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それほど鉄道が好き、というわけではない
けれど、鉄道には縁がある、環境で育っている
実家のすぐ近くを電車が走っていたし
父親は鉄道会社に勤めていた
ヒジャーズ鉄道、というものがまだ走っているのを知ったのは最近の話
知り合いたちが乗って、とてもよかった、と云うのだ
それならば、乗ってみよう
ほとんど仕事らしい仕事はしていないこの鉄道の歴史は、長い
オスマントルコの時代に少しずつ伸ばされている線路は
アラビアのロレンスでも有名だ
今はもはや観光列車としてしか走っていないが
駅にはドイツ製の蒸気機関車が展示されていて
小さな頃に乗った、遊園地往きのおとぎ列車のようだった
観光用なので、乗客が多いときだけ運行するようだ
今はまだシーズンなので、地元の人たちが食事を持参して乗る
ピクニック列車になっている
黒煙をなびかせながら走る列車など乗ったことがなかったので
単純におもしろい
トンネルに入ると着くはずの電気が着かなくて
真っ暗になったり
線路の上にまたがって放置されている巨大なゴミ箱を
いちいち止まって移動させてみたり
客車にはアラブ音楽が爆音で流れる
気が乗れば、乗客が唄っているのをマイクで拾って
流してみたりもする
沿線の家々から子どもたちが手を振る
車ならばたった3、40分で着くはずの場所まで
2時間以上かけてゆっくりと走ってゆくのだ
ジーザ、というところまでの列車だった
ジーザまで着くと、3時間近くの休憩が入る
その間にお昼を食べて、ボールで遊んだり、昼寝をしたりする
そして、汽笛が鳴るとそそくさと、帰り支度をして
また、列車に乗る
枯れた麦畑の上を鳩が群れをなして、飛ぶ
ひつじの群れ、ラクダの群れ
客車を吹き抜ける風は涼しい
ヨルダンの景色をさながら見本のように
車窓から眺めていた
アンマンの景色も、視点が違うせいなのか
いつもと少し違った色で
見ることができた気がする
バカアのキャンプ内で子どもの作品展をしている
ボランティアが入っているバカア内の学校や施設で行われた美術の授業で
作られた作品を飾っている
本来ならば
ボランティアが入っている大元の
パレスティナ難民局やUNRWAなどが主催して
アンマンのおしゃれなギャラリーなどで開いた方が
美術に関心があるようなハイソな人たちには
ウケがいいのだろう
ただ、そんなところでやっては
実際に作品を出している子どもたちや
キャンプに住んでいる人たちはみることができない
確かにものの10分バスに乗れば
バカアキャンプからアンマンの北地区にはつくことができる
ただ、キャンプの人たちにとって
アンマンは遠い
観覧者をキャンプ内の人たちに絞った結果
キャンプの中での展覧会になった
自分たちのサイズにちょうど合うように
相変わらず自分のアラビア語能力に失望する
相変わらず人見知りなのと
相変わらず怒りっぽいのと
相変わらず打たれ弱いのに、悲しくなりながら
外のお店にも作品を貼らせてもらえないか
交渉しにいく
いろいろ問題だらけだ
日本では作品に名前を書くのは絶対条件
子ども自身の表現を個別に認めるためにも
誰がその絵を描いたのか、は大切だ
だから、名前を書かないで欲しい、と子どもに云われた時には
慌てふためいた
本人が恥ずかしい、という場合もある
それから、たとえ描いた本人はよくても
女の子だったら、家族が嫌がる、という事態もあるようだ
何で気がつかなかったか、と、落ち込む
こちらの文化では
外国人であることに興味を持ってくれる人も居るけれど
基本的には、アラブ人同士で話をした方が何ごともスムーズに往きやすい
けれど、職場の人たちをうまく巻き込めなくて
結局、自分一人、もしくはボランティア同士連れ立って、交渉しにいくことになった
私の活動内容としては、これも一つ大きな失敗と問題
昨日、展示会場の一つである
バカア南部病院(مركز صحي البقعة الجنوبي)に往った
上の写真に載っている鳥やチョウチョ
子どもたちが作った紙のオブジェを
乳幼児の身長を測る機材の上に飾るために
追加で持って往った
用務員のおじさんがすぐに
天井から吊るしてくれる
これでこどもがおとなしく計測器に乗ってくれる、と
病院の先生が喜んでくれた
紙のチョウチョや鳥は
天井についた扇風機の風で
ふわりふわりと、飛んでいた
こういうことだけで、私としては十分だ
どういう評価がなされるのか、まだよく見えない
何かしらの形で、次に繋がると、いい
困ったことに、仕事先の大元、UNRWAがストライキに入った
予期せぬ休暇
ただ、どこかへ旅行へ行けるわけではない
同僚から電話がかかってくれば、即、出勤
近場で気分転換をしようと
すぐ隣の街、サルトへでかける
友人が観光のボランティアをしている
彼女のつてを使い
職業訓練校を見学した
モノを作る空気に満ちあふれた室内
大学の仕事場など比にならないほど
大きな部屋と設備があった
イタリアの支援がしっかりと入っているらしい
織物、シルクスクリーン、溶接、美容にならんで
陶芸があった
陶芸の階の一番奥に、粘土作りの部屋があった
今まで粘土は買ってくるもの
日本でも、粘土層へは往ったことがあったが
精製してつくる工程を見たことはなかった
部屋の担当、兼講師のナーマは
仕事熱心な女性で
訪れたどの部屋よりも熱心に
設備の話をしてくれた
でも、話し終えるとすぐに
自分の仕事に戻る
広い部屋の片隅で
小さなオブジェを作っていた
なかなかこの土地で見ることのなかった
モノ作りへの姿勢を
見せてもらった
ヨルダンの春は、随分あかるくてにぎやかだ
春は花が咲き乱れ
子ヤギがよく跳ねる
もう、少し春には遅いぐらいの時季になってきた
枯れかけた花の跡も
青い草の中に点在する
ヨルダン北部、アジュルンという地域の丘の上
百年以上の年月を生きるオリーブの林が続く
持参した食べ物をいただき
春の空気を満喫する
それが、何よりも楽しかった
空には雲一つなくて
日差しはカメラが捉えきれないぐらいの
目一杯の光
もう、木陰の方が気持ちがいい
日差しの下では、暑いぐらいだ
樫の木の林の中で
ごろりと横になる
下から見上げる樫の木の枝の間には
小さな小鳥の巣がある
遠くからヤギを追う犬と男の声が聞こえる
空気がおいしかった
アンマンにも春はある
バカアにも春はある
ただ、日頃の生活の場は
うとましいものごとが多い
誰の目もはばからず
ただ、木の下でぼんやりすることが
ずいぶんと、自由に思える
日本ならば
喫茶店にあって
公園にあって
街中にあった自由だ
ヨルダンで、初めて感じた
身体や気持ちにとって、自由な場所だった
人里離れた丘の上
先週の金曜日、死海マラソン
障害者分野のボランティアが活動をする施設の
生徒や利用者たちの参加にあたり
伴走する、という手伝いをしてきた
今回一緒に走ったのは、ライダさんという人
彼女はあまり話さないけれど
穏やかで、笑顔も多い
暑い日だった
死海のほとりを走る道路を往く10キロコースは
はじめから最後まで
死海周辺の気候だから
湿気も多いし、日差しも強い
でも、ライダさんは最後まで歩いた
途中ほんのちょっと休憩をしたけれど
歩調はほとんど、変わらなかった
しっかりした足取り
参加者の多い10キロコースは
周りに人が溢れていた
きっと彼女も
こんなにたくさんの人たちが道を歩いている様子なんて
見たことがなかっただろう
だから、アンマンマラソンの時と同じように
ずっと手をつないで、走ったり歩いたりした
でも、暑いのだ、とても
だから、ライダさんは途中で
くるり、と私の後ろへ回って
私の反対の手を、取った
歩きながら器用に
私と彼女はお互いに
少し汗ばんできたな、と思ったら
くるりと、反対の手に移動する
それが何だか、素敵だった
どうも彼女はいたずら好きで
さりげなく人の肩をちょこっと叩いたりするのが
好きらしい
誰だろう?と振り向く人たちの様子をみるのが面白い
皆で記念撮影をしているときも
前に座っている人の肩をつっつく
それから、きゅっと、自分の肩をすくめて
いたずらっぽく笑う
それを見ているこちらも
思わず、にやっと笑ってしまうのだ
10キロ歩いたあとでも
まだ、そんないたずらををやってのける彼女と一緒に
参加できた今回のマラソン
随分と楽しかった
仕事が早く終わったので
少しだけ、遠出をする
イラク・アル・アミールという
2世紀頃の遺跡を目指す
ただ、本当の目的は遺跡ではない
今の時季にしか見られない花を
見ておこうと思い立った
野生で咲くアイリスの様子が見たかった
ワディ・シールという土地からさらに
バスを乗り継ぐ
バスはずっと、緩い渓谷の沢から一定の距離を保って
起伏の大きな山並みの斜面に沿った道を往く
遺跡は、山並みの遥か遠く先まで見渡せる
広く小高い土地に、ぽつん、とあった
ヨルダン人の家族などが
車でピクニックに来ている
やぎが草を食み
産まれたばかりの子やぎが跳ねる
遺跡の敷地にはアイリスは咲いていない
そこから少し坂を登った
岩肌の見える斜面に
たくさんの小さな花々と一緒に
アイリスも咲いていた
ヨルダンの国花が、ブラックアイリス
ジャーマンアイリスの一種なのだと思う
形は同じだが、他のジャーマンアイリスのように
黄色い筋や、色の濃淡はない
濃い黒紫色の
他の花々のような華やかな春の色とは異なる
強いぐらいの色の濃さが
遠目からでも目立つ
ただ、よく足元を見ると
タイムやらラベンダーやらウイキョウやら
ハーブ、と呼ばれているものが
いたるところに生えている
それから、野生のアネモネ、アザミ
静かな土地だから
色々な種類の鳥の鳴き声と
ミツバチの羽音だけが響く
春が来た、と思ったら
雨が降ったり寒くなったり
随分と不安定な日が続いている
三寒四温なんて、日本の言葉だと思っていたけれど
ヨルダン、少なくとも
アパートメントのあるアンマンでは
この言葉がぴったりと当てはまる
でも、今日から時差も夏時間に戻る
確かに日は長くなった気がする
身体は時間と光の関係を
思いのほか記憶しているようだ
だから、外を見る度に
微妙な違和感を感じてしまう
金曜日
春らしい景色を見に往きたかった
でも、ずっと悪いままの具合が
往く気を削いでしまう
だから、仕方なく買い物などへ、往く
アーモンドの花が咲く
それから、小さな猫たち
おそらく雨の降る時季が決まっているからだろう
外に家具を置きっぱなしにしている様子がよく見られる
風は冷たい
黄色や白のかわいらしい花々は
震えるように揺れている
雲が思いのほか早く流れていって
作る影にショールを首元までたぐり寄せる