2015/10/23

彼らの話と暮らしの、断片 10月3週目



 サハーブの街は、メイン通りから一本奥に入るとすぐ閑散としてしまう印象がある。
 空き地が目立つから、もともと茶色いからからの土が
 安普請のアパートに使われがちな茶色い外壁と一緒になって
 どこもここも、茶色く土っぽい。
 アンマンは石材を使った白い外壁が多いけれど、
 この色で、アンマンでも貧しい地域の丘は覆われている。
 地方の、特にそれほど裕福ではない地域も同じように、
 この色の壁に変わっていく。
 

 この日、空には短い帯のように、灰色の雨雲が流れていた。
 ほんの1分ほどだけ、ぽつぽつと、でも盛大に音を立てて雨が降る。
 スタッフは、いやねぇ、雨じゃない、といいながら、お祭りでも見るかのように笑っている。

 1件目:Sahab
 
 一階の南側だけが、彼らの家だけれど
 ドアまで立派な葡萄棚が続いていて、棚の両側にはレモンと、オリーブの大きな木
 それから、青唐辛子の小さな畑があった。
 
 合板で端のめくれた棚の上に、テレビ、
 後は、マットのみ、棚の横には子ども用の寝具一式が、抜け殻の形を残したまま横たわっている。

 お父さんはがっしりした人で、話し方にも勢いがある。
 質問の途中で、妻は1キロ以上のものは持ってはいけないんだ、と
 お父さんは眉毛を挙げて云う。
 サロンを持っていたんだけどね。

 子どもが4人、一番上の息子はもう、17、8歳に見える。
 いつも思うけれど、これぐらいの歳になると、
 家族を守るのだ、という意思が
 身体の端々から出て来て、それがどこか、私を威圧する。
 娘は6年生、お父さんの話を静かに聞いていた。
 
 前のめりで右手で空を指し、左指を口に加えながら、
 お父さんは3歳の息子のまねをする。
 バァバ(パパ)飛行機がやってくるよ、怖いよ。
 お父さんの向かいのマットに座る娘とお母さんと息子は
 そのまねを見て声を立てて笑う。
 でも、お父さんの表情はきゅっと険しくなる。
 一番したは1歳だからシリアを知らないけれど
 3歳の息子は、覚えているんだ。
 シリアに帰りたくない、って云うんだよ。




 他のシリア人の家庭も紹介してくれないか、とお願いすると
 お母さんが携帯を持ち出して、近くに住む親戚に電話をしてくれた。
 電話をするお母さんの話し方は、明らかに私たちの時と違っていて、
 ゼイト・ゼイナブから来たというのが、
 近しい人との会話で初めて、分かる。
 
 帰り際にお母さんに、
 この庭はあなたの家のですか?と訊くと
 いや、2階の人たちのよ、と小さな声で唐辛子に目をやりながら、つぶやく。
 いい庭ですね、としか云えなかった。
 彼らが住んでいたダマスカスのその町がどんなところか知らない。
 でも、緑が窓から見えるのは、きっと悪くない。


 2件目:Sahab

 赤い壁のアパートだから、そう云われて道に迷う。
 何度か道を曲がって、本当に重い赤の壁が見えた。
 ちょうど、ペトラの方にある、赤い土の色と同じ。

 建物の入り口を入ると、スプレーでいたずら書きがしてあった。
 階段に手すりがなくて、どことなく危ない。
 最上階、屋上へ続く階段には板が無造作に置かれていて、
 とりあえずは往けないようになっていた。
 廊下の壁にも、花の柄のスタンプが一面についている。
 下地が乾くと、その上にペンキのついたスタンプで装飾するのだ。
 スタンプの絵の具には、だいたい銀色か金色が使われていて
 暗くても、どこかからやってきた光を受けて、きらきら光る。

 黄色い壁に、やはり花柄の壁なのだと思ったのだけれど、
 お母さんがカーテンを開けて、地は白だったことがわかる。
 いつの間にやら、青い空が見えていた。
 
 学校へ往く準備をする女の子が
 廊下にひっかけてある、小さな化粧台の前で背伸びをする。
 高くて顔が鏡に映らないからだ。
 器用にピンを咥え、時々ふらつきながら、髪をまとめている。

 1件目の親戚に当たる家族、お母さんは1件目のお父さんと話し方がどことなく似ている。
 目の色は黒いのだけれど、話の内容で色が変わるようだ。

 濃い緑色のカーペットと、茶色いマット。
 床にぺたり、と座り、やはり前のめりで話をする。
 お母さんの隣には、きっとお父さん似なのだろう、
 金髪に彫りが深くて、目も灰色の息子が
 少しずる賢そうにこちらをちらちら見ながら
 やはり床にぺたりと座って、大きなあくびをする。

 1年生だったら、文字を一つ覚えるのに、そんなに時間はかからないはずでしょ。
 一週間に何を勉強したのか見てみたら
 全然できてないのよ。もう2年生なのに。
 学校もすぐ終わってしまうし、何を教えているのかしら。
 夜12時ぐらいになっても、勉強を見てあげてるのよ。

 それから、一瞬にして話し方を変えて、小声になる。
 お母さんの云っていることがわからない、
 スタッフに通訳をお願いすると、スタッフも英語でなんと云うのか、分からないという。
 夜、トイレに往くのがコントロールできない、という。 
 怖い夢のせいなのか、もう4年生なのにまだ、おねしょをしてしまうのだ、と分かる。
 大変なのよ、本当に。

 それから、お母さんの話し方がまたもとに戻って、
 英語ができない、語学はというのは小さな頃が大事なのに、と
 一生懸命、言葉を尽くして話していた。
 
 娘が二人、青い制服を着て玄関の周りで鞄をひきずっている。
 やはりどこか浮き足立った感じで、
 迎えのバスを待っているのだ。


 3件目:Sahab

 同じ赤いアパートには他のシリア人も住んでいる、
 2階の家を紹介されて、階段を降りた。
 家の人が出てくるまで、廊下で待っていると
 向かいの家のドアが2件とも空いていて、
 黒と白のしましまのベビー服を着た赤ちゃんを抱いた
 6歳ぐらいの女の子が出て来た。
 女の子は、むすっとしているのに、なぜか赤ちゃんを見せてくれる。
 家の中はくしゃくしゃで、マットやらベッドやらが床に散らばっていた。

 紹介された家は、狭い居間にソファやテレビが置かれていて、
 ソファの上には大きな鏡が斜めに立てかけられていた。
 スタッフに何も置いていないソファを譲ると、座るところがない。
 鏡の横のわずかなスペースにお尻をひっかける。
 ソファの奥には5つの大きなトランクが山積みされている。
 埃をかぶっているのだけれど、その存在感は大きくて
 借り暮らしの雰囲気を、助長させていた。

 身体全体が白っぽいお母さんは
 ベージュのノースリーブワンピースを着て
 淡い髪と淡い目と白い肌をしている。
 白いせいか、なんだかとても大きく見える。
 2歳ぐらいの男の子が、お母さんの腕の中でぐるぐると回ったり
 ネックレスをいじったりして遊んでいた。

 娘は8年生、目鼻顔立ちがお父さんに似ているのか、はっきりしている。
 のびのびしていて、とても健全な感じのする子で、
 お母さんと二人、こちらの質問にくったくなく答えていた。

 大きめの鏡台が入り口のドアのすぐ脇にある。
 その上にもなにやらいろいろなものが置いてあるのだけれど、
 台の上にロックミシンが置かれていた。
 ロックミシンは誰が使っているのか訊いてみたら、
 これのおかげで繕い物とかができるし、近所の人とかにね、少しだけ商売もできるのよ、
 とうれしそうにお母さんが答えてくれた。
 こちらに来てから買った、という。もう、4年、同じアパートに住んでいる。

 訪問を終えて家を出ると、
 さっき赤ちゃんを抱いていた女の子の家の扉の向こうで
 紫色のガウンを羽織ったお母さんらしき人が、
 入り口に向かって斜めに横たわっている。
 もう、どこでもいいから横になった、という風に。
 赤ちゃんを抱いて、こちらを、きっと睨んでいた。


 3件目:Sahab

 貧しいヨルダン人が住むアパートらしい。
 最上階の部屋までの階段の途中で、近所を訪ねようとドアをたたくおばさんと目が合う。
 険しい顔で、こちらを見る。

 学校へ往く支度を終えて、テレビを見ていたらしい。
 モンスターズインクがTVから流れている。
 
 二人の娘、上の子は私のことを覚えているようだった。
 とにかくよく話す子、
 4年生だけれども、少しつたない感じがある。
 お母さんも居るので、甘えているのかもしれない。
 好奇心で溢れ返った顔は、妹も同じで
 私の横に座り、手帳のメモを一生懸命読もうとしていた。

 アレッポからやってきて、4件目の家になる。
 1件目は近所と折り合いが悪くて
 2件目は家賃が高くて
 3件目はスウェーレだった
 転々としていたから、今やっと、子どもも学校に通えている。

 子どもたちに学校はどうか訊いてみた。
 一人ね、きらいな子がいるの。
 だってね、あの子がシラミを持っていたから
 あたしにうつっちゃったのよ。
 つたない口調で一生懸命説明するのだけれど、
 その子が別段嫌い、という感じでもなくて、
 髪の毛をいじりながらにこにこ話す。
 顔の二つのほくろが表情が変わる度に、上下に動いていた。


 

 4件目:Sahab

 子どもたちの何人かは、2部制なので学校へ往く支度を整え待っていた。
 そう考えると、子どもたちは随分前から
 学校への身支度を整えていることになる。
 2件目を訪問してから、確実に1時間半は経っているのだから、
 2件目に訪問した家の子は、
 あれから、1時間ぐらい玄関で待っていたのだろうか。
 
 
 お母さんはくすりとも笑わない人で
 男の子3人、女の子1人
 4人居る子どもたちを自分の周りに従えて
 家長のように、ずっしりと構えていた。
 お父さんはその場に居なかった。
 家具の塗装などの仕事をしているらしい。
 頭痛がひどくなってきている、と自分が頭痛持ちかのように、顔をしかめた。

 難民登録証を見せてもらえないか、とお願いすると
 息子がさっと身を翻して、奥の部屋から真っ赤なプラスティックファイルを持って来た。
 バラを大振りに描いたファイルの中に、登録証は入っている。
 お母さんの好みなのだろうか。

 電話が鳴り、子どもたちは駆け出していく。
 学校への迎えのバスが来たという。
 息子の持っているバッグを見てみたら
 こちらで配布したもののようで、でもロゴが外されていた。
 
 どうして外してしまったのですか?
 使ってくれているのはうれしいのだけれど、
 ロゴがないというのは、こちらとしては、重大な問題だ。
 白いからすぐ汚れるの、床とかにバッグを置くからすぐ汚れてしまうでしょ、
 もう2回も洗濯したわ。
 子どもたちがすぐにバッグを汚してしまうのが、
 いやで仕方がない、という話し口だった。

 お母さんは必ず、アルハムドゥリッラヒ ラッビルアーラミ、と
 最後まで云う。
 同じアパートにシリア人の子がいるの、アルハムドゥリッラヒ ラッビルアーラミ、というように。

 息子たちの中には、2部制ではない普通の男子校に通う子も居る。
 ヨルダン人にカツアゲされたりする。
 足を踏まれて止めら、
 お金を持っていないか、靴下の中まで探されるの。
 1JD取られたのよ。
 おちおち外に買い物に往かせるのも、ままならないのよ。


 家の中はきれいに掃除されていて
 奥の、何もない部屋では、白いカーテンが大きくたなびいていた。
 お母さんは最後までずっと、
 黒い大きな目ときれいな黒い眉毛を不用意に動かすことなく
 じっとこちらを見据えて、話をしていた。

 

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