2022/08/12

続・ボールの弾力と重み

 

たまたま、カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した際の
記念講演の映像を見ていた。
どちらかというと淡々と、自分の人生と創作活動の転換期を語る。
原稿をめくり、時折、だけ目を上げて聴衆に視線を向け、
そして、原稿に戻り、1時間ほど話し続けていた。

サ行の子音が耳に残る。
私にはよく聞き取れないところも多くて、翻訳を確認する


カズオ・イシグロが自身の小説の解説をする映像を
過去にも色々と見ていた。
メガネ越しの生真面目な視線、言葉を慎重に選びつつも
淀みなく話し続けるその語り口が、たぶん好きなのだと思う。

その、総括的な位置づけとして、この講演がある。
過去の作品の解説で、語られていたこと、語られていなかったことが、
時系列に乗って、まとめられていた。






初めて読んだカズオ・イシグロの作品は、「日の名残り」だった。
原書ものちに、無理をしても読もうと努力するぐらい、
この作品には、思い入れがある。


小説の最後の方、クライマックスとなる場面の生まれた
きっかけについて、講演の中で触れていた。
トム・ウェイツのRuby's armという曲が、
あの苦渋と悲しみと後悔の入り混じる場面を生み出す
鍵となっていることを知る。

戦場へ行く兵士の、朝方眠っている女性を置いて
家を出る時の切なさが、擦り切れるような声で歌われている。



もともとは、ミュージシャンになりたかったカズオ・イシグロの
音楽への知見と傾倒は、興味深い。

ジャズやクラシックに触発されて作品を作る作家はおそらく、
たくさんいるのだろう。
けれど、作品の中ではまったく登場しない、何なら、
戦中のイギリス貴族の館、というひどく限定された舞台の
話のクライマックスが、このしわがれた声によって
決定的に印象深いものになっていた、という事実が
小さく衝撃的だった。


カズオ・イシグロの小説は、過去、現在、未来の
社会に横たわる問題を、常に扱っているけれど、
問いかけの手法の多くは、その社会を生きる、
ある個人の視点と、感情のゆらめきの描写に拠っている。
だから、その緻密な心の動きが、手に取るように分かり、
心の動きを一つ一つ手繰っていくと、いつの間にか
ある壮大なテーマの核心に、辿り着いている。



「(でも)私にとって本質的に重要なのは、感情を伝えることです。
感情こそが境界線や溝を超え、同じ人間として共有できるものだからです。」



自分の本心から目を逸らし続けたために、
大切なものを手に入れることができなかった老執事であったり、
クローンとして他者の命のためにこの世に生を受けた
その在り方への答えを求め続ける女性であったり、
人間の心のうちを情報として、持てる限りの記憶と処理能力をして学習し、
家族に尽くそうとするAIロボットであったり。

自らの人生で経験することのない、誰かの感情を追体験する。

そこには、嫉妬や愛着や悲しみや寂しさや喜びや慈しみが、滲む。

どちらかといえば、どの登場人物にも節度があり、
それらの感情を必死に抑えているのにもなお、
漏れ出てくる、そんな様相を帯びた感情を
丁寧に感じ取っていく作業だ。


では、私が感じ、追体験したさまざまな感情から、何を見出してきたのか。

それぞれの小説が持つ大きなテーマ、例えば、
国家や集団の記憶、AIの発達と脅威、クローンと生、戦争への個人のスタンス。
登場人物たちの心境をなぞり、共鳴、共感できてこそ、
真剣さを持って抱ける、社会問題への関心や疑問があった。


けれども究極的には、話の中の人物たちの
感情の揺らぎに垣間見る、人間の生き様から、
私や他者が、生きていくことを愛しみ、根本的に肯定できる何か、
小さくとも儚くとも、その片鱗を見出したい、
そう切望し、貪るように探し続けていたのかもしれない。


そのことに気づいた時、
今まで、いくらもその実を伴って感じることのなかった、
Humanityという単語が、ふと、頭に浮かんでくる。

おそらく、広義な意味での人類、もしくは、
他者に対する理解と優しさそのもの、もしくは、
人間性、あらゆる人間の在り方そのもの、と捉えられる。

生きていることの意味は分からなくとも、
生そのものに価値があり、存在を無条件に肯定する。
人としての煩わしさや諦め、悲哀や苦しみでさえ、
抱えている私の、あなたの、誰かの
存在の在り様を示す言葉としてのHumanity。




先日、白いボールになぞらせて、
トラウマケアの、心のResilienceプロセスを想像していた。

いくらも弾むことのなくなった鉛のようなボールなど、
持ち続けることを放棄したいと、一瞬でも思ったら、
それは、私が今の、未来の私自身を信じ、愛しむことができない、
ということを意味する。




カズオ・イシグロは、講演の最後の方で、自身の楽観性に触れていた。
人と社会の深淵を見つめ続け、それらを克明に描写する。
それでもなお楽観的でいられるのは、
人に対しても、自身と自分の能力に対しても、
冷静に、理知的に、そして同時に情動的に
愛しみと信頼を抱けているからだろう。


トム・ウェイツの、これでもか、というほどしわがれて味のある歌声と、
その声音が絞り出す、ひどく情緒的な感情の波が
カズオ・イシグロ自身の、生真面目な視線と交差する。

必死で抑制はしているけれど、本心ではすでに、
致命的に傷ついている男の、ぼろぼろの声音と心を
カズオ・イシグロ自身も、追体験する。
肯定し、受け入れ、愛しみ、話の中で昇華させる。





もちろん、私には表現して昇華させることはできない。
手元にあるボールを膨らますだけで必死だ。

再び空気を入れて弾ませられると
自分を信じたくて、もがくことになるのだろう。

ひどく長く、苦しい葛藤の末に
たとえ、よく膨らまなかったとしても、
投げやりでも、諦めでもなく
これでいい、と、肯定的に受け止められたら、
私もまた、Humanityの在り方の一つを体得したことになるのかもしれない。


小説を読み、ある人生の一時を生き、心のうちを知る。
生きて感じる話の中の、あらゆる感情は、
他者に愛しみを感じ、ありのまま受け入れるきっかけを提示する。


まだ足りない、愛しみの深さを
まだ知りきれていない、肯定の辛さと善良さを、できる限り体得する。
他者だけではなく、いつかきっと、自分自身へも
それらを抱けるようになる、と、
希望を持つことができるか否かは、
私自身にかかっている。




2022/08/09

ボールの弾力と重み


弾力のある、を指すelasticという単語を
人の心の有り様に使っている文章を読みながら
語感と意味には幾らかの乖離を覚えつつも
どこか気に入る。
ちょうど、少し大き目なバレーボール大のものを弾ませた時の、
わずかな重みと跳ね返りの良さを、思い出す。

どちらかというと、resilienceの意味も含む文脈だった。
少しずつボールを打つ力が強まり、
跳ねるボールの高さもまた、その力に呼応して、少しずつ上がってくる。

想像の中のボールは白くて、よく跳ねた。



先日オンラインの会話の中で、
ずっと向き合わずに記憶の奥底に隠しておいた、
ずいぶん小さかった時のある、忌まわしい記憶が蘇る。

たまたま耳にした子どもの事例が、自分が過去に経験したことと
まったく同じだったからだ。
本当に、文字通りフリーズするのだと、知る。
座学で勉強していた心理ケアで、子どもに起きる現象の話を
奇しくも、自分自身で経験することになったりする。

すでに別の事象で、すっかり疲弊しきった心と身体には、
反応して流す涙も震える怒りも、表出させる力が残っていなかった。

こういう時、オンラインはありがたい。
滔々と話し続ける講師の声をしばらく聞き流しながら、
呆然と、窓の外に見える高層ビルの無数の灯りを、見つめ続けた。


強い風が気持ちのいい日だった。
東京のど真ん中の風は、それでも風には違いない。
仕事の後、外へ出て空を仰ぐ。

どうも私の携えているボールは、鈍く重いらしい。



無性にピアノが弾きたくなる。
さっぱり弾けなくなっているだろうけれど、
それでも、何か易しく、でも愛おしい旋律の小さな曲、
ちょうどグリーグの小曲集のようなものを。




けれども、ピアノはない。
だから、最近手に入れた画材で、久しぶりに絵を描く。
仕事で使うために、子どもたちの様子を思い出しながら、
ただひたすら、線を描き、色を入れていく。

子どもたちは等しく、しっかりと、どんな些細な、甚大な、邪悪なものからも
守られなくてはならない。

そうでないと、何十年も後に、こうやって東京のど真ん中の夜更けに
一人で途方に暮れなくてはならないかも、しれない。



そんな、ひどくネガティブな何かから生まれる信念の
心許なさと危うさに気づき、もう一度、途方に暮れる。
一体、どうやって昇華していけばいいのか、ずっと、考えている。


2022/07/28

絵画がわたしに試してくること、など ー リヒター展へいく

 
私の実家には、なんだかいろんな絵があった。
親の趣味の現代作家の作品がほとんどで、
安価だからだろうけれど、版画が多く、でも
少しだけ彫刻もあった。


今でもよく覚えているのは
切った弓形のスイカを持っている、帽子を被った空な目の少年の絵
人の骨のような形が画面いっぱいに連なっている白黒の版画
真っ青な空と緑色の芝を思わせる、でも限りなく抽象的な構成の絵
そして、鮮やかな何色もの色が放射状に広がっている版画。

子どもながらに、写術的な絵の分かりやすさが、
時に心やすく、時に怖かった。
先のスイカの少年などは、飾られるとあの空な目が
広いつばの帽子の下からじっと、私を見ているような気がした。
それから、大量の骨を思わせる版画を見るたびに
ポルポトの大虐殺の映像を思い出して、ひどく怖がった。
色自体は鮮やかなのに、暗さが全体を覆う芝の緑と
真っ青な空に、なぜか、いつもプールを思い出した。


一方で、抽象画は、どう見たらいいのかよく分かっていなかったと思う。

ある日、放射状の絵の作家(加納光雄)の巨大な版画が
狭い家の洋間にやってきた。
色の広がりのところどころを、直線が分断する。
とにかく、家のサイズには大きすぎる絵は
洋間の壁一面を塞ぎ、視界を圧迫した。
絵の前の椅子に座ると、放射状の色がどんどん伸びて
こちらへ襲いにやってくるような怖さを感じる時もあれば
色の並びが楽しく感じられる時もあれば
色の痕跡のようなインクの質感や形のディテールが
気になる日もあった。

子どもなりに、どう見えるのか考えたりもしたけれど、
結局自分自身は、写実的な作品の美しさに傾倒する傾向にあった。

家には、親の行った展覧会の図録や画集もあった。
呆れるほど雑多にあったのだけれど、記憶する限り一番よく見ていたのは、
エル・グレコの図録だった。
シンプルに人の姿が情緒的で、訴えてくるものが分かりやすかったからだろう。

歪んだ人体のデフォルメの記憶は、もしかしたら、
その後大学で彫刻を作っていた時、
やたら首の長い人へ執着していたことに、何かしら
影響していたのかもしれない。

(日本に戻ってきてから、今までだったら絶対行かなかったような、
西洋絵画の有名どころが一堂に展示された展覧会に足を向けたのも、
エル・グレコの作品があったからだった。
けれども、あまりにもたくさんの人々が、
音声解説のあったグレコの絵の前に居て、
まったく、絵画との対峙は叶わなかった。
再度、絶対こういう企画展には行くものか、と
心に誓う経験となってしまった。)


でも、私の中である時からやっと、
絵画という2次元、究極的には線と色と質感のみ、という
制限の中で表される、思考の体現としての絵画のあり方、
の面白さに、気づく。
それは、現代美術の楽しみ方にも共通する、
表現の奥行きを示唆し、ある意味、
私の思考力を、試されている気がした。

元々は、芸術学を専攻しようとして美術専科へ入ったから、
頭でっかちになりがちな私は、どうも
文字情報を頼りに、作者の意図を汲み取ろうとするのに必死で
うまく行く時もあれば、行かない時もある。
自分の中の何かが開かれた、と感じる時は響くものがあり、
そうではない時には、ただ混乱だけが残る。

そんな経験をしながら、私は、その開かれる感覚、のようなものを
求め続けて展示を見るようになった。



リヒター展に足を向けたのも、その可能性を試してみたい、と
思っていたからだった。

「具象表現と抽象表現を行き来しながら
人がものを見て認識する原理自体を表すことに
一貫して取り組み続けてきました。
ものを見るとは、単に視覚の問題ではなく、芸術の歴史、
ホロコーストなどを経験したドイツ20世紀の歴史、
画家自身やその家族の記憶、
そして、私たちの固定観念や見ることへの欲望などが
複雑に絡み合った営みであることを
彼の作品群を通じて、私たちは感じ取ることでしょう。」

展示会場の入り口にあった文章に、挑戦状を受け取った、と
マスクの下でにやっとした、気がする。
どれだけ感じ取れるのか、試してみよう。



いくつかの作品には解説がついていた。
無に限りなく近い色、として好んで使われている灰色が
テクスチャーとともに塗られた巨大なキャンバスの横には
その色とテクスチャーを作品ごとに描き分けることで
「無と有との境目を見極めようとしている」と。

壮大な無が広がっていても素敵でいいではないか、と思いつつ
灰色の作品の一つに、ひどく惹かれる。
微妙な濃淡と筆やヘラの跡とのバランスがよかった。
灰色のみのキャンバスにテクスチャーが残ると、
その有機的な痕跡が余計に、
灰色の意味するところを強調しているように見える、という印象だった。





色や線の境界が曖昧な静物画や風景画は、
シンプルに、美しく見えた。
作者の意図とは異なるのだけれど、
絵画に込められた意図を横においても、絵画として美しい、
というのはそれだけで、ずっと見ていられる。

輪郭が個を際立たせるのであれば、
輪郭のない世界は、曖昧だけれど、解け入り
融和を感じさせる。









反対に、写真の構図をそのまま、同じく境界がぼやけた
女たちの絵は、解説を見る前から、どこか不気味だった。
報道写真として載せられる、無名の死者をそのように描くことで、
写真も絵画も、そのイメージを等質、等価にする、という考えに
基づいたシリーズだった。




コンセプトはとても実験的なのに、絵画として
非常に情緒的に見える作品が多いように感じる。
コンセプトがそれらの情緒性を制御する、という
微妙なバランスがそのまま、均衡を取れない揺らぎとなって
こちらの何かに、迫ってくる。

開かれた感覚、は7割程度、だった。

たぶん、選曲に限界があったからだ。




人によっては冒涜だと憤慨することなのかもしれないけれど、
多くの会場で、私はイヤホンから音楽を流しながら作品を見ている。

一番の理由は、自分自身の余計な思考を排除する手段としての音楽。
それから、特に人が多い会場では、周囲の気配を音だけでも
消したい衝動にいつも駆られるからだった。
けれど、休日なのにそれほど人のいなかった会場で
イヤホンをつけていたもう一つの理由は
実験をしてみたかったからだった。


抽象絵画は特に、耳から流れてくる音楽によって
作品そのものがまったく異なって見えてくるのに違いなくて、
では、どの音楽が自分の中でいいのか、探ってみようと思っていた。

けれども、会場には電波がなくて、携帯に落としている音源の他
聴くことが叶わず、
クラシカルなジャンルの持つ余白を合わせたかったのだけれど、
残念ながら選択肢が少なかった。
数少ない選択肢の中から、いくつかの曲を聴きながら
灰色のキャンバスの前のベンチにしばらく、座っていた。



こんな鑑賞の仕方をしている私は、常々、
作家には、音楽リストを作って欲しい、と思っている。
自分の描いた絵は、どんな音楽とともに鑑賞して欲しいのか。


同時に、けれども、周囲を遮断してただ、
絵と自分だけの世界の中に浸かりたいと願うことが、
絵画のみならず、特にファインアート全体のスノッブさを
助長する気もしていて、どこか後ろめたい。

一番いいのは、会場で作家の希望する音楽を
演奏することだろう。
レゲエでもパンクでもクラシックでも民族音楽でもいい。

時々、そういう企画が海外ではあるし、
日本でも個展などで画廊を使うときには、そんなイベントも時折見る。
天井の高い、空間に広がりのある日本の美術館で
そんな企画もあるのかもしれないけれど、
想像するだけでも、さまざまな制約が面倒そうだ。


美術館自体が開放され、音楽もまたそこで奏でられ
鑑賞者が自由に両者を楽しむことができたら、
どれだけ素敵なのだろう。




そんな、他の誰が望んでいるのかも分からない夢想をするのに、
警察官や監視員がやたらいる
皇居の脇の、ひどく凪いだお堀の中に浮かぶ、
藻の煌めきは、もってこいだった。




2022/07/17

大雨と、音楽を聴く時間

 

雨音がひどい時は、イヤホンのノイズキャンセリングで音を消す。

無声映画みたいになる。

もはや暴力的な雨水が、ひどく跳ねたり叩いたり

踊ったり溜まったりするのを、どこかの映像のように、眺める。

漏れ入る音も気にならなくなったら、

クープランの墓、を、ひたすら繰り返し聴き続ける。


実のところ、クープランの墓と激しい雨は、さっぱり似合わない。


第一次世界大戦で亡くなった友人や知り合いを思いながら

作られたこの楽曲は、

どことなく乾いた晩夏のような部分もありつつ、

大方はどちらかと言ったら瑞々しくて、そこには

小川や露のような、爽やかさがある。





あまりに雨がひどい時、時々無性に聴きたくなる。

目の前のひどい雨の情景とのギャップを、どこかで期待しながら。


一日中、仕事の間もずっと、聴き続けていた。



それから、久々に音楽スイッチが入って、

気にかかっていたけれど、確認できていなかったアーティストの

新譜や聴き逃していた曲を、apple musicで片っ端から再生する。


長めの移動の時は、この作業をしがちだ。

特に、バスがいい。

たぶん、景色が流れ去っていくのと

音楽が流れていくのには、いつも重なり合う何かがある。





1:ホセ・ゴンザレス Visions


ホセ ゴンザレスの歩む感じと声の重なりの組み合わせは

お家芸なんだけど、やっぱりとても、いい。








2:Rhye   Holy (Frank Wiedemann remix)


絶対打てないリズムを入れてきていて、

一度気になると聴き続てしまう。

これのPVはあまり良くなかった。

アラブ人が馬を映像で使うときの用法に似ていて、

ソワソワするから、音源だけ。




3: Joni Mitchell   River (Archives Vol.2より)

イントロが大好きで、よく口ずさんでしまう曲なのだけど、

このバージョンには、最後の最後に、クリスマスソングの断片が入っている。

ホルンの音が、こんな風に淡々と柔らかく、入れられるんだと。





4: Predawn  The Bell


一貫してとても親密な音作りの最後、

いろいろあったけど、とりあえず家に戻ってきた、という

どこか、慰められるような、収まりのある曲。

なんかこのアルバムは、全般的にひどく素直な音作りなのだけど、

最後のこの曲の素直さが、よけいに、あとを引く。





5: James Blake  Wind down


眠りにつくための音楽アプリ、Endelのために作ったアルバムだけに、

いつもの凝った打ち込みは影を潜めているのだけど、

もともと歌一本でもすごくいい曲を作っていたから、

シンプルな音の環境音楽的なものも、

普通にいいという発見。





6: シューベルト ピアノソナタD894


特に1楽章は、どうやって聴いたらいいのか、

時々分からなくなる楽曲だった。

やっと、ずいぶんしっくり来るピアニストを見つけて、

いつまでも聴いていられるようになった。





7: エリオット・スミス No name #3


レマスター盤で、聴いたことなかったアルバムの中から。

とてもシンプルなギターとメロディなのだけど、

よけいに、拗ねたような歌声が、じわじわとこちらにやってくる。

深夜とエリオットの、この親和性の高さは一級品なのだけど、

とても危険だったと、気がついた時には遅かった。

たぶん、一番ボロボロな時の(死ぬまでずっとボロボロだったんだけど)

ライブ映像から。





8: Nina Simon   July tree


小さくて、童謡か数え歌みたいにシンプルでかわいい歌。

ニーナシモンじゃないと、

こんな味わい深い歌には、ならないだろう。

そういえば、今はJulyだった、と。






まだまだ、日本には大雨の日がたくさんやってくるのだろう。

その度に、また無声映画ごっこをして、

目の前の土砂降りに

閉じられた、たった一人の音の世界を享受する時間が

たらふくある。

雨が強ければ強いほど、静かで染み込む音がいい。

イヤホンだけは、性能のいいものを持っているのは、

これをするため、ただそれだけだ。




けれども、移動先でいいスピーカーと、静かな広い空間があった。

深夜勝手に、人々の寝静まった頃合いを見計らって、

復習のように、イヤホンから聴いていた音楽を

空間に放って、聴き続けていた。

音が、耳だけではなく、身体全体から、静かに入ってくる。





朝になって、ちょっと寝不足のまま、犬の散歩に出かける。

雨の上がった草原に、雨粒の雫をたっぷり湛えた草が

風に揺れる。






夜のうちに、いろんな音を聴いたけど、そして、雨も上がったけれど、

でも、頭の中をクープランの墓が流れていた。


いつか、広い草原に大音量で、あの曲を流してみたい。


2022/07/03

ストレスをめぐる、繊細さと正義と慈しみ



「日本人とやりとりをする方が、場合によっては
現地の人と会話をするよりストレスなのかもしれません」


仕事の制度で受けさせられる、駐在用のストレスチェックカウンセリングで、
私の横に座る産業医に対して、そう、答える。
要領を得ない、治すべきものが明確に見えてこないクライアントである私から、
なんとかストレスの素を引き出そうとしていた。

仕方がないので、適当に返答を埋めて事前に送ったアンケートの結果を見つつ、
あらためて、何がストレスなのか、もう一応大人になったので、
ちゃんと答えようとして、天を仰ぐ。






時々頭の中に、鉤括弧付きの、
「繊細な日本のわたし」というフレーズが浮かんでくる。

アラブ人相手の時は、限られた語彙の中で、
こちらの意図を理解してもらうために、相手の思考回路をできる限り把握して、
その回路に合わせて一番分かりやすそうな、そして
適切な言葉を選んでいた。

例えば、何か問題が起きた時、責めているわけではない、
ただ、理解したいから話したい、と
さっぱりはっきり話し始めると、相手が比較的すんなりと
思っていることを口にしてくれることが多かった。

そして、絵に描いたような、腹を割った会話、をする。


でも、日本人が相手だと、そんなあからさまに、
やもすると、ガサツで、上から目線と思われてしまうような前置きなど、
口にすることはできない。

わたしの理解するかぎり、日本で経験する繊細さは
重層的で、多様性に富み、
結果的にとても、厄介だ。


わたしもまた、多くのアラブ人よりかはいくらか繊細で、
日本で会話をしていると、相手の思っていることが手にとるように分かる、
というシーンも少なからず、ある。
言葉の使い方や物腰、表情、色々な情報が一気に入ってきて
相手の性格や今までのやり取りから、
静かにキレているな、とか、不満なんだな、とか、結構喜んでいるな、とか
ぶわっと心の中に入ってきたりする。

言葉のニュアンスが完璧に分かる、ということも一つの理由だけれど、
たぶん、ヨルダンでずっと、相手の思考回路を
できるだけ正確に把握しようとして、
目の前の人のあらゆる情報を必死に集めてきた癖が
抜けずに残っているからだろう。

この、押し寄せる相手の心の内は、時に、
こちらが恥ずかしくなるほど愛らしいものもあれば、
必ずしも知りたいものではない場合もある。
後者だった場合、フリーズしがちで、ストレスとなる。

でもそんな、ひどく些細なことをわざわざ、
産業医に話す必要もない。



高校の頃一時期、カウンセリングへ無理に、連れて行かれたことがあった。

全体にベージュかオフホワイトの壁に、
差し障りのない、つまらない絵画。
訳知りな感じの、品のいい女性の先生が、
ずっとうっすら、口元に笑みをくっつけて、
目の色ひとつ変えずに、ただひたすら、
わたしから話を引き出そうとする。

絶対一言も、話してやるものか、と
頑なに口を一文字にして何も話さないわたしに
先生は目の色こそ変えなかったものの
少しだけ眉を動かし、困ったような表情をする。




どんな人たちと話す時、ストレスを感じますか?

産業医はメガネ越しに、じっとわたしの目を見つめてくる。
すっと視線を逸らしつつ、でも、特にない、と答えたら
お医者さんは困ってしまうんだろうな、と思う。
もう大人なのだから、きちんと答えなくてはならない。

そこで、先日からわたしを悩ませている案件について、
話をしてみることにする。

日本人で日本語を話すのに、
まったくどんな思考回路なのか理解できない、という人の存在も
避けられない事例として少なからず、ある。
同じ言語を操っているのに、相手の感情や思考が見えない。
これはまた、ひどくストレスとなる。
打つ手なし、攻略も見つからない。


そんな相手の一人がよりによって、正義の多面性について、という
お題でわたしに話をさせようとする。
提案のメールを読んで文字通り、髪の毛が逆立ったので、
なんとメールを打ち返してやろうか、毎晩結構遅い時間まで
色々作戦を練ったりしていた。
たぶん、わたしは暇なんだと思う。


とかくマッチョになりがちな、正義という言葉の概念も存在も、
なくなればいい、ぐらいに思っている。

徹頭徹尾、客観的な法的文脈での正義ならば、
自ら話せる言葉は一つもないけれど、知るために拝聴したい。
正しいか正しくないか、の判断基準としての正義の話をしているのであれば、
結局個々人の主観に則った思想や感情のぶつかり合いにしかならない。
大体そういう人たちの語る正義的何か、は
原理的様相を帯びていて、もはや恐怖しか感じない。

などという話をメールで返信しようとして、
整理する過程でふと、気が付く。
なくなればいい、ぐらいに思っていること自体もまた、
非常に短絡的で排除感に満ちた、原理的なものの考え方である、ということ。

これはひどいな。
暑さとともに、思考が停止する。


という話が全貌だけれど、実際のところは、
ただ、こちらの話がなかなか伝わらない人がいるから
結構そのことで色々考えていて、自分ができていないことも多いから、
リフレクションしている、ぐらいに留めておく。


夜遅くまで、ということは、そのせいで眠れなくなっていますか?

そう訊かれて、その質問の中に見え隠れする、あまりにも職務に誠実な
産業医の職業的義務感に、心底うんざりする。


ストレス軽減と、自分の身体の話を聞くのに効果がある、という
タッピングや呼吸法などを一通りやって、
カウンセリングは終了した。


正義の案件については、とにかく、話した方がいいだろう。
メールで打ち返すと、どこかで、論破してやろうという
ゴリゴリしたわたしが登場してみっともなくなるし、
その後結局、自己嫌悪に陥るから。
なんだったら、話す前にタッピングでもして、
心を落ち着かせたら、きっと話し合いも円滑に進むだろう。



カウンセリングで効果がないのは、さっぱり素直ではないからだ。
無駄に経費を使ってカウンセリングなどする必要はない。
帰りの電車の中、茹だるような暑さと、なんとも言えず消化不良なモヤモヤを
イヤホンから流れる音楽で洗い流そうとする。


高校生の時の、カウンセリングからの帰り道。

一緒についてきた母親は、わたしが何も話さないことに
先生と同様、途方に暮れていた。
何度通わせても、いくらの進展もない。
電車の中で、全身が沈黙の苦痛と、何も話せない申し訳なさに溺れる。
すっかり潰れてしまった心が、もっとくしゃくしゃになるのを
ただじっと感じながら、
夜の田舎を走る電車から見える真っ暗な景色を、見つめていた。



素直じゃなくて頑ななわたしだけが、変わっていない。
ずいぶん昔の、心臓を握り潰されるような痛みの痕がうっすら蘇り、
それから、ある母子が
わたしにそれぞれ話したことを、思い出す。


やっと最近、あの子も人間愛を携えるようになった、と
初めて会ったわたしに、おっしゃる。
久々に、漏れ出るような慈しみに満ちた表情を湛える顔を見た。
あぁ、この方にとってその子どもの姿はとても、嬉しいことなのだろう、と
聞いているわたしもまた、そこはかとなく温かな気持ちになる。

子どもの方もまた、母親が愛情を持って助けてくれていることへの
おそらく、かなり切実な感謝を、きちんと言葉にしていた。


久々のカウンセリングの帰りに車窓から見える景色は、
白っぽい湿気だらけの空と、
入道雲のようにもこもこと緑の茂る多摩川の河川敷で、
どこかあっけらかんとしている。


歳をとる過程で、さまざまな人の姿や言葉に触れ、
きちんとそのままの大きさで受け止め、大切にできた話や会話は
いつまでも大事な財産になっている。
たぶん、自分で自分を救うための言葉や記憶をいくつかは、
持ち合わせられるようになってきたと思う。




きっと何度受けても、カウンセリングは好きになれないだろう。

もし、カウンセラーに自然に、心預けられるようになったら、
きっとその時には、本当に、カウンセリングを受けるべき何ものも、
わたしの中からおそらく、なくなっている。




2022/06/19

おじいさんとおばあさんと、緑深い神社

 

私の目には、空気がどこもかしこも少し霞んで、
緑色だけがやたらと、鮮明に輝いて見える。
暑く感じるのに、肌だけが、触れるとひんやりする感覚
湿気の多い土地でしか、体感できない。

用事の帰りに神社へよる。

緑が多くて、子どもたちの声が響いていて、
階段がちゃんとあって、気に入っている。
帰国のたびに、必ず一度は寄ってきたお気に入りの神社だ。

その日、仕事にまつわる色々に思うものがあって、でも、
誰が悪い、とか、あれがいけない、とか、言いたいんじゃない、と
脳みそが逡巡していた。
仕事が溜まっていたのだけれど、やもすると
あてどない考えに囚われそうだったから、
整理しようと、神社に足を向ける。



おじいさんが、階段の中腹にある慰霊碑をじっと見上げていた。
昼前の神社で、おじいさんの気配はいつも以上に、
神社の境内を静謐な場に変えていた。
そして、本殿へいくと、その脇の社務所の窓から
小さな白い背中が見えた。



帰国のたび、毎回必ずその神社へ寄ってはいたけれど、
だからと言って、信心深い訳ではない。
ただ、より神社らしい雰囲気と、
緑が深いことを気に入っていたからだった。
何せ、1年のうちのほんの少ししか、緑のない国から帰ってくると
湿った緑は、この上なく魅力的に見えていた。



けれどもある時、どうしても叶えたい願いに囚われる。

そのために、いつかの帰ヨルダン直前、その神社へ行った。
仕事が押してしまって、成田までの時間を逆算すると、
どこにも時間がなかったから、ぱっと寄るつもりだった。
でもその日なぜだか、人がたくさんいて、
全然私の順番は回ってこない。
雨のしとしと降る寒い日で、待っている間
社務所の中の、白い着物を着た小柄なおばあさんの背中だけを
じっと、見つめていた。

フライトの時間が迫っていて、結局
志なかばで、その場を後にした。



以前、この時期に私は毎年ヨルダンで、
小さなおはなしを作り続けていた。
おそらく、読まれることのない小さなおはなしは、
挿絵を添えられ、PDFにされ、メールに添付される。


周囲の子どもたちの話だったり、
夢に見たことの話だったり、
ヨルダンに住む人々から耳にした話だったり、
道で拾ったものから膨らませた話だったり、
遺跡や風景、身近なものに関する思考の話だったり、
どれも、多くの人には些細に見える話ばかりだったと思う。

ほとんどいつも、文字でしか連絡の取れない人に
私が作って送れるものは、これしかなかった。

感想をもらえた時から年月が経ち、いつの間にか
お礼だけで、感想は来なくなった。
たぶん、読んでいなかったのだと思う。
できるだけ客観的に、
心に残り、有益でいいものを、とは思っていたけれど、
技術が足りなかったし、何よりも、
読み手にとって、私の書くものへも私にまつわることにも
関心がなくなっていった。
悲しかったけれど、詮ないことだった。


在外に長くいると、できることがなさすぎて、
いろんなことに、ききわけが良くなるし、
諦めることに慣れてくる。

毎年仕事にかまけて、アウトプットのできない自分に鞭打って、
その時期だけ、ちょっと踏ん張って言葉を探したり、
絵の具やクレヨンを取り出したりしたおかげで、
結果的には、思考や感性の記録を、
話の形にして残していくことができた。

何かを作ろうとする気持ちをいただいて、
今でも、ありがたいと思っている。




さっきまで慰霊碑の前でじっとしていたおじいさんが
鳥居の下で、何度も何度も、頭を下げていた。
深く、心を込めて丁寧に、何度も。

つい、鳥居を通り過ぎたあとに振り返り
じっと、おじいさんを見つめてしまう。

どんな思いがあるのか、憶測するのも難しい。
ただ、お辞儀をする姿は、ひどく静かで、切実だった。

あのお年になっても、あれほど密やかな熱心さを胸に抱き
お辞儀をさせることとは、どんなことなのだろう。





神社へ寄った帰りにふと、書いたおはなしの一つが蘇る。

シリア人のお宅へ家庭訪問した時の情景の、
その家のお母さんの佇まいと子どもの様子と
その場の空気感をただひたすら克明に描写した、おはなし。

その家のお母さんは、小さな子どもを膝の上で寝かせながら、
私たちの話に耳を傾け、質問に応える。
ヨルダンにしては珍しく、カビの匂いが鼻をつくほど湿気ていて
光の入らない、暗い部屋の中だった。
ほとんど視線の合わないお母さんは、でも
ただひたすら子どものことを、愛おしそうに見つめ続けていた。
その圧倒的に善で平安で愛情に満ちた空気が、
お母さんの口から漏れ出る、彼らの暮らしや運命を、より
鮮明に浮き立たせる。

訪問を終えて建物を出ると、
突き抜けるようないつもの、曇りない青空がある、
というおはなし。


どうにもならないことなど、この世の中にはいくらでもある。




頭をすっきりさせたくて神社へ行ったはずだったのだけれど、
おじいさんの姿とおばあさんの背中から、
記憶の奥底を掘り返すことになって、
どうにもならないことや、詮ないことの切なさが、
心にじわりと広がる。


道に咲く大輪にしなった紫陽花が、
頭を垂れるおじいさんの姿を思い出させる。





神社へ行ったら、お礼を言うのがいいはずなのだけれど、
欲が出て、あぁなってほしいとか、こうなってほしい、とか
思いがちだった。

神社へお願いやら、お祈りやらをしようとすると
今の私の願いや、気にかけていることが何なのか、
わかってきたりする。
そして、自分の業や欲を認識し、それら自体、それから
それらに囚われる自分自身も解き放したい、と
色々な神社に行っては、願ってきたのだろう。
事象は違っても、その心の動きは大方、同じだった。


願いは自分のためではなく。

そう、欲深い私もやっと、心から思うようになってきた。
だから、最近ではできるだけ何も考えずに、
お礼と、周りの人々の安全だけ、
悪い姿勢をちょっと伸ばして、
お祈りするようにしている。