2022/02/20

この日のはなし ー 車 バス 歩き

 

仕事で色々な場所を短時間で回らなくてはならない日だった。
省庁へ行ったり、仕事でお世話になっている事務所などを
約束した時間に合わせてめぐる。

省庁の後1ヵ所目の事務所で、思ったよりも時間がかかってしまった。
本当ならば、もっと早く済ませられるはずだったから、
どこかへ寄ってメールでも書く予定だったのだけど、
結局、次の事務所へ直接、梯子しなくてはならなくなった。

こういう時に限って、次の用件には早すぎて、
でも、どこかで落ち着く時間もない。

日本だったら、チェーン店のカフェとかがあって、
少しコーヒーでも飲んでメール、というのも
選択肢にあるのだろうけれど、
残念ながら、そんな気の利いたお店は
周囲に私の記憶する限り、存在しなかった。

仕方がないので、一緒に回ってくれていたスタッフに
先に帰ってもらって、最後の用件は一人で歩いて行くことにする。
時間を調整するにはちょうどいい距離だった。

車で移動するから、どの道も最近では、素通りだったけれど、
梯子する地域は、随分と懐かしい場所だった。
ヨルダンに初めてきた頃、少しだけ住んでいた地域だ。
元々すでに栄えていた商業地域だから、
新しい建物が立つでもなく、道も景観も
ほとんど変化がない。

それでも、たくさんのお店が新しくできては消えていく。
アンマンのお店は、栄枯盛衰が激しい。
よほど古いか、人気がない限り、
知らないうちに消えていたりする。

だから、よく遅い昼食を食べていたシュワルマ屋さんが
空き店舗になっていたり、ケーキ屋さんが新しいカフェに変わっていたり、
景観自体は変わりがなくても、その詳細な一つ一つは
刻々と変化していた。

長い上り坂をてくてく歩きながら、少しずつ
小さなことごとを、思い出していく。

初めてヨルダンに来たまさにその日、
巨大なミックスジュースを飲みながらアルギーレを吸ったカフェは
なんだか派手な喫茶店に変わっていた。
よく知り合いがお酒を買いに通っていた店は
綺麗なスーパーになっていた。

以前はそこでしかまともなペンや画材が買えなかった老舗の文房具屋さんは
まだ健在だったけれど、ダウンタウンにある同じ系列の店舗は
コロナの間にいつ間にか、閉まっていた。

四角い建物ばかりだから、よく、壁の側面に広告を飾る。
当然だけれど、10年以上前に見上げた広告はすっかりどこかへ行ってしまって、
茶色い壁が、のっぺりと目の前に立ちはだかっていた。

昼食を逃していたけれど、落ち着いて食べている暇はなかったので、
徒歩圏内にある評判のパン屋さんから
クロワッサンだけを買って、食べながら歩く。

ヨルダンでは歩きながら食べるなど、行儀の悪いことを
ほとんど誰も、しない。
食べるときにはたっぷり時間を取って、
人と時間を分かち合うのが通例だからだ。
でも、人目も憚らず、冷たい風に吹かれながら食べれば、
クロワッサンの細かなカスも、風に飛んでいってくれる。


工事をしていたと思ったら、数年前のある日
大きなドワール(円状の交差点)に信号ができていた。
確かに、横着さえしなければ、安全に横切りことはできるようになったけれど、
反対側へ行くのに、ドワールの中心を横切ることはできなくなってしまった。
10年前は信号などなくて、おっかなびっくり、横切ったものだ。

信号待ちをしている間、行き交う車の量に呆れ、
そういえば今日から新学期が始まったことに気づく。
だから、オレンジ色のスクールバスが目につく。

渡り切ってほっとして、ふと歩道に目をやると、
いつもピンクの薔薇を咲かせる枝に、
赤くつぶらな実がついていた。
そのドワールはよく歩いたから、どんな花が咲いていたのか
なんだか、そんなどうでもいいことだけ、よく覚えている。



目的地にたどり着き、用事を済ませてすぐ、その場を後にする。
仕事場へ戻らなくてはならない。
でも、ふらっと歩いてみたい衝動に駆られる。
携帯のメールとメッセージをチェックし、
やはり、やらなくてはならないことが多すぎることを確認して
ため息が漏れる。

車通りの激しい幹線道路を目の前に、Uberを待っていた。
そんな便利な乗り物など以前はなかったから、
タクシーで嫌な思いをするのが面倒で、とにかく
バスを何回も乗り継いで、家に戻っていたのを思い出す。

目の前をアーディーバス(白くて小型のバス)が猛スピードで走り去っていく。
このバスに乗れば、あそこへ着いて、
あそこからドワールを横切れば、次のバスに乗れて
そのバスの終点から、長い坂を昇れば
以前2年間住んでいた家に、戻ることができる。

頭の中で、行き道から見える景色を思い描いていたら、
ほどなく、頼んだ車はやってきた。

物静かで、安全な運転。
運転手と喧嘩をする必要もなく、
目的地のアラビア語が通じているか不安に駆られることもなく、
仕事場に戻ることができるなんて、
本当に随分と、便利になった、と思う。

でも、さっぱり出発する気配もないバスの座席に座ったまま
隣のおばさんから何故かビゼル(味のついた種)をもらって
よく意図のわからない、もしくは意図なんて何もない、
ただ興味本位の質問を受けたり、
他の客と一緒に、満員になるまで待とうとする運転手に
バスを出発させるように文句を言ったり、
バスの集金ボーイとお釣りを巡って喧嘩したりしていたのが、
なんだかとても、懐かしく思えてくる。

無性にバスに乗りたくなる。

不便で乗り継ぎの悪いバスで、何十分も待たされるあの、
さっぱり効率的でも便利でもない時間が
本当は結構好きだったのだ、と気がついた頃には、
優しく速度を緩めた車が、静かに仕事場の前に到着した。

ものの、10分もかからなかった。







2022/02/17

この日のはなし ー 満月ナイト

満月だからといって、吠え出したりはしないのだけれど、
美しいものはきちんと愛でなくてはならない、という
使命感に似た思いは確かに、ある。

それがいつの間にか、3、4年もずっと欠かさず、
月を見る結果となった。

コロナで出られなかったり、お店が休業を強いられたりしたけれど
家の窓からでも、東京の狭い空からでも、いつものお店からでも、
とにかくただ、愛で続けた。


特に、満月の力、のようなものを感じたことはない。
ただ、見に行かなくては気が済まなくなった結果、
満月の日は月の出に合わせて、仕事も切り上げることとなり、
一日中どこか、そわそわするのだった。

習慣というのは恐ろしいもので、
満月の夜に月を見逃すというのは、どこか
とても罪深いことのように思えてくる。


月齢の暦が健在なアラブ圏では、
ラマダンや祭日は、月の満ち欠けで決まってくる。
こちらの月は、なんとも見事で、
満月ではなくても、その姿をいつも、確認することができる。
月の好きな人にとっては、この上なく幸福な場所だ。


こんなに月の模様がきれいに見えるものなのか、とか
こんなに月の光は明るいものなのか、とか
こちらへ来てから初めて知ることも多かった。


いつかは、この月をどこか遠い場所で同じように
見上げている人たちのことを思ったりしたこともある。
月が綺麗ですね、という夏目漱石の言葉の意味を
でも、一緒に見上げる人はいなくて、
遠方からただ一人、考えたりもした。

ただ、そんな時はきっと、日本の月を思い出していた。
秋の、よく空気の澄んだ夜の情景。
雨や曇りが多いからこそ、雲間からの月でも
あまねく光り輝く月でも、情緒が深まる。




こちらの月は、なんだかいつも、あっけらかんとしていて、
神秘的、というよりも、どこか絶対的だ。
その存在感を圧倒的で絶対なものとして、
受け入れるしかないような、在り方をしている。
それもまた、どうも、非常に曖昧な表現だけれど
アラブ的だな、と思う。


満月の日、行ける状況である限りは、
同じお店に通っている。
ダウンタウンの脇の、ジャバルアンマンの丘の東側の
端っこに立っているお店だ。
月の出をはじめから見られるから、月の出がずれていく間隔も、はっきりとわかる。
空に昇りきった月では分かりづらいけれど、
昇りかけの月は、随分大きくて、動きも早い。

一番この店を気に入っている理由は、でも
全面窓張りのお店から見る、向かいの丘の光だった。
急な坂道に張り付くように建っている家々と街灯の光が
これほど鑑賞できる場所は、他にない。
月に背を向けて並んでいる家々の窓、
一つ一つの窓の中から、光が漏れる。
その光の数だけ暮らしがあることの愛おしさを
感じさせてくれる景色もまた、このお店の他にないと、思っている。





まったく違う存在感の光が、空と地上に、無関係に揺れる。
どちらにも光があり、影がある。
その事象を、どのように消化したらいいのか、
ずっと考えている。

今月の満月の日は、珍しくすっかり曇っていた。
月の出からずっと待っていたのに、さっぱり姿が見えない。

うっすら灰色の東の空を、ただ眺め続ける。
姿の見えない月を、雲の先に想像する作業は、
あてどもない探しものでもするようで、どこか
意地悪をされているような心持ちになってくる。

すっかり夜も更けてきた頃、風が出てきて、やっと
天高く昇った月が、姿を現した。
墨を滲ませたような雲が月の周囲を流れていく。
それは、今までになく美しい、月の光と影の世界だった。






2022/02/16

この日のはなし ー ムスタルジャル

 

ある人の人物像をめぐって、スタッフと見解が異なった。
何回か会ったことのある、訪問先のおばさんについてだ。

私は、このおばさんにあまり、いい印象を持っていない。
英語とアラビア語を混ぜて話されるのも頭が混乱するし、
何かしらアピールしたいことがあるのか、
やたら押しの強い感じで、迫ってくる物言いをするのも
どうにも聞いていて疲れる。

以前、フィールドで起こったある問題について解決しなくてはならなくて
このおばさんの勤め先の事務所へ出向いた。
誰かに聞かれてまずい話ではなかったのに、
寒かったのか、秘密主義なのか、
きつい口調で「ドアを閉めて」とおばさんは言った。
反射的に、ドアに近かった私が動いてドアを閉めたけれど、
彼女はどうも、彼女の脇に座っていた別の部署のおじさんに
命令したようだった。

外国人が言葉を分かって閉めてしまう、という状況は
結構、気まずいようだった。
彼女はドアを閉めて欲しかったのだし、
私がドアに近かったのだから、
特に自分が閉めたこと自体は、気にしなかったのだけれど、
彼女の口調がどうにも、気に食わなかった。

ついでに、脇に座っているおじさんが
かなり偉い人のはずなのに、尻に敷かれた亭主みたいに
おどおどしている様子も気になった。
私の思い過ごしなのかもしれないけれど、
どうもこのおじさんは、この状況を楽しんでいるようにも、見えた。

こちらでは、仕事場で男性が女性の尻に敷かれる様など
受け入れられない事態だから、かなり驚いたこともあって、
この一連の流れをよく、記憶している。


さて、そのおばさんについて情報を仕入れたスタッフは
彼女のことを、ムスタルジャル、と表現する。
ラジョルが男性を意味する名詞で、それを形容詞化した単語だから、
男っぽい、と訳すのだろうか。
口調や行動が、男性的である、という意味のようだった。

悪い人じゃないのよ、ただ、女性的な気遣いとかが
できないだけだけの人なのよ、とスタッフは言う。
では、命令口調が男性だけに許されているものなのか、とか
ぼやぼや思いつつも、大人しく見解に耳を傾ける。

なぜなら、おばさんについての情報を提供したのが、
スタッフの叔母にあたる人だったからだ。
この叔母という人は、度々スタッフの話に登場する、
なかなか興味深い人だ。


ずっと教育関連の政府機関にいた人で、
以前私も一度挨拶したことがある。
オールドミスを絵に描いたような風貌をした
先生然とした人だった。

リタイアした後は、家の前の通りに面した窓から
外の様子を観察するのが日課となっている。
だから、近所の人がやたらたくさん買い物をしている、とか
新しい椅子を買い入れた、とか
あそこの家の人が喧嘩をした、とか
とにかく何でも知っているのだ。

教員の端くれだったので私にも心当たりがあるけれど、
教職についている人の多くは、人のことをよく見ている。
だから、例のおばさんについての見解や情報もまた、
かなりの確度高いものに違いない。


その叔母が色々と言ってくる、という話から、
どうも母親と意見が合わない、という話題に変わる。

取るに足らない話のつもりで、
服の趣味がさっぱり合わない、と私は口にしてみた。

どんな服が好きなのか、という訊かれたので、
フリフリのレースとか着てる、と言うと
あら、素敵じゃない、と目を輝かせる。
そんなことを言うスタッフは、いつもすっきりした格好をしている。
あなただってそんな服着ないでしょう、と私は眉を顰める。

ガーリーなのだって大事なのよ、それを分かっているから
きっとお母さんは勧めてくるのよ。
母親の言うことなんて大体、当たってるものだから、きっと着たら似合うのよ。
などと、見たこともない服の感想を想像でコメントしてくる。

小さい頃、きれいな服を着て出かけて
口が小さいから食べこぼし、怒られた思い出す。
どうせ汚すと分かっているのにきれいな服を着させようとする
母親が悪いんだ、などと、どうでもいい昔の愚痴を
冗談半分ぶつぶつ言う私に、大仰に呆れた表情を見せて、
スタッフはため息をついた。


そんなやりとりの後、
なぜか盛大に買ってきてくれた、美味しいお菓子をいただく。

ぱっぱと切り分け、お皿を準備し、
美味しいお茶を淹れて、仕事机の上に準備してくれた。
自分で買ったシナモンロールの他に、
今朝、これもまた、なぜかスタッフが作ってくれたサンドイッチと
お菓子が机の上に乗ってしまい、食べないと書類が置けなくなる。




出されるがまま、お菓子を美味しくいただき、
なんとなくお皿を重ねて置きっぱなしにしたまま仕事をしていたら、
お皿を片付けるべく、スタッフがキッチンへ運んでくれる。

申し訳なく思って、何となくキッチンへついて行ったはいいけれど、
キッチンが狭くて分担もできず、
ただ、スタッフが手際良く洗う様子を後ろから眺めていた。


私よりも10歳以上若いこのスタッフは、きっと家でも、
長女として、下の兄弟たちの面倒を見ながら、
母親の仕事を手伝い、何でも要領よく片付けて、
必要なことを過不足なく、きちんと済ませてきたのだろう。
親の愚痴を率先して聞き、心半分に同調しつつ
親の小言は兄弟たちに、きちんとそれとなく伝え、
円満に家族との日々が過ぎていくように、調整している。

勝手に家の中の彼女を想像しながら、
片付いていくものものと、彼女の背中を眺め、
お疲れ様です、とアラビア語でつぶやく。
すると、彼女はニヤッと笑って振り向いた。

きっと、この瞬間彼女もまた、
私が実家で今と同じように、要領悪く手伝いもできず
何となく誰かが片付けてくれているのを、手持ち無沙汰で眺めている様子を
想像したに違いない。


結局ねぎらいの言葉のほか、何もせず仕事場に戻りながら、
このスタッフが以前言っていた話をふと、思い出した。

その時フィールドで会った女性が、なかなかしたたかな人で
男性の前になると仕草も口調もすべて、見事に変わる人物だった。
それが面白くて、事務所へ戻ってきて
アラビア語で話し方を真似していた私の様子を
ニヤニヤしながら見ていたスタッフは
でも、あの人は色々とうわ手だと思うよ、と言い出す。

いや、あんな絵に描いたような、女丸出しな感じはないわ、と言うと、
あれが気に食わないなんて、女に生まれたという得を
全く活用していない、と目を丸くして驚かれる。


表面的には、もしくは、少なくともアジア人の女性には
完全に男性社会にしか見えないアラブ社会でも、
女性が覇権を手に入れる方法がある。
いわゆる、日本語で言うところの、手の上で転がす、技だ。

結婚する前には、母親や叔母やら、近親の女性たちから、
結婚生活をつつがなく送るためのティップスを教えられる。

それとなく、旦那の耳元で、自分の願う状況になるよう
こうしてみたら、とか、こっちの方がいいわ、とか、ささやく。
でも、いざ願った通りの状況になった時には、
やっぱりあなたってすごいわ、とか
あなたの判断は正しかったわね、とか
あたかも男性が自分で決めたかのように、信じさせる。

そうやって、家庭円満、旦那は思う通りに操るんだって
お母さんが言っていた、と、したり顔でスタッフは教えてくれた。


日本でも聞く話ではあるけれど、これを実際やってみるのは
想像するに、なかなか難しい。
少なくとも私の場合、事の成り行きがうまく行っても行かなくても、
誰がその提案をしたのか、責任の所在も含め、
詳らかにしたい。
だから、おそらく一生できない技なのだと思う。

そう言うと、また大仰に手を広げて、
それはどうにかした方がいいわね、と言われた。


そう、どうにかした方がいいのだと思う。
たぶん、私はアラブ女性的基準からしたら、
ムスタルジャルに分類されるのだろう。


私の知る限り、アラブ女性は結構色々な場面で
サバイブ能力の高い人たちばかりだ。

そもそも、顔も美しければ、スタイルもいい女性たちが
女たちばかりの世界で学生時代を過ごしている。
私にはなかなか、恐ろしいとしか思えないような環境を
したたかに、しなやかに生き抜いて来た女性たちにとって、
女性という性は、おそらく私が経験しているよりも
豊かで、複雑で、面倒で、面白いのだと思う。

そんな女性たちがおばさんやらお母さんになるまでに
培ってきた見解と技ならば、
女性に対してだろうと、男性に対してだろうと、
どこの土地に行っても、通用するはずだ。




2022/02/15

この日のはなし ー 青い髪

 

髪の色がすっかり抜けて久しい。
金色の髪は、それはそれで、今までにない服の色が似合ったりして
悪くなかった。


子どもの頃、ピアノの先生としていた雑談を思い出す。

ピアノのレッスンは大っ嫌いだったけれど、
先生と話をするのは好きな、
こしゃまっくれて、生意気な子どもだった。
散々家族の色々を話した後で、
親の知らないところで子どもはなんでも家のことを話してしまうから
なかなか困ったものですね、と、まだ、11、12歳ぐらいの私は、
自分のことなど棚にあげ、訳知りな表情で、先生に言った記憶がある。

たぶん、先生も私のピアノについては諦めていたのだろう。
ピアノに向かったまま、ピアノは弾かずに、
先生が過去に留学していたドイツの話をたくさん、聞かせてもらった。

水路に囲まれた古城で開かれた結婚式に参加した話や、
韓国人はキムチの匂い、日本人は醤油の匂いがする
とドイツ人に言われた話や、
バッハの重要さを説く人々の話。
それらに加えてよく覚えているのは、毛皮の話だ。

黒い毛皮のコートが素敵だと思って買おうとしたけれど、
店の人に止められた。
日本人は髪の毛の色が黒いから、
重たい黒い毛皮のコートでは、いよいよ暗くなる。
白やベージュの方が絶対いいと勧められた、という話。

以前は洗濯物をすると、干している服がすべて真っ黒だった。
それなりに最近は、明るい色を着るようになって、
歳をとると暗い色が似合わなくなる、と誰かが言っていたのを
赤や緑の服を着るたびに、シワのふえた顔を見つめながら
鏡の前で思い出したりする。




ある日、髪の何かしらを変えたい、と思い立つと、
もうどうにもその衝動から逃れられなくなる。
切ったり、パーマをかけたり、色々してきたけれど、
この1年は髪の色に執着している。

一度金髪になれば、色が入りやすくなる。
いくらでも好きな色に変えることができるのだ。

緑色にしたまま、日本へ帰国した時には、
CAさんに随分髪の色を褒められた。
よくよく周囲を見てみたら、乗っていたエティハド航空の
ブランケットの色と同じだった。


今回もまた、いつものお店に行く。
紫色にしようかな、と口にする。
バナフサジー、というアラビア語の紫色は、
日本語の紫色よりも、おそらく赤っぽい。
フザミーという似たような色もあって、これはまさに
ラベンダーを指す色の名前だ。

お店に飾ってある濃い紫色のアネモネの絵を指差しながら、
これは素敵な色よ、と、馴染みのお姉さんは乗り気だった。




けれども、色落ちしたら確実に赤っぽくなる色でもある。
赤くなるのは嫌なんです、と言いながら色見本と睨めっこをする。
駄々っ子のような体で
粘ろうとしている日本人だと思われたに違いない。
赤くしたくなければ、青くするのが一番よ、と言われて、
今回はすっかり一色、真っ青の髪にしてもらった。

SNSに載せたいから、写真を撮らせてくれと言われて、
ふと、着ていた服の色と全く同じであることに気づく。
結局のところ、色の趣味というのは髪であろうが服であろうが
選んでしまうものなのだろう。

お店のお姉さんは、薄ピンクがかった、茶色い髪の色だった。
色白の肌と白いニットに、とてもよく似合っている。
優しいし、人にばかり気を遣っている彼女らしい色だ。

随分私の髪に時間をとってしまって、髪が染まり切った後も、
お姉さんは待っていた他の人の散髪に忙しかった。

お客が捌けるまで、支払いも済ませられなかったので、
近所のお菓子屋さんで自分の分と一緒に、お姉さんの分のお菓子も買って、
支払いと一緒に、渡した。
髪を染めている間、しきりに息子さんから電話がかかってきていたから、
きっと早く帰りたかっただろう。

お菓子を随分、嬉しそうに受け取ってくれた。
きっと、中身が好きなお菓子ではなかったとしても、
溶けるような笑顔で喜んでくれる人だ。

なんだか、私はこのお姉さんの雰囲気が
髪の色も含めて、とても好きだ。

私の方はといえば、もっと肌の色が白かったら、似合っていたに違いない。
でも、日本人の中でもすっかり日焼けして、黒くなってしまった顔に
あまり青い色は似合っていなかった。


スタッフの一人にも、ガリーべ(変な、変わった)な色ね、と言われ
もう一人のスタッフが慌てて、そんなことないわ、と
フォローしようとしてくれたりする。
まったく、他人に気を遣わせるなんて、いい色ではないのだろう。

きっとそのうちまた、色落ちして
幾らかいい色に、落ち着いてくれると、ありがたい。
他人に気を遣わせなくても良くなるから。




2022/02/14

この日のはなし ー ダウンタウン巡り

 
主要な支払いが大方済ませられるから、
月に一度、ダウンタウンにある色々な会社のブランチを回る。
今日は、いつものブランチに加えて、エアメールの会社に用事があった。

通常使っているDHLブランチは、事務所の近くにある。
今日もいつも通り、そのブランチに行くと、
扉は固く閉ざされていて、ガラス越しに配達用の段ボールが二つ
椅子の上に置きっぱなしになっているのが見えた。
どこかにスタッフが出かけてしまったのか、としばらく待ったけれど
誰かくる気配もない。
仕方ないので、隣の携帯ショップへ入ると、
おじさんと若い女の人が店の奥に座っていた。

隣の店の人がいないから、連絡が取れないか、と尋ねる。
こちらでは、よくある手段だ。
大体、近所のお店同士は仲がいいから、連絡先を知っていることが多い。

でも、携帯ショップのおじさんは隣の店のスタッフの電話番号を知らなかった。

どこの国から来たのか、とか、どこで働いているのか、とか
全く話す必要のない、でもよくある質問を一通りされる。
その後やっと、電話をかけ始めてくれた。
が、それはDHLスタッフへの電話ではなく、建物のガードの電話番号を入手するため、
携帯ショップの他のスタッフに確認する電話だった。
建物のガードの電話番号を入手すると、やっと、
建物のガードからDHLスタッフの電話番号を聞き出し、本題に入る。

電話は通じたけれど、DHLスタッフのお母さんがコロナにかかったから、
出勤できない、とのことだった。

一体、あの椅子の上に乗っている段ボールはどうなるのだろうか、とか
そんなことを携帯ショップのおじさんに訊いても仕方がないので、
よくよくお礼だけ言って、落胆しつつ店を出る。

ダウンタウン巡りの店が、一件増えてしまった。




郵便局周辺には、主要なエアメール業者のブランチが点在している。
まず、アラメックスへ入る。
アラメックスのおじさんは、要領を得ない感じで、
日本への郵送が何日かかり、いくらなのかを、
送付品を取り出して確認してもらおうとするのに、
ずいぶん適当な返事しか、してくれなかった。
おそらく、カウンターに乗っていた誰かの大きな3つの段ボールを
先に片付けたかったのだろう。

早々に退散し、次の店へ行く。
TNTかFed EXかDHLか。全ての店が同じ通りにあるのは
ヨルダンだからなのかもしれない。
ありがたいけれど、判断に困る。

結局、いつも通りのDHLに入る。
DHLの受付のお兄さんはアラメックスよりも
まともに取り合ってくれた。
おそらく、カウンターの上に乗っていた他の荷物が
すでに処理された後だったからだろう。

淡々と、いつも通りの順序で、きちんと物事が進んでいく。
そんな当たり前のことが、もはや、ありがたい。

何事もなく、送付を終えると次は、各種支払いが待っている。
通信会社を梯子する。

どこの会社でも、入り口でワクチン接種証明書を提示し、
番号札を取って、順番を待つ。
番号札なんて10年前はなくて、よく横入りされた。
番号札が出るありがたさをひしひしと感じ
修行僧のように一点を見つめて、ただひたすら自分の順番を待つ。

窓口では、無理難題をふっかけるおじさんとか、
ここで言っても仕方がない文句をひたすら言い続けるおばさんとか、
登録番号を控えていなくて、窓口で親戚に電話をかけるおばあさんとか、
いろんな人がいる。

そんな人たちに、能面のような冷淡、もしくは冷静さで、
辛抱強く処理をしようとしている窓口の人々に、
いつもだけれど、小さく感動する。
効率がよく、できるだけ手早く済ませようとか、
そういうことは、あまり重要ではないような人たちに、
必要なサービスをするのは、想像するに、かなり大変に違いない。

自分の順番が回ってくる前に、必要な情報をすべて手元に準備しているのは
私ぐらいであるという事実が、何だか馬鹿馬鹿しく思えてきたりする。
親戚に電話するのを待ったり、文句を聞いている間に、
窓口の人たちが休憩しているのだとしたら、私は
あまりいいお客と認識されていないだろう。

それでも、さっさと済ませたい私は、ある意味こちらもまた冷淡に、
必要書類を手元にすべて揃えて、窓口に立つ。
窓口の人を休ませない、意地悪い客だ。

最後の支払いを済ませて店を出て、事務所に戻ろうとする。
時間を確認しようと思ったら、携帯電話がない。
さっき支払いをした時に、携帯電話に入れていた登録番号を
窓口のお姉さんに携帯ごと渡して照会してもらったのを思い出す。

慌ててお店へ戻ると、立派な弧を描く眉毛と
見事なアイラインの下で、涼しい視線を私に向けたお姉さんは
能面のような顔をしたまま、
申し訳ない、ありがとうございます、と言う私の顔をガン見しながら
携帯電話を手渡してくれた。

複雑な心境だ。

準備して出かけても、突然のシステムエラーやら、
担当者が不在やら、プリンターが故障してレシートが発行されないやら
予想していないことが起こることは往々にしてあるので、
すべてがスムーズに行くと、心のどこかでほくそ笑む自分がいる。

でも、今日みたいに、最後は自分がミスをすることもある。

予想するさまざまな落とし穴をそつなくクリアするための
ある程度以上の経験をして、落とし穴にさえ慣れ、
それなりにこなせるようになった。
そう、つけ上がったな。帰りの道すがら、反省する。

用心と慣れの先にもまだ、乗り越えるべき障害があるとしたら、
それは、自分自身の心持ちである。


2022/02/13

この日のはなし ー 周囲の犬たち

屋上のペントハウスは、さらに2階建てになっている。
私はその2階に住んでいて、1階部分は
水タンクやらが大量に置かれている。

1階の住人たちには、犬持ちが多い。 
代々、いろんな犬たちが住んでいた。
なぜなら、水タンクの置いてある広場で
犬を遊ばせることができるからだ。

5、6年いた、愛想のいい小型犬が、ある日気がついたら、
ドイツに帰って行っていた。
誰へでも彼にでも、尻尾を振りまくりながら
膝の上に乗ろうとする様子は、ヨルダン人だけではなく
外国人たちにも人気のようだった。

でも、個人的にはその相棒にあたる、中型犬が好きだった。
ペプシ、と飼い主は呼んでいた。
どうしてそんな名前なのかは、わからない。
目周りに、人間よりもなお表情のある犬だった。

人の家に、土足で入ってきた最初の日、
どさくさに紛れてベッドの上に座り、しばらく動かなかった。
家の中を偵察して周り、玄関におしっこをしていった。

それからも、水タンク広場に出してもらえたならば、とりあえず
我が家を訪問してくれるようになる。
私が仕事から戻ってくると、水タンク広場の入り口のドアに
寄りかかって待ってくれていた。




全力で尻尾を振りながら、すぐにお腹を出してしまう犬。

犬との交流をこちらも心待ちにしていて、飼い主には内緒で
ペットフードからラム肉まで、いろんなものをあげた。
だから、うちに来ていたのであって、特別この犬が
私を気に入っていたわけではない。

自分では面倒な手続きや身の回りの世話はせず、
ただ可愛がれるなんて、ありがたいはなしだった。

特にコロナ禍では、唯一会える、親しい生き物だった。
親しい人間にもほとんど会うことはなかったので、
毛があり、温度のあるものを撫でられることのありがたみを
ひしひしと感じた。

家のドアを閉めている時、犬がやってくると
大声で吠えて、存在をアピールしてくる。
そうすると、ドアを開けないわけには行かなかった。

仕事で辛いことやら、大変なことがあって落ち込んでいると
結構ずっと、近くで餌もねだらずに、座っていてくれた。

よく、遊んでくれる、気前のいい犬だった。


数ヶ月前、この犬のアダプション会議が、
元の飼い主と今の飼い主の間で行われていた。
私自身は日本に連れて帰って自分で飼えるほどの金銭的余裕がなくて
生まれて初めて、心底お金持ちになりたい、と思ったけれど、
同時に、誰にでも懐く、性格のいい犬だから、
わざわざ遠い国へ旅をしなくても、楽しく暮らしていけるだろう、とも
思ったりした。
私の知る限り、3回飼い主が変わっていて、
それでもうまくやっているようだったから、
猫は家につき、犬は飼い主につく、的な定石は
必ずしも当てはまらないのかもしれない。

もっとも、毎回飼い主が変わるたびに、ものすごく
寂しい思いをしていたのかもしれない。
そうだったとしたら、切ない。




ある日気がついたら、犬の鳴き声がしなくなっていた。
飼い主が帰国するから、誰か別の外国人に貰われていった。

馬鹿みたいに大量の、この犬の写真と動画がある。
写真は見るけど、動画は少し悲しくなるので、見ないようにしている。



今日の朝、外が久々に騒がしかった。
明らかに数匹の犬たちが、わらわらしている気配がする。
こうなると、いてもたってもいられなくて家を出ると、
立派なハスキー犬2匹と、かわいいチビがいた。
何だかとても、愛想のいい犬たちだった。

子犬を育てたことはあるけれど、大きくなった犬を多頭で飼ったことはないので
一般的にどうなのか、よくわからないけれど、
どうも、少なくとも私の家の下に住んできた歴代の犬たちは皆、
やたら愛想が良くて、ご機嫌だ。

どちらかと言えば、気性は激し目の人たちがたくさん住んでいるこの国で
犬だけは、いつも安定して愛想がいい、という事実が
思い出すよりもきっと多くの場面で、
私を助けてくれていたに違いない。





2022/02/12

この日のはなし ー 自分と人生の、めんどくささ


家にあるものの整理をしている間、
色々考えることも多くて、目一杯自己嫌悪に陥っていた。

例えばそれは、1年以上開けていなかった引き出しを開けたら、
化石が出てくる、という事象だったりする。
化石は石であり、同時に死骸である、と考えると
死骸を愛でもせずに引き出しに入れておく、という
引き出しにも化石にも屈辱的な行為である。
自分の持ち物管理能力を再認識させてくれる、恐ろしい作業だ。




そんなところにふらりと、整理で出てきた品を取りに知り合いが来てくれる。
整理して、ものがなくなっていくのもありがたいけれど、
気が紛れるのもまた、ありがたかった。

取りに来た品の中にあったお酒の
中身を説明しているうちに、つい手が伸びる。
ラフロイグは空港で手に入りやすい。
以前はよく口にした、飲み慣れたお酒だった。

ヨルダンでお酒を飲むことは滅多にない。

お酒には弱くて、飲むと顔が真っ赤になるから、
飲んで家へなど帰れない。
それから、お酒を飲めば失言が増えるので、
特に仕事関連の人たちがつながりのほとんどである在外では
気をつけなくてはならない。

それなのに、お酒の飲み方には幾らかうるさい、面倒な人間だ。
楽しく、いい気持ちで飲める程度、が一番いい。
好きではない飲み方をしそうな人とは、絶対に会食もお宅訪問もしない。

バーでバイトをしていた時には、くだを巻きそうなお客のあしらいに
かなり長けていたと思う。
何より、私が飲まないから、冷静に場を見極められたからだと思う。


でも、久々の家飲みなどに、場も何も、ない。
結構早々酔っている様子のお客人を相手に、
家の片付けをしながら考えていたことや、ここのところの不安の種を
滔々とはなしていた。

聞かされる方も大変だろう、と、できるだけ面白く話そうとするのだけれど、
性の根が優しいお客人は、真面目に励ましてくれて、
だんだん申し訳なくなってくる。

話題はいつの間にか、仕事関連のことから、
今や口にするのも難しくなってきた、男らしさ、女らしさの話になる。

ヨルダンの、絵に描いたような男性社会をなんとか生き抜こうとした
意地のようなものが、たぶん私には、ある。
そして、この旧式社会で経験的に身につけたものの多くは、
さっぱりどこにも、応用できない。
そして、身につけた何かのおかげで、失ったものも、多い。

男前、とか、男気とか、いろんな言葉がある。
男前は基本的に容姿を指す意味合いだけれど、
男気になると、任侠的な色が濃くなる。
誰かのために自分が犠牲になっても尽くす、という
意味合いらしい。

私が知っている、犠牲を払っても尽くす姿勢は
女性が身近な人々に対して見せるものの方が、多い気がする。
そして、なぜかそちらの方は低く評価されがちにも思える。
あくまで社会に向けて、仕事などで自分の犠牲を払うことへのみ、
高く評価してきた世の中の現れなのかもしれない。

などとふわふわと、取り留めもなく話していた。

かっこいい男性はいるけど、少なくとも私の知る限り、
強くて優しいのは女性ばかりだ、とか、
何かしらの美学を携えて生きていくならば、潔さが欲しいし、
それがかっこよさってものじゃないか、とか
お酒など入ったら、言葉の定義など曖昧になって、
何だか適当なことを言っていた。

潔い、もしその性質を持っているという自負があるならば、
私だって言われたい言葉だ。

ちなみに、当の本人はさっぱり潔くないので、
さっきまでの片付けにかかる様々な不甲斐なさを、ひどく気にしている。
この世の中は不安だらけだから、時々消えていなくなりたい。


人生って、めんどくさいですよね、とふと、お客人は言う。
それは、まさに、
めんどくさい自分と向き合い続けるめんどくささ、なのだと
反射的に答えてみて、これほどめんどくさいことはないな、と
言いながら、自分でケラケラ笑ってしまった。

何かを言い切ることは恐ろしい。
そして、言ったことは責任となって
自分に戻ってくる、という流れを体現した話の流れだ。

逡巡して、ああでもない、こうでもない、と
考え続けることが、でも、自分には本来好きだったなのにな、
と苦々しい思いに囚われる。


いい調子で酔いが回ってくる。


社会への貢献について、話題が移る。
できるものならしたいけれど、自分自身が役に立っている気は一度もしないし、
役に立っていると言う人を、私はあまり安易に信用はしない。

こんな思考など、一生役に立てない人間の持つものだ。

そんな調子で、何か口にしては、直後に、
でもそれ、自分でもできてないけどね、とか
でも、こういう考え方もあるよね、とか
自分で言いながら、自分で突っ込んでいる。
なるほど、逡巡しながら実のところ、
自分の矛盾を口にして、逃げ道を作っているのだと、知る。

これは、どうしようもなくみっともなくて面倒な人間だな、と思い、
吸っていたアルギーレの煙を、思いっきり吐き出す。

お互いあくびをし始めたので、お茶を淹れる。




社会に対して何かを良くしていこうと、
変化を与えたり、残したりすることで、
自分の存在意義を見出すことも、時には必要だけれど、
究極的には、ごく身近に自分を気にかけてくれる人々に対して
きちんと誠実であることの方が、よほど大切な気がする。
それを卑小だとは、決して思わない。

そう言い切って、冷めてしまったお茶を啜る。
そして、言い切っちゃったな、と冷静になり、
そうではないんだよな、と私は頭を犬のようにブルブル振り、
お客人は、大きなあくびをする。

昔の青臭い大学生がするようなはなしを
いい歳になっても、酔っ払ったのをいいことに、
恥も存外もなく、むしろある意味、真実味を持って、
ふわふわと話す夜だった。


お客人が帰った後、一人ぼやぼやとまた、考え始める。
先々の不安や、失ったものものや、さっき話していたことなど。

先日、最近知り合い方と仕事の電話をしていた。
自分なりに、用件について説明をしていたつもりだったけれど、
私の話の流れに、何かを勘づいた相手は、
卑屈でめんどくさいやつだな、とおっしゃった。
大正解です、と電話口で大笑いしてしまう。
言い得て妙、とはこのことだ、と
笑っている時点で、めんどくささはいつまで経っても、
治ることはないのだと、思い当たる。

あぁ、めんどくさいな、と、思わず独り言を口にして、
歯磨きをしよう、と、諦めの境地で、立ち上がった。