2022/01/28

砂塵と鳩の舞う土地 ー お化粧 寒空の下

雨があまり降らなかった去年の冬のせいで
去年の夏は水不足に悩まされた。
もともと、人口あたりの水の供給量はかなり低い国だから
雨季である冬場の降水量が、まともに影響してくる。

だから、雨季のシーズン初めの雨は、なんだか嬉しい。
実に半年以上ぶりに降る雨は、半年分溜まった埃を流し、
茶色く汚れる。

それにしてもなんだか、今年は雨が多い。
分かりやすい天気だから、雨が降ればひどく冷えるし、
雨が続けば、人々の動きは鈍くなる。


この日も、午後から雨になる予報だった。
朝はどこか青すぎるような、不透明な青い空だった。
雨雲がやってくる前の青空だ。

雨雲がやってくるのもまた、分かりやすい。
風が強くなり、埃が舞い、空気が湿ってくると、雨がやってくる。

誰もが、どことなく空を眺め、雲の流れを気にしている。
空気が一気に冷えるので、キャンプの中もまた、人の姿はまばらになる。
ホブズ(平たいパン)の買いに行くお遣いの子どもか
自転車に乗った男性たちだけが、道を行く。


会議は色々と話が散らばってしまった。
どうしても、話の内容から気になるところがあると、
詳細を訊かずにはいられなくて、結果的に脱線しがちなのだ。

その日は、課題の内容の話し合いの後に、来学期に向けての
重点課題について、問題の洗い出しをしていた。

女の子の方が、学校内では比較的目に見える問題は少ない。
だから、より実のある内容に集中できて安定感がある、
などと勝手に思っているのだけれど、
高学年になれば、思春期らしい色々もないわけではない。
例えば、制服のアレンジの仕方であったり、ヒジャーブの色であったりする。

先生たちが問題視していたのは、お化粧だった。
学校へお化粧して来るのは、当然禁止されている。
けれど、明らかに塗ってるな、という子は一定数いて、
いちいち指導するのも鬱陶しがられるからか、放置しているようだった。

学校の先生たちの中には、なかなか厚塗りの人もいるし、
個人的にはそんな人がどんな指導をするのか、気になったりする。

でも、一般的にお化粧そのものが奨励されていない土地柄だ。
狭いコミュニティの中で、あまり目立って派手なお化粧は
噂のタネや偏見になってしまうこともある。

だから、結婚した女性の方が、お化粧率が高い。
もしくは年頃で、結婚したいと思っている女の子が
積極的にお化粧をするものだ、という認識があるのだということに
会話を聞いていて、気づいたりした。

いや、でも高校生ぐらいの歳だったらお化粧をしたいだろうし、
そういうのは普通じゃない、と口を挟んだら、
まぁそうだけど、いいとは言えない、と否定的な感想ばかりだった。

学校では当然ダメだけど、学校じゃないお出かけの時であれば
問題ないでしょ、と言うと
出かける時に親御さんや兄弟が一緒であればいい、と言う。

背景や意図は分かりやすい、けれど同時に、制約の影が色濃い。

そこから、女子シフトにあった問題について事例を話していた。

ある日、学校へ行く途中で、おはよう、と男性に挨拶された
女子生徒がいた。
その男性と面識があったわけではなさそうだが、その日からその女の子は
恋に落ちてしまった。
授業のノートに、その男性らしき人の絵を描いていたらしい。

それに気づいたクラスメートたちが、挨拶されたその
「サバーフルヘール(おはよう)」という言葉を
ニヤニヤしながら、その女の子に意味ありげに言うようになった。
心中、ぐしゃぐしゃになったのだろう、その女の子が泣いているところで
うちの先生たちの授業となり、ことの次第を知ることとなった。

そういうこともあるだろう。
挨拶されて嬉しい、とか、電車の中、バスの中、などなど
日本だってある話だ。
(今の日本の女子高生事情は分からないが、そんな甘酸っぱいシーンと心情が
あって欲しいと思ったりするのは、もはや年寄りの証拠なのかもしれない)

キャンプの外であったとしても、ヨルダンでは
男女の仲に関する暗黙の規制は恐ろしくたくさんある。
挨拶されたぐらいでのぼせてしまうなんて、みっともない、
もっと、毅然としていなくては、という、
結婚した女性たちの助言なのか、プライドなのか、反省なのか、
そういう類の「男性の扱い方」にまつわる話は
何度となく、耳にしたことがあった。

いわゆる、付き合ってみる、がないこの土地では
気になる男性はそのまま結婚につながったりする。
そんな、人生を左右する、重大な選択となる可能性が高いこともまた、
老婆心をくすぐる理由なのだろう。
レッスンラーントは、基本自分の経験ではなく、
他者の経験からしか得られないシステムとなっている。


さまざまな制約の中で
駆け引きのできる女性が一定数いるのも、見聞きした。
なんだったら、日本などよりも色々、難易度レベルが高いと思う。
そんな中を、ここの女の子たちはサバイブしていくわけだ。

実際に、ではどんなことが授業で扱えるのか、話題を戻して話し合った。
こちらのお化粧の方法は極端すぎて、大体において
私にはもはや、怖いとしか思えないような仕上がりになっている
女性の顔を見ることも多い。
素地は誰も彼も美しい人たちばかりだから、本当にもったいない、と常々思う。

だから、素敵なお化粧の仕方とか、服の色のコーディネートとか
そういうのもいいんじゃないか、というと、
お化粧の案はあっさり却下された。

意外と男性教員に反対が多かったので、やはり、
女の子のおしゃれへの関心や憧れの気持ちを想像するよりも、
男性側が持つ、お化粧に含まれる意味を危惧する傾向が強いのだろう。




パレスティナキャンプで働いていた時には
全身同じ緑色、ピンク、黄色、など、よく靴からヒジャーブまで
全部揃えたな、という服を着ている先生がよくいた。
それを見て、色のコーディネートの授業案をカウンターパートに出してみたけど
あの時もまた、却下されたことを思い出す。

今の先生たちにその話をしたら、好意的に受け入れてくれたので、
10年越しにできるチャンスが、来学期にはやって来るかもしれない。



帰りがけに、少しだけ子どもたちの様子をみて回る。
でも、風は朝よりも冷たくなって、風で皮膚が切れるようだ。




人影もまばらな道では、犬たちが闊歩していた。
6匹の子連れ犬が、子どもたちの代わりに空き地で戯れていた。


家の脇の側溝で、石を積み上げて池を作っている集団がいる。
雨水を溜めて泥を製造して、雪みたいに団子にして遊ぶらしい。
確かに過去にも、粘土のように丸や四角や、何かの形にして遊んでいる
子どもたちを見たことがあった。

いつもの、学校周辺の道で動いているものは、
犬と鳩と、ロバ車で砂を運ぶ荷車だけだった。
雨が多いから、プレハブの周囲に敷く砂を補強するのだ。

コロナの前は学校に来ていた子が、おじさんみたいな立派な掛け声で
ロバを操りながら、砂を載せた荷車を疾走させていた。



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