2016/08/31

最近の本事情 — わたしの名は赤




短編ばかりを手にしていたのは
集中力が持たないからだったのだけれど、
短編のように章が短く、かつ、章それぞれの関係性を考えながら
読み進めていかなくてはならないというところで、
読み応えのある久々のヒット作だった。


16世紀、オスマントルコ時代に設定された物語の醍醐味は
主題となる細密画に託された細密絵師の絵師たるスタンスが
精緻に計算された話の展開の鍵となっているところだった。


イスラム世界における絵画の位は、低い。
ものをあるがままに描くことを良しとする西洋絵画の常識は
現代のヨルダンでさえ、未だに浸透していない。

こちらで美術教員だった時に、まざまざと思い知らされた
幾何学模様と色のバランス、
風景を描く時の、暗黙の了解である決まったモチーフへの執着は
もしかしたら細密画にも起源があるのかもしれない。



ルネッサンスを迎え、絵画に革新的な変化が見られた西洋絵画への密かな衝撃と、
神の視点で描くことが絶対とされるイスラム的な細密画の掟との間で
葛藤する絵師たちの心の在りようが
一人称で書かれる様々な語り手によって
手に取るように、それこそ、細密画が仔細さを掬いとるように
描かれている。


その、一人一人の心情描写からは
絶対的な神の存在と、神の視点を忠実に再現することに執心した
過去の絵師たちの作品と生き様に対して、
ひたすらに畏怖と謙虚さを持って描くことを
絵師たちは要求されていたことが、伺える。

そして、その要求に答えようとする絵師たちの
禁欲で真摯な姿勢は
どこか、日本の禅の思想と、その思想がもたらした画家たちのそれを彷彿とさせて
その勝手な結びつきが、でも自分の中で、とても興味深かった。



おそらく、この作品をこれほど楽しめたのは
少なからずイスラム世界について、
知識と経験があったからなのではないかと
心密かに自負している。

もちろんこちらの文化に造詣がなくとも楽しめるけれども
絵師たちの心の機微が宗教観に帰している限り
物語の主題をより深く体感するには
そのものに対して抵抗がない方が、いい。

反対に、こちらの世界観に馴染みがない人でも
時代は違えど根底に流れるイスラムの何かしらを
一見関係ないと思われる絵画を主題とする物語を通じて
知る機会にはなるのかもしれない。

ちなみに、順当に読み進んだ末、訳者のあとがきまで往き着き
あとがきに作品理解への大きな手助けになる情報が
たぶんに含まれていることに、気付かされた。

ストーリー展開にまでは言及していないので
もし読む機会があるのであれば、下巻のあとがきに
目を通してから読んでもいいのかもしれない。






ところで、好きな街を一つ挙げろと云われて
迷いなく答えられるのが、イスタンブールだ。

中学の時、美術の資料集で見たアヤ・ソフィアの内部の写真が
いつまでも記憶に残っていた。
いつか自分の目でみてみたい、と
けっして旅好きではないのに
どうしても往かなくては、と訪れた街だ。

随分と近くに、姿のきれいなカモメが居て
青い海が街並の向こうに見える、
坂と石と海と緑が絶妙なバランスで在る
美しい街だった。


「わたしの名は赤」は、イスタンブールを舞台としている。


旧市街の有名な観光名所が、物語の随所に出てくる。
入場料が高くてどうしようか迷ったトプカプ宮殿の内部に
主人公が入っていく描写に、興奮した。

少なからず知っている街の描写の一つ一つを
記憶と結びつけながら読める幸せを感じられた
初めての作品かもしれない。



読書の記憶と結びつけることができなかった作品としては
タブッキの「遠い水平線」がある。
ジェノバを舞台としたこの小説は
読んだ後で街を訪れた。
ただ、その街が舞台であったことを知らず、
訪れた後もまた何度か読んで、あるときふと、小さな描写の一片で
ジェノバであることに気がついた。
本を持っていけばよかった、と、後で後悔した。


ジェノバも、気に入った街の一つだ。

結局のところ、
単純に景色の中に石と海があれば、
もしかしたらそれなりに満ち足りてしまうのかもしれない。





2016/08/20

続 最近の本事情 ー 池澤夏樹 ナウシカ 漱石 オルハン・パムク


なんだかたくさん読んでいたようなので
長過ぎるから、続きの、紹介。

全く関係なけれど
満月の前後は両日ともほぼ、まんまるなのに
2日経つと、一気に萎んでしまうように見えるのは
気のせいなのかしら。



久しぶりに、池澤夏樹の読んでいない本を、読む。
新刊ではないのだけれど、日本で買ってしばらく、
これもまた、大切にしすぎて本棚から出していなかった。

震災をテーマにした本は、おそらく本人の徹底した被災地での視点が
元になっている。
それでもなお、ファンタジーに留まって話を書き上げているところに
底知れない本の力を思い知らされる。
双頭の船

一章ごとに出てくる、人物とその人が連れてくるものや考え方が
根底で作者の世界観や思想と混じり合い、波打ちながら
最後まで変化し続けていく話の展開に、
確実な希望を宿していく。

亡くなった人々と、亡くした人を思いながら生き続けていかなくてはならない
残された人々の思いが
物語の中にたっぷりと、でもそこはかとない明るさを持って
描かれていた。

けっして、性善説だけを説いているわけではないのだろうけれど
池澤夏樹の本は、混沌の末に、
人を肯定的に描いているように、思う。

それぞれの心の中の形になりにくい善や
暴力とも取れる正義というのは
やはり、状況を変えていくのには
必要なものなのだ、と思ったりした。





最近持ってきていただいたナウシカの漫画全巻も
正義や善とその反対にあるものを見せつけてくる。



これは読み出すと朝までコースとなるので
読み出す時間が問題になる。

週末は気にしなくてもいいので、
これ幸いと読み始める。
とりあえず、この2週間ほどで、3回読んだ。

相変わらず文字が多いな、
あれ、トルメキアのぷっくり王子たちはいつから出てくるのだっけ、
腐海の図は裏表紙になかったっけ、
これもヒドラだったんだ
などなど毎回新しく疑問や記憶違いや発見があるから
あまりきちんと読んでいなかったのかもしれない。

それでも、世界というものの成り立ちや戦争の形が、
これほど分かりやすく描かれているものはない。

青い衣を纏った神はやってこない現実の世界では、
本質的にナウシカのような心を持ち続けることはできなくて
ただ彼女が最後に神と立ち向かう時に云い切った
人間の存在のしかたに、ただただ感心することになる。




久しぶりに、夏目漱石の倫敦塔も、読む。
ふとした会話の中から出てきた漱石の話で
おすすめを訊かれて、すぐに、倫敦塔、と答えてみたものの
そう云えば詳細がよく思い出せなくて
青空文庫で検索をかけて
深夜にまた、読み直していた。

意味をなさない描写を伴う言葉が一つもなくて、
一語一語が言葉以上の存在感を持っている文章の高潔さに
当たり前だけれど、文豪の所以を知り
舌を巻く。

神経衰弱と胃炎に悩まされていたはずなのだけれど
だからこそ、一字一句に心血を注ぎ続けたその情熱を
深く、体感する。

どんな話でもそうなのだけれど、
気に入ったものや好きなものの話をする時の
人の話はおもしろい。

漱石の倫敦塔への思い入れが、よくよく伝わってきて
でも、漱石らしく、最後にはきちんと
その熱の行き過ぎの恥じらいのような追記が、
一緒に書かれている。

胃潰瘍の理由は、たぶんそのあたりに、ある。




初めてのオルハン・パムクが、
現在のところ一番の楽しみだ。
わたしの名は赤



やっと下巻が手に入って、心置きなく先が読めるようになった。
全く、下巻を買わずに日本を出るなんて
失態としか、云いようがない。
前回帰国した時から4ヶ月ほど、悶々としていた。

細密画の絵師とその編纂者たちの話なのだけれど
各章が、異なる登場人物による視点から書かれていて
設定と書き方だけでも、かなり凝っている。

さらに、恋心と殺人と絵画の歴史と細密画の極意が
織り交ぜられていて
それぞれの視点から書かれている各章を
それこそ細密画を鑑賞する時の視線の動かし方のように
一つ一つ、仔細に追っていくことを読み手に迫まってくる。

きっと最後には、
その絵の全体像を見ることができるのだろう。





大切に、読まなくては。
未読の本が
秋を待たずしてほとんど、無くなってしまうから。

最近の本事情 — トーベ・ヤンソン 論語 向田邦子



日本のお盆がいつからいつまでなのか、分からなかった。

でも、ある朝、日差しの色が明らかに変わって
季節が移りかわりつつあることを、知る。
日差しがたっぷり入る屋上だからこそ、なのかもしれない。

まだまだ日中は暑さが厳しいけれど
夜の風も、どこか纏う空気を変えて
窓から流れ込んでくる。

そして最近、新たな本を手に入れたり、
眠っていた本を再び手に取る機会が増えた。

単純に、読書欲が増しているからで、
一足先に読書の秋、というところだ。

なかなか心穏やかではないことが多かったせいか
その在りようを変えてくれる可能性のある本か、
日常にはないものを見せてくれる本を、
本能的に探す傾向にあったのかもしれない。




テンポよく、さらっと気分を変えることを期待するならば、
短編が、いい。
短編ならば、トーベ・ヤンソンを。
半ばの狂気と、辛辣な視点と、研ぎすまされた感性が
深夜の感覚にじわじわと刺激を与えてくる。

過去にしがみつく女たち、
記憶を勝手にすり替えてくる古い知人
都会の歪んだ倫理を押し付けてくる少年、
人の未来が見えてしまうから誰とも交流を持てない女

身近な人物への洞察力と、本人の想像力と、深く自身を見つめる自省の念が
おそらく、話の根幹でひしめき合っている。

続けてどんどんと短編を読み進めてしまうのはもったいないので
眠る前に一編ずつ読んだりしている。

記憶や情報の整理は、眠っている間になされるらしいから、
私の中には、離島でたった一人、一夏を過ごすような
ヤンソンの潔い孤独が息づいてくれないか、などと
他力本願な期待をしたりする。




朝は、心を落ち着かせようと、論語を読んだりしている。
全く、これもまた他力本願甚だしいのだけれど



子曰く、約をもってこれ失する者は、鮮なし。
子曰わく、君子は周して比せず、小人は比して周せず。
子曰く、惟だ仁者のみ能く人を好み、能く人を悪む。
子曰く、中庸の徳たるや、其れ至れるかな。民鮮なきこと久し。

現代語訳がすぐ後ろに書かれているので
それと照合しながら、読んでいくのだけれど
大方の言葉に、一つ一つ、
はい、その通りです、すみません、ごめんなさい、
と一人勝手に謝ることになる。

徳や仁からは、ほど遠く、ましてや中庸になどなれるはずもなく
煩悩と混乱の世界に、往かなくてならないのだな、と
本を伏して、ドアを開け、階段を下りることになる。

もっともこれは私の心の在りよう次第なので、
自分が悪い、ということなのだけれど。

孔子がすごいのは、
自分よりも徳や仁の高い人物とつきあいなさい、と云っているところだ。
人を選べと。
徳や仁はなくとも、面白い人たちはたくさん居るし、
人を選んでいたら仕事が成り立たないので、
結局、ますます、心の在りようは、穏やかではなくなってしまうようだ。





先日、たまたま牛テールが手に入ったので
ひたすらに煮続けていた。

ピアノの短い曲を弾いては、灰汁を取り、
またピアノを弾いては、灰汁を取る。
そんなことをしながら、ふと向田邦子の本を思い出す。

練習にも飽きると、だらだらしながら、ちらちらと短編を開く。

作者の人となりが、反省しつつ、開き直りつつ
文章のそこここにちりばめられている。

雑誌への寄稿が集められているので
題材はそれぞれなのだけれど
どの話もその部分部分が頭の片隅にしっかり残っていて
仕事の合間にふと、思い出したりして
にやにやしたり、感慨にふけってしまったりする。

一番困るのは、食べ物に関する文章で
ごま油をしっかり使ったシンプルな炒り卵や
海苔弁当や豚鍋や
わかめの油炒め
詳細に書かれた調理法や食べ物の描写のすべてが
在外の身としては、完全に嫌がらせになっている。

海苔吸いの調理法の最後に
もったいつけてでも小さな椀に盛り
おかわりはさせない、という下りがある。

本人の食をふるまう時の小粋な技に
ふうっと深いため息をつくことになる。


結局、牛テールは
なんだか味がうまく納まらないまま
お客人たちの腹の中に入っていった。
余りがないのでも、もったいぶっているのでもなく、
味が納まらないから
おかわりをお勧めできなかった。
まだまだ、人をもてなすまでの技量はないようだ。




2016/07/27

続・夜中の楽しみ もしくは、妄想


月の満ち欠けが、東と北東に面したふたつの窓から、
毎晩、きちんと確認できる。



もう半月も過ぎた、上がりかけの月は、
あまりに黄色くて、なんだかどこか、おいしそうで、
それから、どこか、つくりもののように、見える。
遠い街並の上の、巨大で大仰な飾りみたい。

だいたい、月がどんどんと天井近くに昇っていくのは
満月を過ぎると遅くなっていくから
それを目視できているということは、それなりに起きていることになる。

相変わらずの、夜更かしだ。


最近の、音楽事情には、久しぶりに聴くアルバムも多い。
夜のおともに、夜にしか合わない曲たち。



まだ日本に居た頃、味の濃い、おいしい黒ビールをちびちび飲みながら、
時々聴いていた。
アルバム全体が暗めなのだけれど、
1曲目のこの曲が、アルバム全体の空気を完全に支配している印象がある。

その頃住んでいた小さな安普請の小屋みたいな家の
冷えた11月初旬の深夜の、湿気のある、しんとした空気を思い出したりしていた。



安普請の寒い夜つながりで、
やはり、この頃よく聴いていた曲を、かけてみる。

これはまだ若い頃の写真だけれど、最近のRufusはすっかり、
とてもキュートな、でもちょっとおじさんなゲイになった。
この頃の甘い歌声は、いつまでも健在だ。

彼らは、とまとめて一括りにするのは失礼だけれども、
身勝手を心の奥に仕舞って、がんばって人を好きになる
本当に素敵な人たちが多い。


最近の、たるんだあごも、なんだか愛おしい。


からりとした空気は、夜の風を冷たくする。

きっと日本は、とてつもなく蒸し暑いのだろう。
窓からは、冷えて気持ちのいい風が入ってくる。

月は、窓枠の外へ、出ていってしまった。



なんだか日本の夏の始まりを思い出して、
この曲を聴いてみたりした。
田舎の青い田んぼの脇を、ジムニーで疾走する映像。


それから、ピアノの前に座ったりして
またコード遊びをする。
ネットで曲のコードは調べ放題。
耳では聴き取れないので、もっぱらネットで検索をかけ続ける。



この曲のコードは進行は、本当におしゃれで、ちょっとずつ難解だ。
コードをさらうだけでも、なんだか、
おしゃれと気怠さの片鱗が音にできたりする。


そういえば、ピアノの伴奏がきれいな曲だったんだよな、と
とまた、ネットで検索をかける。


随分若い頃のFionaが出てくる。
この顔の造りがあまりに好きで、
学生の頃、テラコッタで彼女のお面を作ったりしていた。

久しぶりに聴くと、やっぱり曲も若いな、と思う。
これは、まだまだ心も身体も繊細な年頃に歌う曲だ、と
コードを軽くさらって、やめにする。

アラブ人相手に、作成した契約書の説明に腐心して、
心底こころを消耗するような日々の中では
もう、こういう曲は歌えない。




ピアノの伴奏とメロディで腐心した、といえば、この曲だ。
何度弾いても、楽譜通り弾けていると思えない。
でも、何度か聴くと、癖になる不思議な曲だ。

やはり、なんだかうまく音が拾えなくて、呆然と夜の街を眺める。


もう一度ソファに座り直し、ituneで買ったアルバムを
しっかり聴き込もうとする。
昨今、フルアルバムがもうネットに載っていたりするけれど
Jamesに最大限の敬意を表し、きちんと買う。

声がとても近い。
それはとてもどこか安心することのような気がする。



曲にもよるが、打ち込みで作り出す音の深さで云ったら、
前作の方がいい、というのが、このアルバムの感想だ。

反対に、シンプルな造りのいくつかの曲は
圧倒的にこのアルバムの中でも重さが違って、
微細な粒のように質量を持った音が、しっかり身体に沁みていく。


前のアルバムの1曲目の、きちんと、予感があるものが聴きたくなる。



突然、そうだ、雪だ、と、思う。


ものすごい着込んでいるのにもなお、身体の芯に響く寒さと湿度に似ている。

雪の中で、このアルバムを聴いてみたい。
針葉樹の林の中とか、何にもない真っ白な平原とかで。

想像するしか、ない。

目を閉じて、雪の感覚を思い出そうとするのに
窓から波のように形を持って流れてくる、さわやかな空気に
断念を余儀なくされる。

寝なくては。鶏の啼き声を聞く前に。



2016/07/09

夜中の楽しみ


 ラマダンが終わって、イードというお休みの日ができる。
 バングラの事件の余波で、アンマンに留まる。

 夜、窓から見えるアンマンの街は、
 いつも通り、無数の街灯と点在するモスクと、それから窓から漏れる光で
 黒い丘のシルエットに、オレンジ、緑、白にきらめく。

 お宅にお邪魔したり、家に人を招いたりして、
 それとなく、イードらしい暮らしができている。
 ありがたいことだ。

 相変わらず夜は長くて
 これでは仕事が始まったら大変だと、がんばって眠ろうとするのだけれど
 外が心地よく騒がしくて、眠れない。

 久しぶりにピアノでコード進行をさらってみたりする。
 窓際に置かれたピアノを弾きながら、モスクの緑と
 遠い街並の灯りをみる。

 和音の面白さを、今更知る。
 
 調によって、性格というのがあるのだろうか、と時々思う。
 この調はこういう独自の色味や特徴がある、というようなもの。

 基本はずらしていくだけだから、均一であるはずなのに
 例えばクラシック音楽には
 作曲家の好みの調があって
 どうしてこんなにフラットばかりつけるのだろう、と
 譜読みに時間のかかる私は、頭を抱える。

 そんなことをしていたら、また夜は更けていって
 アザーンが流れる。

 こちらの人は、絶対アザーンを音楽とは、云わない。
 でも、アザーンの声をピアノで拾うことができる。
 夜中のアザーンをこそこそと、弾いてみる。
 調はないのだけれど、旋律に独特の響きがあって、面白い。

 眠れない夜中の、内緒の楽しみ。


2016/07/02

ラマダンの夜と、冴えてしまう身体


もうそろそろ、今年のラマダンも終わる
今年は先週まで真夏のように暑くて
日没はさっぱり来なくて、朝日はあっという間に昇る
なかなか苦しい年だった。

日没、ベランダからアザーンを聴き、家々を眺める。
イフタールの時間になると、車も人も、景色から消えて
食器の擦れる音と、ごくわずかだけれど、会話の断片が、聞こえてくる。

ラマダン中で一番好きな瞬間だ。

なんだかんだ一日一食だけになるので
日中の空腹が災いしてか、幸いしてか、
夜になると、めっきり元気になる。

そして、長い夜が待っている。




仕方ないので、データだけ持っていてiTuneに落としていなかった音楽をまた、聴いたりして
随分とたくさんの音楽に久しぶりに、聴きいった。
Youtubeも馬鹿みたいにたくさん、見た。

音楽が身体に入ってくる時期は、意外と多くない。
どこかでこの感覚を喜んでいる。


どうしようもなくノリのいい曲を数曲聴いて、踊ってしまったりする。
22:00頃。





おっと、と我に返る。
23:00頃。

落ち着こう、もういい歳だ。

騒がしい夜には、部屋を閉め切ってのradioheadのライブはいい。





ちょうどイスタンブールの暴動がニュースに挙っていた。
イスタンブールは、もはや東西の文化が混ざり合う土壌を喪ってしまったのかしら。

ボスポラス海峡から吹き上げるの湿気が混じった、気持ちのいい夜風を思い出し、窓を開ける。


Kings of Convenienceを初めて聴いたのは、スタバだった。
スタバでいい曲がかかっていると、お店の人に訊けば曲名を教えてもらえた。
アルバム全体に、湿度のある音と声が広がる。
いつまでも、飽きずに聴くことのできる静かで、落ち着いたアルバムだ。






外ではアラビー音楽がやまない。
01:30を過ぎても、大音量で生演奏が続くのだ。
対抗してみよう、とあまり多くないアラブ音楽から引っぱり出してきた。



しっとりした、落ち着いたアレンジで、気に入っていた。
この曲は、ウードの先生から教えてもらった。
夫婦で演奏をしてくれる素敵な先生で、
旦那さんのウードに合わせて、奥さんがタールをたたきながら歌っていた。
奥さんは影があって、少しかすれた何とも素敵な声を持っていた。





ハンバートハンバートは3枚も持っていたのに、きちんと聴いたことがなかったことに気がつく。
男女ペアで、男性が歌っている曲もあるのだけれど、女性の声が気になる。
こんな声はどうしたら出るのだろう、とこの曲を初めて聴いたときに思った。
澄んでいるのに、震えている。
随分と沁み入る、歌詞と声だ。

歌を聴いて泣き出してしまった人たちの顔が、ふいに見える。
帰国する人たちに、よく歌っていたのを思い出した。



眠れないから、そんなこと、あんなことが蘇り
次から次へ曲をかけていくと、よけいに眠れなくなる。
03:30頃。朝のアザーンを聴きながら、これはいよいよまずい、と思いつつ
iTuneで眠れそうな曲がないか、探しはじめる。

そこで、タイトル通りの効果を期待して、久しぶりにかけてみる。




兄がよく、寝る前に聴いていた。
久しぶりに聴くと、時代がかって聞こえる。
それでも、途中に盛り上がりもあって、新たな発見があったりした。
誤算だった。
目と耳が、冴え渡る。

04:30頃、いよいよ腹をくくって、白んでゆく空を見ながら、
朝の冷えた空気を吸い込み、ピアノに向かう。
明け方に向く曲のレパートリーなどなくて、結局グリーグの小品をぽろぽろ弾く。
愛らしい、かわいらしい、まとまりのある曲たち。


一通り弾いて飽きる頃には、日が昇ってしまったりする。

鶏の声が響き、小鳥のさえずりが絶え間なくあちこちの窓から入ってくる。

朝日を拝み、眠れなかったことに失望する。

ラマダンの朝は、とても静かだ。
ゴミを回収する車の他は、ほとんど車も走っていない。

もうだめだ、と観念して、いつもの曲を聴く。
ここ最近、ずっとどうにも頭から離れない。
やさしいけれど、芯があるよく響く声と
終止音に納まってくれないギターの和音に耳を傾けながらやっと、ベッドに横になる。






という日も、あったりした、今年のラマダンだった。


もうそろそろラマダンも終わりかと思うと、急に少し寂しくなる。
過去5年、一度もなかった感情に、自分で驚く。

目抜き通りに面した屋上の小屋からは
夜3時を過ぎてもタブレの音が響いていたりした。
眼下の道に人の気配がして、
ラマダン飾りの電飾が、街をいつもより明るくしていた。

断食のせいか敏感になってしまった五感が
夜更けの世界がいつもと少し違うことを教えてくる。


私の部屋である小屋のなかは、
相変わらず、外から見放されたようにぽっかりと真空なのだけれど
いつもよりくすんで厳しさの和らいだ、ぬくもりのある夜が
その果てしない空白を、こちらの気分などおかまいなしに、
好き勝手に浸食しようと
開け放した窓から入ってくる。


ラマダン月のそんな、傍若無人な夜の空気が、なんだかんだ好きだったのだと、気づく。




2016/06/09

日のあたる部屋

 


 先月末から今月頭、
 祭日の少ないヨルダンで珍しく
 独立記念日やらアラブ革命100周年やらで
 随分とにぎわっていた。
 

 アンマンに住み始めて、そろそろ6年目になる。

 アラブ革命100周年記念の花火がアンマン中で打ち上げられていた。
 今まで一番立派な花火を
 新しいフラットで鑑賞した。


 アンマンでの最初の住居は
 スウェーレヘというアンマンの北西の地域だった。
 夏でも涼しく、冬はそこだけたっぷり雪が降るような
 標高の高いところだった。

 縦長のフラットは北と南に面していて
 季節で使う部屋を変えていた。
 そうしないと、暑くて寒いからだ。
 世帯用のアパートメントがほとんどのこの国では
 フラットの部屋数だけは、多い。

 仕事が変わってからは
 アンマンの中腹の高級住宅街を2転して
 ジャバルアンマンにやってきた。

 ジャバルアンマンで初めて住んだフラットは
 全面ガラス張りで、眺めはとてもいいけれど
 建物の上の階のカフェがうるさかった。
 そこで、近所の静かな建物に移った。

 いいフラットだった。
 ただ、これもまた縦長の作りのすべてが北を向いていて
 お陽さまを拝むことができなかった。


 
 同じ敷地の違う建物の屋上に、小さな小屋が建った。
 元々は、ガードが二人、別々に住んでいたブロック作りの小部屋が
 それぞれ拡張されて2階建てになって、
 変な具合に、屋上に二つ、小屋が建った。

 屋上に住むのが夢だった。
 上から、街を見下ろす。
 
 どこか、世の中から置いてかれたような
 人の姿や暮らしを、
 世の中を俯瞰するような、屋上という場所。

 でも、その小屋は確かに、
 北側には街を眺める景色が広がっているけれど
 南側は、アンマンでも随一の目抜き通りと同じ高さだった。

 丘ばかりでできたアンマンの罠だ。

 俯瞰するつもり、空を仰ぐつもりだったのに、
 その姿を人に見られかねないということになる。
 何とも、滑稽ですらある。

 そんなことは分かっているのに
 結局、我慢できずに、引っ越す。


 周囲には引っ越しを反対する人たちも居た。
 暑くて、寒いに決まっている、
 屋上までエレベーターもないのに、大変に違いない、と。

 でも、人の忠告に耳を貸すような人間ならば
 たぶん、そもそも今、アンマンに居ないだろう。


 既に、夏を迎えたアンマンの屋上の家は、暑い。
 でも、日が差し込む部屋は、明るい。
 
 冬の寒さをどうするかは、
 また冬なったら、考えることにしよう。