2017/07/29

彼らの暮らしと、話の断片 7月 4,5週目 ー水泳(シバーハ)ー


アンマンは、例年よりも暑い、とみんなが口をそろえて云う。
今年は何だか蒸していて、いつもと調子が違っているせいか、
標高が高いアンマンだから享受できる、涼しい夜も
この週はお預けだった。

夕方を過ぎても
日本のように夕立があるわけでもない。

ただただ、ひたすら乾季のアンマンでは、
日が傾いても、色だけ少し黄色に染まった太陽が
じりじりと肌を焼いていく。

久しぶりにシリア人宅へ往く。
仕事ではないけれど、用事があった。
1回目はお願いごとの説明、2回目がお願いごとをしていただく日だった。

マルカ・ジャヌービーエ・ハイ ラアブース ーアパートの屋上ー

連れてきていただいた人と、建物の階段を昇る。

最上階の家のドアを叩いてみるけれど、気配がない。
その代わりに、子どものはしゃぐかすかな声が
屋上に続く階段の明るい光の先から、聴こえる。

屋上に上がると、丘のてっぺんの建物の、さらにてっぺんから

北東に広がるアンマンの街が、見えた。
ただ猫みたいに見晴らしのいいところが好きだから、
うぅんと、背伸びをする。

でも、景色を楽しむことを忘れさせるほど見事なビニールプールが

屋上の半分ぐらいを占めていて、
その中で、男の子が3人、きゃっきゃと騒いでいた。
そして、その脇で夫婦が、子どもたちの様子を見ていた。


初めて会った夫婦は、

シリア人家庭に伺うと感じる、目には見えないけれど、確固とした安定感があった。
これを感じるとき、いつも、とてつもなく、落ち着く。

子どもたちが水をばしゃばしゃしながら、心一杯遊ぶ横で
用件を話す。
感触通り、理解のある夫婦で、
用件はすんなりと話がついた。

その後、世間話をしていると、恒例のように年齢の話になって、
いくつなの?などと訊かれ、云いたくないですよ、と
仕方なくにやつきながら、答える。

お母さんはお世辞を云ってくれる。

もう、お世辞を云ってくれるであろう雰囲気さえ、分かるようになってしまった。
随分と若く見積もってくれたので、お礼を云いつつ
ずっと上なのよ、などと云うと、
お母さんはあら、じゃあ、私とあまり変わらないかしら、と云う。
聞けば、お母さんは3つ上、お父さんは1つ上だった。
姉さん女房は珍しい。
ただ、それよりも、お父さんが同じ学年だということに、驚いた。

すっかり髭が白髪になっているお父さんは

いや、白くなっちゃったんだけどね、と
こちらが抱いた印象を読み取るように、髭を撫でていた。

ホムスから来たという家族は

親族も同じアパートに住んでいて
屋上の建物をぐるりと見回しながら
あの建物も、そっちの建物も、
みんなシリア人が住んでいるんだよ、と云った。

こんな立派なプール、見たことなかったと、感心していると、
これはエジプト製なんだ、と自慢げに教えてくれる。
小さいけれど水質を保つフィルター付きポンプがついていて
塩素も入れているらしい。

子どもたちが本当に、身体も心もいっぱいに遊んでいる様子を見ながら

ここ数年の間、家庭訪問する度にずっと気になっていたことが、
それこそ、やっと家に帰ってこられた迷い猫のように、
すっと、納まった。

家庭訪問で、子どもたちに趣味は何か、訊いていた。

特にホムスとハマーから避難してきた家族は必ずと云っていいほど
シバーハ(水泳)と答えていた。
ヨルダンはそもそも水が限られていて、
人口当たりの消費できる水量もワースト10に入るような国だから
プールもほとんどない。
川も人が入って遊べるようなところはないから
ヨルダン人の子どもたちからこの解答は、一度も聞いたことがない。

聞き手の自分には想像がつかなくて

川が近くにあったの?とか、どこで泳いでいたの?とか
根掘り葉掘り訊いたこともあった。
場所は様々だったけれど、だれもがシバーハの話をするとき、
懐かしいような、寂しいような表情を一瞬、見せる。
その度に、申し訳ない気持ちになり、
その度に、でも、腑に落ちなかった。

確かに立派だけれど、泳げるほどのサイズではないビニールプールで

水遊び、と云った方がいいような風情ではあるけれど
見たことがないほど思い切り良く遊んでいる、シリア人の子どもたちを見て
ただ、無性に感慨深かった。


2回目に伺った時も、

その家族の末っ子が、彼よりも年上の親戚や兄弟がお祈りをしている様子を尻目に
ねぇ、上に行って泳ごうよ、と
ひそひそ声で誘ってきた。

上は10歳から下は4歳まで、6人の男の子と女の子1人が

プールの中でばしゃばしゃと水を掛け合い
飛び込んだり,文字通り少し泳いだりする様子を見られたのは
ただ、見ているだけなのに、
随分と、幸せだった。

結局一度も訪れることができていないシリアの、

どこかのどかな田舎の
川ベリの情景を、想像していた。

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