2022/03/04

砂塵と鳩の舞う土地 ー 砂塵が舞う日

 

午後から雨の予報だった。
雨が降る前には、ひどい突風が吹き荒れる。
上空だけが妙に明るくて、でも
地平線からは煙のような砂が舞い上がっているのが
目視できる。




こんな日は、出歩くだけでも体力を使う。
冬の雨季にはこの突風の後、必ず雨が降る。

初めてこの情景を見た10年前、あまりの景色に
何か不吉な天変地異でも起こるのではないか、と
バカアキャンプの学校の窓から、呆然と眺めたのを思い出す。

それでも冬は、雨が降るからいい。
夏場の砂塵は、ただひたすら、砂を含んだ竜巻となって、
建物や人々を襲う。


予定がみっちり詰まった日だった。
朝早くから仕事があったので、出発するまでに、正直
心身ともに疲れ果てていた。

それでも、行き道でたくさんスタッフと話し、
着いたら先生たちともたくさん話し、
家庭訪問でインタビューをして、
子どもたちにも話を聞かせてもらう。

家庭訪問では、子どもたちに将来どうなって欲しいのか、と
親御さんにインタビューをする、というミッションがあった。
子どもたちの顔はよく覚えていたけれど、
お父さんにお会いするのは初めてだった。

お父さんは、子どもたちの顔を2つ合わせて混ぜたようなお顔だった。
本当は反対なのだけれど、どうしても子どもたちの顔が
先に頭に浮かんでしまう。

違う国に行くことになっても、きちんと仕事に就けるような
お医者さんやエンジニアがいい、とお父さんは言う。
子どもたちにとっては、身近にいる人たちだから、
将来の夢になりやすい。
けれども、大人たちにとっては、手に職を持って、
どこでも生きていけるようになって欲しい、という
現実的な切望があった。

それなりに長く通っていたけれども、こんな当たり前のことに
気づいていなかった。


家庭訪問へ行く道のりは、随分と困難なものだった。
風が強すぎて、プレハブがなくなる空き地を歩くと
まともに砂と風が身体に打ちつけられる。
まるで、ガラスを装飾するサンドブラストのようだ。




こんな天気が悪いのに、子どもたちはずいぶん楽しそうだった。
大きなビニール袋を手に持って風を受けたり、
不恰好な凧のようなものを一生懸命飛ばそうとしたり、
とにかく膨らむのが楽しいのか、軽い袋を握って
風とともに走っていたりした。

学校にも、子どもたちは普段通り来ている。
けれども、あまりの風に、低学年の子どもたちは
地面から噴き上げる風に、完全に埋もれてしまっていた。


学校に戻ると、学校は終わっていた。
1時間目をしたところで、天候不良を理由に、しめてしまった。
帰りがけの子どもたちの中に、話を聞きたい生徒がいたので、
教室に入って話していると、友達の子たちが
どんどんやってくる。
先生の回転椅子に座ったり、机の上に座ったりして、
肩を寄せ合いながら楽しそうに、ふざけあったり
伸び伸び話す様子が、中学時分を思い出させてくれて、
なんだかとても、懐かしかった。

どの子も、3年生や4年生の時から知っている。
やんちゃで、話は聞かないし、わがままばかり言う
そんな子たちも多くて、ずいぶん手を焼いた。
けれども、7年生や8年生になって、体も大きくなり
少しだけ、落ち着いてきた。

ただただ、感慨深かった。


今日は、キャンプに来る最後の日だった。
ここからしばらくは、キャンプへ行くことはできない。


先生の一人と話をしていた。
給与のことを相談しつつ、家族の話を聞かせてもらったりする。
とにかくお世話になったおうちだから、
会えなくなるのは、本当に寂しい。

よくアラブ人は、ちょっと会わないだけでも、
会えなくて寂しかったわ、と言ってくれる。
それはたぶん本当に、寂しいと感じている。
きっと、人懐こくて、人との繋がりを大切にするから、
少しでも会わないと、ずいぶん長いように感じてしまうのだと思う。

それから、今から会えなくなる人にも、
まだ目の前にいるのに、寂しいわ、と言ってくれる。

どちらかというと私は、そんな気持ちをどうしたらいいのか
分からないことの方が多いから、言葉にして、寂しかった、など
今までほとんど口にすることもなかった。

けれども、会わなくなることを少しでも想像すると、
それはとても、寂しいことなのだ、と、ようやく
実感する機会を得ることになった。

寂しい、と口にしたら、でも、本当にとても寂しくなってしまう。

だから、また必ず帰ってくる、とただただ繰り返し、言っていた。

キャンプの中の美味しいお菓子屋さんに、帰りには連れて行ってもらう。
私の大好きな、ハリーセ・マァ・クシュタが入った
お菓子の詰め合わせをもらう。




どうしても、キャンプの中の大好きな鶏屋さんの
鶏の丸焼きが食べたくて、そのお店にも寄ってもらう。
そこのお店には、魔法のように美味しいソースがあって、
鶏にかけて焼いてくれる。





シャンゼリゼ通りで、道の写真を撮りながら、
9年前の情景を思い出す。
まだテントが圧倒的に多かったけれど、この商店街はすでに
道の両側で店を構えていた。

突風の後には雨がやってきて、それでも
風が強いから雲も流され、
青空が見え隠れする。
さっきまでの砂塵を、今降っている雨で掃除している人たち。

テントはプレハブに変わったし、
プレハブには色とりどりの装飾がされているし、
店構えはどこも立派になったけれど、
道はどこまでも茶色い土で、ただただ真っ直ぐ、続いている、
この景色自体は、変わらない。

それが忌むべき状況だと、頭では分かっている。

けれども、こんな場所でも生活をよくしていこうと、
少しでもいい野菜や果物や美味しい食事を手に入れようとする、
人々の気持ちと心意気に、感動に似た心の強さと温かさを感じた
初めてのザアタリキャンプでの仕事が、9年前。
それからもずっと、ここで暮らしている人々に対して
そこはかとない、敬意と大切さ、愛おしさを抱く瞬間を、
いただける機会に恵まれたことが、心からありがたい。









2022/03/01

砂塵と鳩の舞う土地 ー ビー玉 思い通りにいかないこと

 

暖かな日、まだ湿気を残した空気に
すべてのものが、ふわりとした何かに
包まれているような柔らかさがあった。

窓を開けて車に乗っていても、もう寒くない。

乾燥し切っているはずのキャンプにも、どことなしか
湿度があって、気圧が低くなっているような感覚がある。

どこの教室に入っても、なんだか子どもたちの重力も
解放されているような華やかさがあって、
久しぶりに入った女子シフトの高学年でも
弾けるような明るさが漂っていた。

演劇の基礎を説明していたはずなのに、
質問したいことがあるから、と日本について話をする時間ができてしまう。
日本の何が知りたいですか?という問いに、
日本の結婚式、と即答された。
確かに、もう結婚する子たちも出てくる学年だった。

新郎新婦が入場して、挨拶をした後、食事を食べつつ、出し物があって、
最後には親への感謝の手紙を読んだりする、と
それが今の結婚式の主流なのかも分からない、
私が出席した昔の話などをしていた。

踊りはないの?歌は歌わないの?と矢継ぎ早に質問が響く。
文字通り、目をキラキラさせながら、興奮気味で話を聞いていた。

男子シフトはもっと浮かれていた。
落ち着かない子どもたちが、授業中ももぞもぞしている。
一番後ろから子どもたちを見ていると、
いつも通り、ビー玉をいじり続けている子が
鉛筆置きの溝に、ビー玉を転がしたりしていた。

教室の外からは、名前をやたらと呼ばれ、
挨拶してくる子たちの声は、音が跳ね上がるような
弾みのある声ばかりだった。


今日は、1件伺うお宅があった。
どうしても行かなくてはならない用事は、
単純にご家族に挨拶をすること、だった。
挨拶したい主な相手は子どもさんたちで、
いつも素敵な笑顔の写真やら動画を送ってくれる彼らに
お礼を言うつもりだった。

家に入った瞬間に、香ばしい美味しい匂いが鼻先をかすめる。
自慢のお料理、鶏とご飯のカプセだった。


台所では一番下の娘さんが、
ご飯の中に入ったグリーンピースをつまみ食いしようとして、
熱い!とアラビア語で繰り返していた。
お母さんは、切ったはずのオーブンの火がつきっぱなしになっていて、
鶏の表面が焦げてしまったことを、ずっと気にしていた。
でも、どこから見ても、美味しいのに違いない、
素敵なお皿が出来上がっていた。


そこへ、男性たちが入ってくる。
予期せぬ、同席の客だった。
客間に入って、奥の席に座る。
そして、食事が並んだ時、気がついた。
子どもさんやお母さんは、一緒に食べられないのだ、と。

こちらでは、親族ではないお客がくると、
女性や娘さんは、一緒に食べないことが多い。
それに、客人のための料理は、たとえ頑張って作った女性であっても、
客人の後の残りをいただく。

いつも一緒に食事をいただく時間が何より、楽しかった。
上の子が一番下の子のお食事の世話をしたり、
食べながら色々な話をするのが、好きだった。
今日もそんな情景を期待していたからか、
なんとも言えず、申し訳ないし、悲しくなってしまった。


帰らなくてはならない時間は迫っていた。
お食事は、どれも本当に美味しかったけれど、
私たちの食事が終わるのを待っているのだ、と思うと
ゆっくりいただく気持ちにもなれない。

お皿を下げながら、台所にいるお母さんに挨拶をする。
お母さんはまだ、私たちにお茶を出そうと準備をしていた。
そして、子どもたちはお母さんの周りで手持ち無沙汰な様子だった。

お母さんは、お食事がおいしかった?と尋ねてくる。
もちろん美味しかった、そう答えると、にっこり微笑む。
この顔を見たかったのだな、としみじみ思う。
と同時に、なんだか思い通りにいかなかったことが
子どもじみたわがままのように、悲しくなってしまったところに
申し訳なさが加わって、泣けてきてしまった。




サラダにはパクチーが入っていて、新鮮な香りと水分が
バスティマ米とよく合う。
鶏は柔らかくて、鶏そのものの味が優しいスパイスの味と
よくからんで、口の中でふわりと広がる。

いつの日か、こんなおいしい食事を自分で作れるようになるのだろうか。






2022/02/27

この日のはなし ー 晴れ渡る平日

 

今週も先週も先々週も、週末は雨だ。
そして毎週、日曜日はすっきりと晴れる。

朝からフィールドへ出る道すがら、
丘を降りる坂の途中には、昨日までの雨が
うっすらと水蒸気になって、もやがかかっていた。

どこへ行っても天気の良さが、日曜日の、やもすると
重い空気を一掃している。
もはや、憎たらしい。

アンマン市内にも、アーモンドの花が咲き乱れ
庭先の花々を見るたびに、止めて鑑賞させて欲しいと
口にしようとして、ぐっと堪えることになる。

学校を数件回り、協力的なところもあれば、
そうでもないところもあり、その違いも含めたすべてが、
どこまでも、いつも通りだった。
慇懃な顔、誠実な顔、不信な表情、労りの表情、
なんだか本当に、たくさんの表情を
こちらの人は見せてくれる。

その後、そのまま事務所も2カ所訪問する。
どちらの事務所も、アンマン市内で一番栄えている場所にある。
私の住んでいるところからしてみたら、
田舎から都会に登ってきたぐらいの違いはある。

街の中心地にあるビルの屋上へ案内してもらう。
そこから見渡すアンマンの街は、
緩やかな盆地になっていた。
10年以上住んでいて、初めて知る事実だ。
確かに、考えてみたら高度の上がる地域が周辺にあるけれど
中心地からはこんな風に見えるとは知らなかった。

浅くもやのかかった街並みには、普段私がみている景色よりも
一段も二段も高くて、ひどく新鮮だった。

事務所訪問をしては、人に何かを納得させるべく、言葉を口にする。
なんだか今日も、馬鹿みたいに話し続けている、と
最後の訪問を終えて、呆然とする。


そこへ、午前中フィールド回りの間に、
ポケットに入れていた携帯から勝手にかかってしまった
いくつかの電話の一つから、折り返し電話がかかってくる。

夕方の帰宅ラッシュで騒がしい幹線道路の脇で
小さく遠い声に、私の方がなぜか、怒鳴りながら話している。
相手の声が遠いのに、私の声が遠いとは限らない。
けれども、大声を出し続けている自分が、ふと
とても滑稽に見えてきた。

なんだか、いつもこういうことなんだよな、と思う。
一人で、声高に何かを話し続けているのだ。
空を見上げる。


ひどく晴れた空は、ひどく物事を明確にする。
それが休日であったならば、もう少し
明確になることに、楽しみを孕んでいたのかもしれない。
今日が週の初めであることが
ひどく理不尽に思えてくる。





この日のはなし ー 比喩でも隠喩でもない、春

 
春には、春にしかできないことを享受することに決めている。
ヨルダンの春は短いから、どこか毎年、必死だ。

だけれども、週末に雨が続いている。
先週も、今週も、来週も雨の予報。
雨を避けていては、チャンスを逃してしまう。

濃霧と雨の続く日であると分かっていたけれど、
車を借りることに決める。
決めたら、雨だろうが霧だろうが、
とにかく、目的地を目指す。

実のところ、春のスケジュールは今まで、決まっていた。
2月末から3月末までの週末には、
週刻みの花スポットがあるからだ。
2月末と3月1週目は、緑が一番柔らかいから、
野の花と緑のきれいな草原。
3月2週目から3週目は、ブラックアイリス。
4週目は、ホワイトアイリス。

これは、私の中で何事とも譲れない、最優先事項だ。

2月末週の、野の花スポットをどこにするかで、迷う。
あそこも、ここも、と候補は上がるけれど、
こんな雨の日でも、楽しめるような場所は限られている。

結局、アジュルンとイルビッドの間にある、
ワディ(渓谷)へ行く。
毎年必ず行くスポットの一つだ。

行き道の景色も美しい。
特に、アジュルンの山間部をヨルダンバレーへ抜ける道には、
オリーブや樫の林が切れて、草原の広がるスポットが何箇所もある。

毎年来ているけれど、いつでもそのワディは
入り口に着いた瞬間から、心踊らせてくれる。
川の流れる音が、ワディに響いているからだ。
こんなに水や川に焦がれていたのか、と気づく。

ただ、舗装された道を川に沿って登っていくだけのルート。
アラブ人は川の周辺でバーベキューをしたりするけれど、
そんな車両も入れる下流は通り越して、
もっと奥へと進んでいく。

奥に行けば行くほど、道は悪くなる。
けれども、進むにつれて、車両が少なくなって、
静かになっていく。

鳥の鳴き声と、谷底から立ち上がる川の水音と
緑と色とりどりの花が広がる、美しい世界が待っている。

目的地に着く頃には、雨も止んで、
日が差し込んでくる。




特に目を引くのは、真っ赤なアネモネだ。
緑の中で一際目を引くこの花々も、
形がそれぞれ、微妙に違う。





そして、色にもバリエーションがある。








ただ、静かに春の日を味わう。

そこだけを切り取ったら、多くの人は
これが、ヨルダンの景色だとは、思わないだろう。
ヨルダンの春は早い。

ヨーロッパなら、あと2ヶ月は先の景色。

その小説だったか、思い出せないけれど、
ある話の1シーンがふと、蘇ってくる。

第2次世界大戦、戦場で戦う主人公が、
草原で姿を潜めている。
いつ敵がやってくるのか分からない緊張の中、ふと
周囲の緑の美しさに気を取られ、
幼少期の思い出に一瞬、心を埋め尽くされ、
そして、正気に戻る。

行き道でずっと、ニュースを見ていた。
今まさに、地上戦を強いられている人々がいることが
ずっと、信じられない。
そう口にすると、別に、今の出来事だけが
今まで起きている戦いではなかった、
ナイジェリアでもソマリアでも、シリアでもイラクでも
今、戦いが起きている瞬間を、ただ知らなかった人々が、
想像しなかっただけだ、と友人は皮肉な口調で言う。


それでも、誰もが等しく美しいと思う景色が
人の心を我に返さらせる力があるのだとしたら、
比喩でも隠喩でもなく、ただそこに存在する
静寂と美しさをもたらす春が、今すぐにでも
やってこないだろうか。


2022/02/26

この日のはなし ー 日常のドラマシリーズ

 
親族の人々の話を聞くのは、面白い。
アラブ人、特にアラブ人女性の口から聞く、
家族の話はどれも、個性と性格の面白さが際立つ。

でも、あまりにもおばさんやおじさんや
いとこやらまたいとこやら、登場人物が多すぎて、
多くの場合、混乱する。

今日もまた、私はそのお宅へ伺う道のりの途中まで、
違うおばさんのお宅へ行くのかと、勘違いしていた。

古い街並みの残る、サルトの中心へ向かう丘の連なりの中腹に位置する
そのお宅は、玄関の周囲に小さな鉢植えが並んでいて、
家の建物の脇には、アーモンドの花が見えた。

お宅の訪問に関する流れのすべてが、楽しかったのだけれど、
詳細を書こうにも、書き残しておきたいことが多すぎる。


実のところ、伺うお宅の人物についてどんな印象を持っているか、
ぜひ聞かせて欲しい、と伺う道すがら、お願いされていた。
外向きには評判のいいその人物が、実のところ、
少なくとも親族の中では、気をつけるべき人物、として
認識されていることと、客人である私が抱く印象とを
照合してみたい、と思っているようだった。


気をつけるべき、という言葉の中には、
さまざまな意味がある。
粗相をせず、気を回さなくてはならない人物だと、
私は理解していた。

例えば、気の利かないお土産は持っていかないように、
お菓子選びには注意しなくてはならない、という
使命があったりした。

さて何を持っていこうか、と昨日は思案していた。
家の近くのお菓子屋さんでは、随分とファンシーな
チョコレートしかなくて、お店の人に散々商品の説明をさせた挙句、
でも、お年の方だから、こんな可愛らしいものでは
気に入ってもらえないかもしれないから、と断ったりした。

結局、Paulの焼き菓子を買いに出かける。


赤白ハッタをかぶり、伝統的な長いワンピースを着た、
小柄の可愛らしいおばあさんが、私たちを待っていた。
居間にはすでに、たくさんのお菓子が用意してあって、
到着して早々、一つ一つのお菓子を説明してくれたりする。

娘さんが言われる前からもう、ウェルカムコーヒーを準備してくれていて
そのコーヒーを淹れるカップの柄について触れたら、
さっそく、家にあった残りのカップを包んでくれたりする。

視界に入るさまざまなことを、説明してくれつつも、
あら、結婚しているの?などと訊いてきて、その後には
知り合いの結婚と離婚の噂について、アラビア語で
親族間のホウレンソウが始まったりする。

マロウの青いお茶など、珍しいものも出してもらい、
しっかり写真映りも気にしてくれる。

そんなことをしていると、いつの間にか遅い朝食の時間になり
昼食の部屋に行ってみると、なんとも見事な
アラブ式朝食のセットが並んでいた。






食べている間も、色々とテーブルの上に載っているものを勧められる。
ホンモスやファラーフェルに加え、
さまざまな味付けの羊のチーズ、クシュタ、ゲーマ、ハロウミチーズ、
羊肉のミンチの入ったパン、ザアタルパン、ほうれん草の惣菜パン、
タイムの練り込んだチーズパン、ガライエ(トマトの炒めもの)、ピクルス、
アボガドのペースト、サムネ(ヤギのミルクのバター)で焼いた目玉焼き、
などなど、ありとあらゆるものが、私のお皿に乗せられていく。
どれも安定の美味しさだったけれど、何よりも
たくさん食べた後にいただく、甘い紅茶が一番
心とお腹をほっとさせてくれた。


こういう場面で困るのは、すでに10年以上住んでいるせいで、
一通りのものはいただいていて、一通りの場所は行っている私は、
外国人を呼んで自分の国の文化を紹介をするのが大好きなヨルダン人にとって
さっぱりもてなしがいのない客人であることだ。

紹介しようとする食べ物の材料が、英単語で出てこなくて、
思い出そうとしていたりすると、
私がアラビア語で名前を言い当てたりしてしまったり、
どこかへ行く道について説明しようとしてくれて、
その場所を知っている、と言いそびれたまま説明を聞いたりすると
目印となる角の建物を言い当ててしまったり、
そんなことが起きがちになる。

こういう状況を想定して、今日こそおとなしくしていよう、と思っていた。

けれども、おとなしくて話さないと、どんどんと食べ物を勧められて、
もう無理だ、と心から言っても、聞く耳を持ってくれない。
結果、話していた方が得策である、ということに途中から気がつき、
アラビア語と英語の混じった会話に、参戦する。

お腹の満腹度との戦いを終えたと思ったら、次は
キナーフェを作る、と言われる。
まだお腹はいっぱいなのに、一体どうしたらいいのだろうか、と
途方くれている私など、眼中にないようだった。

キナーフェ自体は、自宅で作っている様子を見るのが初めてなので、
調理の工程や、焼き加減の見方など、
新しいことがたくさんあって、楽しくかった。
けれども、お皿にキナーフェが乗った頃には、見ているだけでさらに、
お腹が膨れてくるような気持ちになる。

たくさん食べられないのは申し訳ない、と思いつつも
焼きたての香りたつキナーフェを、ただ眺める。


だから、思い返してみても、とにかくお腹がいっぱいである、という
事実がとにかく、1番の記憶となる。

けれども、2番目の記憶は、気遣いのできる女性たちだった。

招いてくれた家主であるおばさんの
子どもさんやその従姉妹が、とにかくよく働く。
おばさんのしたいこと、思っていることを先回りして、
即座に立ち上がって、やるべきことをする様子が
なんとも甲斐甲斐しくて、ただただ感心ばかりしていた。
それは同時に、自分の怠慢さが際立つということでもあるのだけれど。

その様子を見ながら、昔のお盆とお正月を思い出していた。

父の実家に行くと、母はとにかく手伝いをしていた。
実家は旅館、父の兄弟も多く、必然的にお嫁さんもやってくるから、
膳の上げ下げやら、調理場の手伝いやら、やることはある。

そこで働きが悪いことはつまり、いい嫁ではない、という
暗黙の、そして不名誉なレッテルの原因になるから、
誰もが顔には笑顔をぶら下げながら、たぶん必死で
やるべきことを探し、ぼうっとしていると思われないようにしていた。
だから、母はお正月家に帰った後は、とても疲れているように見えた。

たぶん、今日もまた、私たちが帰った後、
おばさんは、私や他の客人が
彼女の望んでいたタスクをきちんとこなせていたのか、
レビューしているだろう。

私の粗相は、連れて行ってくれた人のマイナス点になってしまう。
その事態を避けられていたのか、不安になって
帰りの車の中で、大丈夫だったか尋ねる。

あなたの仕事は、きちんともてなされる、ということだったし、
おばさんは終始嬉しそうにしていたし、
お土産のお菓子の一切れを食べ切っていたから、
ここから1ヶ月はいい親族として認知してもらえてありがたい、と
反対にお礼を言われる。

ずっと忙しそうにしていた彼らは、なんだか大変だ。
てっきり休日はのんべんだらりとしているのかと思いきや、
こんな肉体的にも精神的にも忙しい時間を過ごしているなんて、
想像していなかった。

そんなことをそのまま言葉にして、正直な感想を伝える。

まぁ、確かに点数は付けられるだろうし、
陰で何か言われているかもしれないけれど、
こっちも点数はつけるし、感想は言い合うの。
ホームドラマの渦中に毎日いると思ってたら、
飽きなくて楽しいのよ、と、
朗らかに笑いながら、言ってのけていた。

ジメジメして陰湿な、
おしんや渡る世間的な世界とは一線を画す、
もっとある意味アグレッシブで、でも、あっけらかんとした
これぞ、私の知る、ザ・アラブ、だ。

ザ・アラブシリーズがあったら、
私は間違いなく見るだろう。


2022/02/25

この日のはなし ー 遠いできごと 携帯電話

 

朝一に寝ぼけたままオンライン会議を済ませ、
そのままフィールドへ出る。
感触のいまいち分からない学校から訪問が始まり、
2件目の学校で、大事な用件をこなす。

久しぶりに会った校長先生は、相変わらずものすごい早口で、
ついでにものすごく頭の回転がいい。
冗談とも本気ともつかない言葉を、英語やらアラビア語やらで
繰り出しつつも、その奥で、
ぶれない聡明さが見え隠れする会話は、
なんとも見事としか言いようがなかった。

学校の中を回っていると、白い可愛らしい猫がいた。
伸び伸びと、毛繕いをしていた。
校長は猫、嫌いなのよね、と
副校長は呟きながら、猫を愛でていた。




子どもたちが優しいいい学校には、猫が住み着いている。
猫の行動で、いい学校か否か、判断できる、と思っている。


フィールド訪問を途中で抜け出し、大事な会議に出席する。
また、無駄に話しすぎたけれど、会議の最後に、仕事とは直接関係ない
でもとても大事な用件を、尋ねることはできた。
けれど、そこにいる人々は尋ねた用件を誰も、知らなかった。


終わった頃には迎えにくるから、と言われていたのだけれど、
会議が終わった連絡をしても、車はしばらくやってこない。

やっと時間ができる。
木曜日で車の量が多くなっているから、しばらく車は来ないだろう。
携帯電話を開いて、普段は朝、仕事前に確認している
BBCを開いて愕然とする。

ライブニュースを聞きながら、車を待つ。
どの車も、天候の崩れる週末を控えて忙しい。
たっぷり気温が上がった後に、冷たい風とともに雨がやってくる。

日差しの柔らかさと裏腹に、身体を芯から冷やす風をまともに受けながら、
市内を移動中の記者のライブを聞き続ける。
道端で老婆がおもちゃを売り、
化粧の濃い女性が腰を振りながら、レストランへ入って行く。

こんな侵攻の状況をライブで、
シリアが攻撃を受けていた時にも、見続けている人々がいただろう。

大国の隣国へのアクションはあからさまだけれど、
別に、大国の侵略と闘争の歴史は、今に始まった話ではない。
ロシアという国を極端に恐れている難民となったシリアの人々は
このニュースを、どう思っているのだろうか。

やっと迎えにきた車に乗り込むと、朗らかなスタッフたちが
ピクニックへでも行かん勢いで、短距離のドライブを楽しんでいた。

次の学校へ行く間も、携帯電話を握りながらライブを見続ける。
電波が悪いせいでライブ通信が止まってやっと、
顔を上げると、スタッフたちはファラーフェルサンドを
どこで買おうか、相談していた。

目的の学校の近くで車を止めて、学校帰りの子どもたちに紛れて
ファラーフェルを買う。
シャッダという辛い具材を入れたファラーフェルを頼むと
その場で揚げはじめてくれた。

待っている間、学校がかたまって建っているので、
周辺は子どもたちだらけだった。
向かいのパン屋からホブズを買い、ファラーフェルサンドを作ってもらうのを
自分の背丈より高いカウンター越しに、真剣な面持ちで
背伸びをしながら待っている、1年生ぐらいの小さな子たちで
足の周りが埋まっていく。

道の反対側では、中学生ぐらいの女の子たちが
私の姿を指差しながら、何かを噂していた。
髪の青いアジア人が、スーツを着て小学生に紛れて、
ファラーフェルを待っている姿、となれば、
あからさまに指を指されても、仕方がない。

総じて、私の視界に入る景色は、
週末前の学校帰り、歳の違う子どもたちで賑わう
限りなく平和で穏やかな、冬の終わりの情景だった。



夜、お知り合いの家に夕食をいただきに伺うと、
立派なデーツの入った箱を見せてくれた。
農場主と思われる男性の顔が印刷されたパッケージの裏には
ヨルダン渓谷の町、カラーマが紹介されていた。

カラーマは、1968年イスラエルが西岸を占領すべく
ヨルダンに攻撃を仕掛けた時、戦場となった土地だ。
まだ、地上戦が主流だったその時代には、
戦車が町で砦となっただろう。

シリアからの流れ弾が、ヨルダン国境に着弾したのは、
おそらく2013年末から2014年初旬ごろが最後だったと記憶している。


自分の家のある土地で、日常生活を続けるのに必死な人たちにとって、
自分たちの預かり知らぬところで勝手に
下される決断の数々など、想像もできないし、
怯えることはあっても、それが現実になるまで、
避けるための行動を取ることは、とても、難しい。

それは、現実になるまで、分からない。
でも、現実となった時には、もう遅い。
そんな話をもう、嫌というほど耳にしたはずだった。


BBCとアルジャジーラの速報が表示される度に、
携帯のヘッドラインを確認する。
そんなことをしている人々が、世界中にはたくさんいて、
そんな誰もが、とても無力だ。

そして、この事象を通知し続ける携帯電話は、
大国が隣国を攻め入る時には、どんな組織も国も
その行為を止めるためのいかなる関与できないという、事実もまた、
世界中にリアルタイムで、通知し続けている。
一体、その事実をどのように受け止めたらいいのか、
何を軸に、思考を展開していけばいいのか、分からない。





2022/02/23

鳩と砂塵の舞う土地 ー 色とりどりの落書き

 

久々に授業の様子をモニタリングする。
12月の前半には授業が終わってしまっていたから、
2ヶ月以上、授業の場に居合わせることはできなかった。

午前中は会議やら研修やらで時間を取られてしまって
男子シフトのみ、モニタリングに入る。

春のように天気のいい日だったからか、
単純にまだ、2ヶ月の休みから抜け出せていないからか、
子どもたちはどことなくまだ、自由気ままな空気を身にまとい、
話を聞いたり聞かなかったり、
ちょっかいを出したり、戯れたりしていた。

ある教室で授業をモニタリングしていた。

こちらの教員の多くは、モニタリングをするときも
授業をしている先生の邪魔をしないようにする、という
気遣いの感覚がほとんどない。

なんだったら、やってきたモニタリングの人々が
授業を気分で横取りしたりする。
なんとも、アラブ人らしいといえばそうだけれど、
そのせいなのか、多くのモニタリングで
子どもたちの普段の様子を見ることは、難しい。

私はと言えば、日本の学校でそうしていたように、
できるだけ空気と同化しようと、静かにしている。
どうしても外国人の私が前にいると
生徒が集中して先生の話を聞けなくなる。
だから、いつも通り、教室の後ろの机に座って、
子どもたちの様子を観察していた。


男の子が一人、教室の後ろにある、使われない鍵のかかった扉の
すぐ近くに座っていた。
たまたま、だけれど、空いている机を狙って
教室の後ろの、その男の子の席のすぐ脇で、授業を見ていた。
けれども、どうにもその子の行動が気になってくる。

扉の鍵を設置していたところは、鍵の取り付け部分そのまま
丸く穴が開いている。
その穴の中に、小さな手紙を筒状にして入れ込んでいるのだ。


私が何かをじっと見ていると、授業をしているうちの先生たちは
私の視線の先を確認する癖がついている。
無言で、密告するシステムだ。
隠れてお菓子を食べたり、宿題をしようとしている子たちを
私が後ろから発見して、それを目配せで伝えている。


でも、つい、ことの次第がどうなるのか気になってくる。
今回ばかりは、できるだけ注目しないように視線を気をつけながら、
他の子どもたちや授業の様子を見つつ、
時々、その男の子の行動を観察していた。

ノートやら、教科書の裏表紙やらを、小さな長方形に切っている。
そして何度も、緑色のボールペンで何かを書いては、
丸めたり、破ったりしていた。




覗き込んで読んでみると、短い文字の初めは、
LOVE、だった。

恋文ならば、人の恋路を邪魔してはならない。

けれども、なかなか色々と破綻した文章のようで、
もはや、英単語なのか何なのかも、分からない。
これでは、恋文であろうと相手には伝わらないし、
第一、誰に向けて書いているのかも分からないし、
鍵の丸い穴に差し込んだとして、誰の手に渡るのかも、
運次第、ということになる。

もしかしたら、午前中の女子シフトの同じ席に
その文章を待っている子がいるのかな、などと
ロマンス満載なことも思ったりしたけれど、
目的の相手に渡る前に、確実に男の子たちが見つけてしまうだろう。


結局、3枚ぐらい紙を無駄にして、どれも必ず
LOVEから始まる何かを書いては、破っていた。



子どもたちが積極的に参加して、自由に発言することの多い授業なので、
俯いている子は、目立つ。
あの子のように、手紙を書いている例は稀で、
多くの子たちは、机の上に落書きをしている。

なんと、色とりどりの落書きなのか。
久々に教室に入って、久々に机と壁を見て、
何だか美しくさえ、見えてくる。




今までも、教室の落書きが面白くて、
随分たくさん写真を撮ってきたけれど、
今や、春とともに教室の中にも、
文字通り、花が咲いているようだ。


自分の名前、好きなアイドルの名前、女の子の顔、
丁寧に、アイアイ傘のようなものもあるし、
意地悪そうな先生の顔も漏れなく、描かれている。
LOVEという文字も多くて、アラビア語の愛という単語も多い。
何だか、そこらじゅうに愛に溢れている。

アラビア語の愛という単語は、
日本語の愛、よりもよほど、広い意味を持っていて、
文章や詩では、比較的よく目にする。

男女の仲には厳格な文化だから、
文脈によってはまったく、奨励できないけれど
個人的には、興味深い。

どれだけ広義な意味を持っていたとしても、
こんなに愛という単語を使えるなんて、
たとえ、それが愛に飢えていることを意味していてもなお、
正直に書けるなんて、素敵なことだ。

もっとも、こんな机で勉強など気が散ってできない。
私でさえ、モニタリングなどそっちのけで、何が書いてあるのか
真剣に読もうとして、授業の後で先生に釘を刺されたりする。

一度落書きが始まれば、その机の行く末は皆同じ、
あっという間に、花畑になってしまう。

私だったらきっと、机を伝言板にして、
知らない誰かに対して、メッセージでも書くだろう。
クイズだったり、なぞなぞだったり、哲学的問いであったり。
返事が返ってきたら、嬉しいだろう。

そんなことをぼうっと考えていたら、いつの間にか
授業は終わっていた。

授業をしていた先生と職員室に戻る道すがら、
先生は、非難の視線を私に向けてくる。
落ち着かない子どもたちばかりの授業だったのに、
さっぱり私が、子どもたちを静かにするのを手伝わなかったからだ。

今日はいい天気だね、などとしらばっくれて
伸びをしながら言ってみる。

春になると子どもたちは一斉に、落ち着かなくなる。
でも、ヨルダンの春は短い。
すぐに暑い季節がやってくる。

春なら春らしく、人に迷惑をかけない程度に
ソワソワしても仕方があるまい、と思う私は
すっかり、子どもたちと一緒の趣向になりつつ、ある。