東京の雪が、きっときれいな青空できらめいていた頃
アンマンにもザータリキャンプにも、雨が降る。
朝から滑り落ちるように階段や坂を降りて
キャンプへ、向かう。
雨と天気に気を取られている時に限って、失態を犯す。
携帯を行きのバスの中に落としてしまった。
キャンプに着いてから気づいたから、
来た道をまた、最寄りのバスターミナルまで戻らなくてはならくなった。
幸い携帯は、まるでそこに置いておきました、というように
座席の脇の隙間に納まっていた。
バスで集金していた10歳ぐらいの少年が
次の乗車まで鍵をかけていたバスの扉を開けて、
カーテンを閉め切って真っ暗なバスにエンジンをかけてくれる。
そして、携帯を見つけた私に、にやっと、笑いかけてきた。
なかったらどうしようか、
見つかるまで朝からの行動や言動のあれやこれやを、後悔していた。
携帯が見つかって嬉しいやら、忘れてしまった情けなさやら、
くしゃくしゃの気持ちのまま、またキャンプへ戻る。
湿度で曇っているのかと思っていたバスの窓は
跳ねた泥と埃のせいでくぐもっていた。
雨の土漠地帯は、でも、青空ばかりのカラカラの景色より
どこか親密で、優しかった。
3月の雨を思い出す。
需要の高い雨の日は、キャンプの中のセルビスにも乗れなくて
仕方なしに、歩いてキャンプの端から端まで
4キロ以上の道のりを、仕事場へ歩くはめになった。
途中でキャンプの中の警察署に寄る。
電気が通らない昼間のキャンプだけれど、
そこだけジェネレーターがあるから暖房の効いた部屋で、
ドアがうまく閉められない私に
いつもは全く笑わない顔見知りの警察官が、
勢いよく閉めれば閉まるよ、と
ほんの少しだけ笑みを浮かべながら、ジェスチャーつきで、伝えてくれる。
みんな寒いのは、嫌なのだ。
小雨の降るキャンプの道は、
たとえコンクリートで舗装されている道でも泥だらけだった。
長いワンピースをはいた女性たちは
裾をたくしあげながら、歩く。
裾の下から、何とも派手な色のズボンがちらちらと、見える。
泥の跳ね返りは、絡みつくように布に染み込んで
乾いても手では払えない。
乗客を乗せながら無情に通り過ぎていく車たちは
泥をまきあげてゆく。
雨水を浴びるように、泥をかけられることになる。
天気がよかったら、気温が低くてもみんな、外で太陽を愛でる。
道など外国人の私が歩いていたら
女の子も男の子もおじさんもおばさんも
興味本位で声をかけてくる。
でも、雨の日の道は人もまばらで、
道を往く人たちはみな、うつむくか顔をヒジャーブかスカーフで隠しながら
とにかく目的地に向かって、静かに黙々と、歩いていく。
だんだんと泥の道を歩くのにも慣れてきた頃には
身体も温かくなってきて、
そこに住む人たちにとって、つきあっていくしかない泥だらけの道を
目一杯体感しようと、思い直す。
家族の誰かの靴についた泥で
汚くなっているのだろう。
寒いのに必死で、水をまいて家の三和土を掃除していた。
道幅の広い2本の道が交差する角にある
シュワルマ屋さんの肉の焼けるおいしい香りが
いつもよりも濃く、空腹を刺激する。
匂いに色がついているかのように、
店を通り過ぎてもなお、流れ出ていた。
雑貨屋の店の中では
客が来ないことをいいことに、談笑に花を咲かせるおじさんたちが外を眺めている。
彼らばかりはいつも通り、うぇるかむちゃいな、と声をかけてくる。
各世帯の脇にある水タンクは
高低差を利用して水圧を上げるために
シンプルな台の上に設置されている。
その鉄の足場には見事にどれも
足裏の泥をこそげとった跡が残っていた。
無機質な鉄の棒に、茶色い不規則な飾りがつく。
何故だか今日は、通り過ぎる男性がみな、赤白のハッタを被っていて
どこもかしこも灰色か茶色の景色の中で
色鮮やかなハッタ柄だけが
上下に、左右に揺れながら
ゆっくりと移動していく。
皆、できるだけ泥が跳ねて服にかからないように
工夫しながら歩いていた。
靴下に直接サンダルを履いている人が多い。
泥に汚れていない靴下を見る度に
どうやって歩いているのか観察していた。
足をつける時に少しだけ、足を滑らせていた。
なるほど、サンダルは見事に泥の塊に埋もれていた。
舗装されていない土の道から出てきた姉妹が二人が、
私の前を、配布されている青いバッグを背負って
ただただ足元を見つめながら歩いていく。
冬休みに入って、学校のない子どもたちだけれど
アクティビティをしている教育関連の団体は
冬休み中も授業をしている。
仕事先も同じように事業をしているので
学校で会う子どもたちの多くもまた、
きっと同じように黙々と歩みを進めながら
アクティビティに来てくれているのだろう。
計45分ぐらい歩いて、
結局上手に歩けるようにはならなかった。
私の靴は汚いドットになって
ズボンも膝上までブチハイエナのような柄になってしまった。
家に戻って洗濯前に
ズボンを水洗いする。
赤茶色の荒い粒子のような土が
洗い流してもしばらく、白い洗面台に残っていた。
雨の日のための靴は履き慣れなかったし
泥の中での歩みは、普段と歩き方が違った。
ふくらはぎに違和感があって、
いつもより幾分、疲れている。
でも、ぺちゃぺちゃと、足裏に細かな粘土質の泥がまとわりつく、
あの感触が、ほんの少しだけ、雪の次の日のそれと、似ていた。
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