アンマンは珍しく、天気の悪い日が続いた。
丘から流れてくる水は川になって、
ワディと呼ばれる谷間に集まってくる。
出かけるときには晴れ間が見えていたのに
西の空が真っ黒になってきて
見る間に黒い雲が空を覆っていった。
こちらの天気は、こちらの人たちの気性に、少し似ている。
とても、分かりやすい。
この日の訪問先はアンマンの中心部から少し南西にずれたところにある、一つの丘。
どの道の間からも、アンマンの街並みが俯瞰の視点で見ることができる。
1件目:Hai Nazzar
家の前まで往くと、窓からヒジャーブを被っていない女の人が
窓からこちらを確認してあわてて、部屋の中に入っていった。
部屋にお邪魔をすると、そこには随分と立派なシャンデリアがあって
花の形をしたテーブルセットがあった。
部屋の壁にも金色の模様が乗っていて
なんだかどこかのクラブみたいな雰囲気だ。
ここに来たのはつい最近で、
それまで住んでいたところでは、近所との折り合いが悪かった。
それに水漏れもするから、住みづらくて移って来たらしい。
お母さんは、随分きれいにお化粧をしていて
聞けばヨルダン人だという。
お父さんはシリア人で、家族一緒にアレッポに住んでいた。
なかなか豪快な感じのあるお母さんで
おもしろおかしく、お話をする。
いいことも悪いことも、同じようなトーンで話していた。
この地域はよくない若者がたくさん居て
どの通りもそういう人たちで溢れているから、怖くていやだ、と
娘がやってきて云う。
そういわれてみると、確かに
家への道のりに、まだ下校時間ではないのに
ぶらぶらしている若者がたくさん居た。
この丘に住んでいるスタッフが同行していて、
みんなぶらぶらしていて、目が合っただけでけんかを始めたりするんだ、と云う。
シリア人とヨルダン人だけのけんかではなくて、
ヨルダン人同士でも、よくけんかしているよ、と
当たり前のように、教えてくれた。
きらきらの部屋には窓がない。
奥の扉からは、窓からの弱い光に白くぼんやりとしたキッチンが見えた。
そこから8歳ぐらいの女の子がでてきて、こちらをじっと見ている。
韓国ドラマが好きなのよ、とお母さんは云って
ほら、挨拶しなさいよ、と女の子をせかしていた。
女の子はにこりともせず、
ただただこちらをじっと、見ていた。
3件目:Hai Nazaar
丘の側面には急なところもあり、
そんなところに建てられた家々は
岩場にしがみつく貝類のように、見える。
そんな中の一件は、住人が勝手に作ったのであろう階段が
随分と急な勾配で上に伸びていて
その上に、アパートの基礎が見えてくるような、随分と急な作りだ。
迎えに来た男の子は、リズムよく軽々と階段を上ってゆく。
遅れまいとついてゆくが、よほど身体が慣れていなければ、きつい階段だった。
部屋は最上階にあった。
入り口からすぐにテラスがあって、窓付きのテラスからは
2サークルの裏がきれいに見えた。
ちょうど、同じぐらいの高さなのだろう。
プラスティックの椅子を勧められる。
お母さんも男の子も立ったまま、
質問に答えてくれた。
奥で私たちの様子を見ていた女の子は
本来ならばプログラムの対象者だった。
けれども、彼女は往きたがらない。
交通費も高いし、勉強はあんまり好きじゃないの、
とはにかみながら云う。
バスも出ているし、勉強は本当に大事ですよ、と
スタッフが説得しようとする。
学校で好きなことは?と訊くと、
家庭科が好きで、家庭科の先生も好き、と柔らかく微笑む。
学校でいやなことは?という質問に
ある女の子の名前を出した。
シリア人で午後シフトに通うその女の子が苦手で苦手で
だからあまり、学校も好きではないようだ。
好きではない女の子の名前が
未来を見ることのできる伝説の女性の名前で、
聞き慣れた名前がなんだか、おかしかった。
理由がそれならば、と
お母さんも一緒になって説得にかかる。
わかった、今度の土曜日は往ってみる、と
しぶしぶうなづいた。
立って話をするお母さんの下には
真っ赤なフリースを着た2歳過ぎの男の子が
もじもじしている。
その二人に対峙する場所には、迎えに来てくれた男の子が居て
まだ7歳なのに、青い目で家族の様子をしっかりと、見守っているように、みえた。
4件目:Hay Nazzar
建物の一階にあるホブズ屋から
吹き抜けになった階段に、焼きたてのホブズの香りが立ちのぼってゆく。
家に入ると顔立ちの美しいお母さんが迎えてくれた。
角に当たるようで、通された部屋はいびつな5角形の部屋だった。
西に向かった窓の外では
黒い雲がぽつぽつと、大粒の雨を降らせ始めていた。
お母さんにの女の子はお母さんの横に座ってじっと
話を聞いている。
夫はムスタシュヒドゥで亡くなった、という。
今日2回目のその単語の意味がわからない。
つい怪訝な顔をすると、スタッフもどう説明したらいいのかわからず
後でね、と云って、次の質問を続けた。
一番上の娘は成績がよかったから、支援をもらってタウジーヒ用の塾に通えているらしい。
初めは静かな口調で話していたお母さんも
だんだんと早口になってきて
私たちに慣れてくれたのか、いろいろと話をしてくれていた。
HCRの登録証を見ると
お母さんは私の2歳年上だった。
子どもが6人居て、旦那が亡くなって、ヨルダンに逃げて来て
クーポンだけで3年間なんとか、暮らしているという、女の人、となる。
そんな人たちに、もうたくさん会ってしまった。
5角形の部屋から見える玄関から
身体の大きな男の子が入って来た。
シューローネッチュ
息子で14歳、たっぷり太っている。
歩き方がおかしかったのでつい、足下を見ると
右足の土踏まずがえぐられていた。
ダラーにまだ居るとき、負った傷だと云う。
外からやってきたのに裸足だった。
家を出て車に乗ると
さっきの家の女の子と男の子が
西の窓から身を乗り出して
腕をつきだして、雨を確認している。
にこにこしながら話をしつつ、空を二人で見つめていた。
ムスタシュヒドゥの語根はシャハダ
活用の中には殉教と云う意味があるけれど、おそらくは
元一般市民で戦争に戦いに出た人のことを云うようだ。
きれいな奥さんと6人の子どもが居ても
戦いに出る。
きっと亡くなった人は、その後家族がどのような暮らしをしていくことになるかまでは
想像する余裕がなかっただろう。
5件目:Hay Nazzar
気がついたら道には立派な川ができていて
ここら辺だろうと車を止めたら
バックをして出てくるトラックに当たられる。
話し合いは長くなりそうだから
とりあえず外に出て、迎えにくる女の子を待つことにした。
通りの向こうに女の子の姿を見て
道を渡ろうとすると、あっという間に靴がぐしょぐしょになった。
女の子は空き地をすたすたと横切り
塀の一カ所だけ壊れたところから、短い階段を降りていった。
部屋は半地下のようなところで
電気が暗く光っていた。
お母さんの後ろで
二人の娘が寄り添うように立っていた。
家賃が高いから引っ越して来たのだけれど、と
水漏れもひどいし、と話を始めて少ししたところで、
お母さんは泣き出す。
近所のまだ大きくない子どもたちが
半地下の家の窓をたたいたり、
外から石や野菜を投げ込んでくる。
注意をしても止めない。
ついにお父さんが怒って、準備した食事を全部床に投げ捨ててしまった。
外にではなく、内にしか出せない怒りが
お母さんを泣かせる。
娘が二人、じっとお母さんの話に耳を傾けながら
私の顔を見ている。
しばらくして、娘の一人がティッシュを持ってくる。
でも、渡すタイミングを失ってしまったのか
膝の上で丁寧に、ティッシュを畳んでは開き
また畳む。
ここの地域の学校では
家庭科の先生が子どもたちの信頼を得ているようだった。
学校の様子を訊き始めたころから
お母さんの表情も少し、柔らかくなってきた。
半地下の家に暮らすシリア人家庭は多い。
家によってそれぞれだけれども
たくさんの人の下に住む、ということそのものに
何か、拭いきれず重いものを感じることがある。
家を出るときに、濡れてしまった靴にもう一度足を入れながら
振り返ってまた、暗い電球の下で見送る
お母さんと娘たちに、お礼を云った。