてくれる素敵な場所だ、という
安直でバカ丸出しの、結論に落ち着く。




2022/02/20

この日のはなし ー 車 バス 歩き

 

仕事で色々な場所を短時間で回らなくてはならない日だった。
省庁へ行ったり、仕事でお世話になっている事務所などを
約束した時間に合わせてめぐる。

省庁の後1ヵ所目の事務所で、思ったよりも時間がかかってしまった。
本当ならば、もっと早く済ませられるはずだったから、
どこかへ寄ってメールでも書く予定だったのだけど、
結局、次の事務所へ直接、梯子しなくてはならなくなった。

こういう時に限って、次の用件には早すぎて、
でも、どこかで落ち着く時間もない。

日本だったら、チェーン店のカフェとかがあって、
少しコーヒーでも飲んでメール、というのも
選択肢にあるのだろうけれど、
残念ながら、そんな気の利いたお店は
周囲に私の記憶する限り、存在しなかった。

仕方がないので、一緒に回ってくれていたスタッフに
先に帰ってもらって、最後の用件は一人で歩いて行くことにする。
時間を調整するにはちょうどいい距離だった。

車で移動するから、どの道も最近では、素通りだったけれど、
梯子する地域は、随分と懐かしい場所だった。
ヨルダンに初めてきた頃、少しだけ住んでいた地域だ。
元々すでに栄えていた商業地域だから、
新しい建物が立つでもなく、道も景観も
ほとんど変化がない。

それでも、たくさんのお店が新しくできては消えていく。
アンマンのお店は、栄枯盛衰が激しい。
よほど古いか、人気がない限り、
知らないうちに消えていたりする。

だから、よく遅い昼食を食べていたシュワルマ屋さんが
空き店舗になっていたり、ケーキ屋さんが新しいカフェに変わっていたり、
景観自体は変わりがなくても、その詳細な一つ一つは
刻々と変化していた。

長い上り坂をてくてく歩きながら、少しずつ
小さなことごとを、思い出していく。

初めてヨルダンに来たまさにその日、
巨大なミックスジュースを飲みながらアルギーレを吸ったカフェは
なんだか派手な喫茶店に変わっていた。
よく知り合いがお酒を買いに通っていた店は
綺麗なスーパーになっていた。

以前はそこでしかまともなペンや画材が買えなかった老舗の文房具屋さんは
まだ健在だったけれど、ダウンタウンにある同じ系列の店舗は
コロナの間にいつ間にか、閉まっていた。

四角い建物ばかりだから、よく、壁の側面に広告を飾る。
当然だけれど、10年以上前に見上げた広告はすっかりどこかへ行ってしまって、
茶色い壁が、のっぺりと目の前に立ちはだかっていた。

昼食を逃していたけれど、落ち着いて食べている暇はなかったので、
徒歩圏内にある評判のパン屋さんから
クロワッサンだけを買って、食べながら歩く。

ヨルダンでは歩きながら食べるなど、行儀の悪いことを
ほとんど誰も、しない。
食べるときにはたっぷり時間を取って、
人と時間を分かち合うのが通例だからだ。
でも、人目も憚らず、冷たい風に吹かれながら食べれば、
クロワッサンの細かなカスも、風に飛んでいってくれる。


工事をしていたと思ったら、数年前のある日
大きなドワール(円状の交差点)に信号ができていた。
確かに、横着さえしなければ、安全に横切りことはできるようになったけれど、
反対側へ行くのに、ドワールの中心を横切ることはできなくなってしまった。
10年前は信号などなくて、おっかなびっくり、横切ったものだ。

信号待ちをしている間、行き交う車の量に呆れ、
そういえば今日から新学期が始まったことに気づく。
だから、オレンジ色のスクールバスが目につく。

渡り切ってほっとして、ふと歩道に目をやると、
いつもピンクの薔薇を咲かせる枝に、
赤くつぶらな実がついていた。
そのドワールはよく歩いたから、どんな花が咲いていたのか
なんだか、そんなどうでもいいことだけ、よく覚えている。



目的地にたどり着き、用事を済ませてすぐ、その場を後にする。
仕事場へ戻らなくてはならない。
でも、ふらっと歩いてみたい衝動に駆られる。
携帯のメールとメッセージをチェックし、
やはり、やらなくてはならないことが多すぎることを確認して
ため息が漏れる。

車通りの激しい幹線道路を目の前に、Uberを待っていた。
そんな便利な乗り物など以前はなかったから、
タクシーで嫌な思いをするのが面倒で、とにかく
バスを何回も乗り継いで、家に戻っていたのを思い出す。

目の前をアーディーバス(白くて小型のバス)が猛スピードで走り去っていく。
このバスに乗れば、あそこへ着いて、
あそこからドワールを横切れば、次のバスに乗れて
そのバスの終点から、長い坂を昇れば
以前2年間住んでいた家に、戻ることができる。

頭の中で、行き道から見える景色を思い描いていたら、
ほどなく、頼んだ車はやってきた。

物静かで、安全な運転。
運転手と喧嘩をする必要もなく、
目的地のアラビア語が通じているか不安に駆られることもなく、
仕事場に戻ることができるなんて、
本当に随分と、便利になった、と思う。

でも、さっぱり出発する気配もないバスの座席に座ったまま
隣のおばさんから何故かビゼル(味のついた種)をもらって
よく意図のわからない、もしくは意図なんて何もない、
ただ興味本位の質問を受けたり、
他の客と一緒に、満員になるまで待とうとする運転手に
バスを出発させるように文句を言ったり、
バスの集金ボーイとお釣りを巡って喧嘩したりしていたのが、
なんだかとても、懐かしく思えてくる。

無性にバスに乗りたくなる。

不便で乗り継ぎの悪いバスで、何十分も待たされるあの、
さっぱり効率的でも便利でもない時間が
本当は結構好きだったのだ、と気がついた頃には、
優しく速度を緩めた車が、静かに仕事場の前に到着した。

ものの、10分もかからなかった。







2022/02/17

この日のはなし ー 満月ナイト

満月だからといって、吠え出したりはしないのだけれど、
美しいものはきちんと愛でなくてはならない、という
使命感に似た思いは確かに、ある。

それがいつの間にか、3、4年もずっと欠かさず、
月を見る結果となった。

コロナで出られなかったり、お店が休業を強いられたりしたけれど
家の窓からでも、東京の狭い空からでも、いつものお店からでも、
とにかくただ、愛で続けた。


特に、満月の力、のようなものを感じたことはない。
ただ、見に行かなくては気が済まなくなった結果、
満月の日は月の出に合わせて、仕事も切り上げることとなり、
一日中どこか、そわそわするのだった。

習慣というのは恐ろしいもので、
満月の夜に月を見逃すというのは、どこか
とても罪深いことのように思えてくる。


月齢の暦が健在なアラブ圏では、
ラマダンや祭日は、月の満ち欠けで決まってくる。
こちらの月は、なんとも見事で、
満月ではなくても、その姿をいつも、確認することができる。
月の好きな人にとっては、この上なく幸福な場所だ。


こんなに月の模様がきれいに見えるものなのか、とか
こんなに月の光は明るいものなのか、とか
こちらへ来てから初めて知ることも多かった。


いつかは、この月をどこか遠い場所で同じように
見上げている人たちのことを思ったりしたこともある。
月が綺麗ですね、という夏目漱石の言葉の意味を
でも、一緒に見上げる人はいなくて、
遠方からただ一人、考えたりもした。

ただ、そんな時はきっと、日本の月を思い出していた。
秋の、よく空気の澄んだ夜の情景。
雨や曇りが多いからこそ、雲間からの月でも
あまねく光り輝く月でも、情緒が深まる。




こちらの月は、なんだかいつも、あっけらかんとしていて、
神秘的、というよりも、どこか絶対的だ。
その存在感を圧倒的で絶対なものとして、
受け入れるしかないような、在り方をしている。
それもまた、どうも、非常に曖昧な表現だけれど
アラブ的だな、と思う。


満月の日、行ける状況である限りは、
同じお店に通っている。
ダウンタウンの脇の、ジャバルアンマンの丘の東側の
端っこに立っているお店だ。
月の出をはじめから見られるから、月の出がずれていく間隔も、はっきりとわかる。
空に昇りきった月では分かりづらいけれど、
昇りかけの月は、随分大きくて、動きも早い。

一番この店を気に入っている理由は、でも
全面窓張りのお店から見る、向かいの丘の光だった。
急な坂道に張り付くように建っている家々と街灯の光が
これほど鑑賞できる場所は、他にない。
月に背を向けて並んでいる家々の窓、
一つ一つの窓の中から、光が漏れる。
その光の数だけ暮らしがあることの愛おしさを
感じさせてくれる景色もまた、このお店の他にないと、思っている。





まったく違う存在感の光が、空と地上に、無関係に揺れる。
どちらにも光があり、影がある。
その事象を、どのように消化したらいいのか、
ずっと考えている。

今月の満月の日は、珍しくすっかり曇っていた。
月の出からずっと待っていたのに、さっぱり姿が見えない。

うっすら灰色の東の空を、ただ眺め続ける。
姿の見えない月を、雲の先に想像する作業は、
あてどもない探しものでもするようで、どこか
意地悪をされているような心持ちになってくる。

すっかり夜も更けてきた頃、風が出てきて、やっと
天高く昇った月が、姿を現した。
墨を滲ませたような雲が月の周囲を流れていく。
それは、今までになく美しい、月の光と影の世界だった。






2022/02/16

この日のはなし ー ムスタルジャル

 

ある人の人物像をめぐって、スタッフと見解が異なった。
何回か会ったことのある、訪問先のおばさんについてだ。

私は、このおばさんにあまり、いい印象を持っていない。
英語とアラビア語を混ぜて話されるのも頭が混乱するし、
何かしらアピールしたいことがあるのか、
やたら押しの強い感じで、迫ってくる物言いをするのも
どうにも聞いていて疲れる。

以前、フィールドで起こったある問題について解決しなくてはならなくて
このおばさんの勤め先の事務所へ出向いた。
誰かに聞かれてまずい話ではなかったのに、
寒かったのか、秘密主義なのか、
きつい口調で「ドアを閉めて」とおばさんは言った。
反射的に、ドアに近かった私が動いてドアを閉めたけれど、
彼女はどうも、彼女の脇に座っていた別の部署のおじさんに
命令したようだった。

外国人が言葉を分かって閉めてしまう、という状況は
結構、気まずいようだった。
彼女はドアを閉めて欲しかったのだし、
私がドアに近かったのだから、
特に自分が閉めたこと自体は、気にしなかったのだけれど、
彼女の口調がどうにも、気に食わなかった。

ついでに、脇に座っているおじさんが
かなり偉い人のはずなのに、尻に敷かれた亭主みたいに
おどおどしている様子も気になった。
私の思い過ごしなのかもしれないけれど、
どうもこのおじさんは、この状況を楽しんでいるようにも、見えた。

こちらでは、仕事場で男性が女性の尻に敷かれる様など
受け入れられない事態だから、かなり驚いたこともあって、
この一連の流れをよく、記憶している。


さて、そのおばさんについて情報を仕入れたスタッフは
彼女のことを、ムスタルジャル、と表現する。
ラジョルが男性を意味する名詞で、それを形容詞化した単語だから、
男っぽい、と訳すのだろうか。
口調や行動が、男性的である、という意味のようだった。

悪い人じゃないのよ、ただ、女性的な気遣いとかが
できないだけだけの人なのよ、とスタッフは言う。
では、命令口調が男性だけに許されているものなのか、とか
ぼやぼや思いつつも、大人しく見解に耳を傾ける。

なぜなら、おばさんについての情報を提供したのが、
スタッフの叔母にあたる人だったからだ。
この叔母という人は、度々スタッフの話に登場する、
なかなか興味深い人だ。


ずっと教育関連の政府機関にいた人で、
以前私も一度挨拶したことがある。
オールドミスを絵に描いたような風貌をした
先生然とした人だった。

リタイアした後は、家の前の通りに面した窓から
外の様子を観察するのが日課となっている。
だから、近所の人がやたらたくさん買い物をしている、とか
新しい椅子を買い入れた、とか
あそこの家の人が喧嘩をした、とか
とにかく何でも知っているのだ。

教員の端くれだったので私にも心当たりがあるけれど、
教職についている人の多くは、人のことをよく見ている。
だから、例のおばさんについての見解や情報もまた、
かなりの確度高いものに違いない。


その叔母が色々と言ってくる、という話から、
どうも母親と意見が合わない、という話題に変わる。

取るに足らない話のつもりで、
服の趣味がさっぱり合わない、と私は口にしてみた。

どんな服が好きなのか、という訊かれたので、
フリフリのレースとか着てる、と言うと
あら、素敵じゃない、と目を輝かせる。
そんなことを言うスタッフは、いつもすっきりした格好をしている。
あなただってそんな服着ないでしょう、と私は眉を顰める。

ガーリーなのだって大事なのよ、それを分かっているから
きっとお母さんは勧めてくるのよ。
母親の言うことなんて大体、当たってるものだから、きっと着たら似合うのよ。
などと、見たこともない服の感想を想像でコメントしてくる。

小さい頃、きれいな服を着て出かけて
口が小さいから食べこぼし、怒られた思い出す。
どうせ汚すと分かっているのにきれいな服を着させようとする
母親が悪いんだ、などと、どうでもいい昔の愚痴を
冗談半分ぶつぶつ言う私に、大仰に呆れた表情を見せて、
スタッフはため息をついた。


そんなやりとりの後、
なぜか盛大に買ってきてくれた、美味しいお菓子をいただく。

ぱっぱと切り分け、お皿を準備し、
美味しいお茶を淹れて、仕事机の上に準備してくれた。
自分で買ったシナモンロールの他に、
今朝、これもまた、なぜかスタッフが作ってくれたサンドイッチと
お菓子が机の上に乗ってしまい、食べないと書類が置けなくなる。




出されるがまま、お菓子を美味しくいただき、
なんとなくお皿を重ねて置きっぱなしにしたまま仕事をしていたら、
お皿を片付けるべく、スタッフがキッチンへ運んでくれる。

申し訳なく思って、何となくキッチンへついて行ったはいいけれど、
キッチンが狭くて分担もできず、
ただ、スタッフが手際良く洗う様子を後ろから眺めていた。


私よりも10歳以上若いこのスタッフは、きっと家でも、
長女として、下の兄弟たちの面倒を見ながら、
母親の仕事を手伝い、何でも要領よく片付けて、
必要なことを過不足なく、きちんと済ませてきたのだろう。
親の愚痴を率先して聞き、心半分に同調しつつ
親の小言は兄弟たちに、きちんとそれとなく伝え、
円満に家族との日々が過ぎていくように、調整している。

勝手に家の中の彼女を想像しながら、
片付いていくものものと、彼女の背中を眺め、
お疲れ様です、とアラビア語でつぶやく。
すると、彼女はニヤッと笑って振り向いた。

きっと、この瞬間彼女もまた、
私が実家で今と同じように、要領悪く手伝いもできず
何となく誰かが片付けてくれているのを、手持ち無沙汰で眺めている様子を
想像したに違いない。


結局ねぎらいの言葉のほか、何もせず仕事場に戻りながら、
このスタッフが以前言っていた話をふと、思い出した。

その時フィールドで会った女性が、なかなかしたたかな人で
男性の前になると仕草も口調もすべて、見事に変わる人物だった。
それが面白くて、事務所へ戻ってきて
アラビア語で話し方を真似していた私の様子を
ニヤニヤしながら見ていたスタッフは
でも、あの人は色々とうわ手だと思うよ、と言い出す。

いや、あんな絵に描いたような、女丸出しな感じはないわ、と言うと、
あれが気に食わないなんて、女に生まれたという得を
全く活用していない、と目を丸くして驚かれる。


表面的には、もしくは、少なくともアジア人の女性には
完全に男性社会にしか見えないアラブ社会でも、
女性が覇権を手に入れる方法がある。
いわゆる、日本語で言うところの、手の上で転がす、技だ。

結婚する前には、母親や叔母やら、近親の女性たちから、
結婚生活をつつがなく送るためのティップスを教えられる。

それとなく、旦那の耳元で、自分の願う状況になるよう
こうしてみたら、とか、こっちの方がいいわ、とか、ささやく。
でも、いざ願った通りの状況になった時には、
やっぱりあなたってすごいわ、とか
あなたの判断は正しかったわね、とか
あたかも男性が自分で決めたかのように、信じさせる。

そうやって、家庭円満、旦那は思う通りに操るんだって
お母さんが言っていた、と、したり顔でスタッフは教えてくれた。


日本でも聞く話ではあるけれど、これを実際やってみるのは
想像するに、なかなか難しい。
少なくとも私の場合、事の成り行きがうまく行っても行かなくても、
誰がその提案をしたのか、責任の所在も含め、
詳らかにしたい。
だから、おそらく一生できない技なのだと思う。

そう言うと、また大仰に手を広げて、
それはどうにかした方がいいわね、と言われた。


そう、どうにかした方がいいのだと思う。
たぶん、私はアラブ女性的基準からしたら、
ムスタルジャルに分類されるのだろう。


私の知る限り、アラブ女性は結構色々な場面で
サバイブ能力の高い人たちばかりだ。

そもそも、顔も美しければ、スタイルもいい女性たちが
女たちばかりの世界で学生時代を過ごしている。
私にはなかなか、恐ろしいとしか思えないような環境を
したたかに、しなやかに生き抜いて来た女性たちにとって、
女性という性は、おそらく私が経験しているよりも
豊かで、複雑で、面倒で、面白いのだと思う。

そんな女性たちがおばさんやらお母さんになるまでに
培ってきた見解と技ならば、
女性に対してだろうと、男性に対してだろうと、
どこの土地に行っても、通用するはずだ。




2022/02/15

この日のはなし ー 青い髪

 

髪の色がすっかり抜けて久しい。
金色の髪は、それはそれで、今までにない服の色が似合ったりして
悪くなかった。


子どもの頃、ピアノの先生としていた雑談を思い出す。

ピアノのレッスンは大っ嫌いだったけれど、
先生と話をするのは好きな、
こしゃまっくれて、生意気な子どもだった。
散々家族の色々を話した後で、
親の知らないところで子どもはなんでも家のことを話してしまうから
なかなか困ったものですね、と、まだ、11、12歳ぐらいの私は、
自分のことなど棚にあげ、訳知りな表情で、先生に言った記憶がある。

たぶん、先生も私のピアノについては諦めていたのだろう。
ピアノに向かったまま、ピアノは弾かずに、
先生が過去に留学していたドイツの話をたくさん、聞かせてもらった。

水路に囲まれた古城で開かれた結婚式に参加した話や、
韓国人はキムチの匂い、日本人は醤油の匂いがする
とドイツ人に言われた話や、
バッハの重要さを説く人々の話。
それらに加えてよく覚えているのは、毛皮の話だ。

黒い毛皮のコートが素敵だと思って買おうとしたけれど、
店の人に止められた。
日本人は髪の毛の色が黒いから、
重たい黒い毛皮のコートでは、いよいよ暗くなる。
白やベージュの方が絶対いいと勧められた、という話。

以前は洗濯物をすると、干している服がすべて真っ黒だった。
それなりに最近は、明るい色を着るようになって、
歳をとると暗い色が似合わなくなる、と誰かが言っていたのを
赤や緑の服を着るたびに、シワのふえた顔を見つめながら
鏡の前で思い出したりする。




ある日、髪の何かしらを変えたい、と思い立つと、
もうどうにもその衝動から逃れられなくなる。
切ったり、パーマをかけたり、色々してきたけれど、
この1年は髪の色に執着している。

一度金髪になれば、色が入りやすくなる。
いくらでも好きな色に変えることができるのだ。

緑色にしたまま、日本へ帰国した時には、
CAさんに随分髪の色を褒められた。
よくよく周囲を見てみたら、乗っていたエティハド航空の
ブランケットの色と同じだった。


今回もまた、いつものお店に行く。
紫色にしようかな、と口にする。
バナフサジー、というアラビア語の紫色は、
日本語の紫色よりも、おそらく赤っぽい。
フザミーという似たような色もあって、これはまさに
ラベンダーを指す色の名前だ。

お店に飾ってある濃い紫色のアネモネの絵を指差しながら、
これは素敵な色よ、と、馴染みのお姉さんは乗り気だった。




けれども、色落ちしたら確実に赤っぽくなる色でもある。
赤くなるのは嫌なんです、と言いながら色見本と睨めっこをする。
駄々っ子のような体で
粘ろうとしている日本人だと思われたに違いない。
赤くしたくなければ、青くするのが一番よ、と言われて、
今回はすっかり一色、真っ青の髪にしてもらった。

SNSに載せたいから、写真を撮らせてくれと言われて、
ふと、着ていた服の色と全く同じであることに気づく。
結局のところ、色の趣味というのは髪であろうが服であろうが
選んでしまうものなのだろう。

お店のお姉さんは、薄ピンクがかった、茶色い髪の色だった。
色白の肌と白いニットに、とてもよく似合っている。
優しいし、人にばかり気を遣っている彼女らしい色だ。

随分私の髪に時間をとってしまって、髪が染まり切った後も、
お姉さんは待っていた他の人の散髪に忙しかった。

お客が捌けるまで、支払いも済ませられなかったので、
近所のお菓子屋さんで自分の分と一緒に、お姉さんの分のお菓子も買って、
支払いと一緒に、渡した。
髪を染めている間、しきりに息子さんから電話がかかってきていたから、
きっと早く帰りたかっただろう。

お菓子を随分、嬉しそうに受け取ってくれた。
きっと、中身が好きなお菓子ではなかったとしても、
溶けるような笑顔で喜んでくれる人だ。

なんだか、私はこのお姉さんの雰囲気が
髪の色も含めて、とても好きだ。

私の方はといえば、もっと肌の色が白かったら、似合っていたに違いない。
でも、日本人の中でもすっかり日焼けして、黒くなってしまった顔に
あまり青い色は似合っていなかった。


スタッフの一人にも、ガリーべ(変な、変わった)な色ね、と言われ
もう一人のスタッフが慌てて、そんなことないわ、と
フォローしようとしてくれたりする。
まったく、他人に気を遣わせるなんて、いい色ではないのだろう。

きっとそのうちまた、色落ちして
幾らかいい色に、落ち着いてくれると、ありがたい。
他人に気を遣わせなくても良くなるから。