2012/06/22

ヒジャーズ鉄道




それほど鉄道が好き、というわけではない


けれど、鉄道には縁がある、環境で育っている
実家のすぐ近くを電車が走っていたし
父親は鉄道会社に勤めていた


ヒジャーズ鉄道、というものがまだ走っているのを知ったのは最近の話
知り合いたちが乗って、とてもよかった、と云うのだ
それならば、乗ってみよう


ほとんど仕事らしい仕事はしていないこの鉄道の歴史は、長い
オスマントルコの時代に少しずつ伸ばされている線路は
アラビアのロレンスでも有名だ




今はもはや観光列車としてしか走っていないが
駅にはドイツ製の蒸気機関車が展示されていて
小さな頃に乗った、遊園地往きのおとぎ列車のようだった


観光用なので、乗客が多いときだけ運行するようだ
今はまだシーズンなので、地元の人たちが食事を持参して乗る
ピクニック列車になっている


黒煙をなびかせながら走る列車など乗ったことがなかったので
単純におもしろい
トンネルに入ると着くはずの電気が着かなくて
真っ暗になったり
線路の上にまたがって放置されている巨大なゴミ箱を
いちいち止まって移動させてみたり


客車にはアラブ音楽が爆音で流れる
気が乗れば、乗客が唄っているのをマイクで拾って
流してみたりもする


沿線の家々から子どもたちが手を振る


車ならばたった3、40分で着くはずの場所まで
2時間以上かけてゆっくりと走ってゆくのだ




ジーザ、というところまでの列車だった


ジーザまで着くと、3時間近くの休憩が入る
その間にお昼を食べて、ボールで遊んだり、昼寝をしたりする





そして、汽笛が鳴るとそそくさと、帰り支度をして
また、列車に乗る


枯れた麦畑の上を鳩が群れをなして、飛ぶ
ひつじの群れ、ラクダの群れ


客車を吹き抜ける風は涼しい


ヨルダンの景色をさながら見本のように
車窓から眺めていた


アンマンの景色も、視点が違うせいなのか
いつもと少し違った色で
見ることができた気がする



2012/06/04

失敗、問題、それから、鳥と、チョウチョ



バカアのキャンプ内で子どもの作品展をしている


ボランティアが入っているバカア内の学校や施設で行われた美術の授業で
作られた作品を飾っている


本来ならば
ボランティアが入っている大元の
パレスティナ難民局やUNRWAなどが主催して
アンマンのおしゃれなギャラリーなどで開いた方が
美術に関心があるようなハイソな人たちには
ウケがいいのだろう


ただ、そんなところでやっては
実際に作品を出している子どもたちや
キャンプに住んでいる人たちはみることができない


確かにものの10分バスに乗れば
バカアキャンプからアンマンの北地区にはつくことができる
ただ、キャンプの人たちにとって
アンマンは遠い


観覧者をキャンプ内の人たちに絞った結果
キャンプの中での展覧会になった


自分たちのサイズにちょうど合うように






相変わらず自分のアラビア語能力に失望する


相変わらず人見知りなのと
相変わらず怒りっぽいのと
相変わらず打たれ弱いのに、悲しくなりながら
外のお店にも作品を貼らせてもらえないか
交渉しにいく


いろいろ問題だらけだ


日本では作品に名前を書くのは絶対条件
子ども自身の表現を個別に認めるためにも
誰がその絵を描いたのか、は大切だ


だから、名前を書かないで欲しい、と子どもに云われた時には
慌てふためいた


本人が恥ずかしい、という場合もある
それから、たとえ描いた本人はよくても
女の子だったら、家族が嫌がる、という事態もあるようだ


何で気がつかなかったか、と、落ち込む







こちらの文化では
外国人であることに興味を持ってくれる人も居るけれど
基本的には、アラブ人同士で話をした方が何ごともスムーズに往きやすい


けれど、職場の人たちをうまく巻き込めなくて
結局、自分一人、もしくはボランティア同士連れ立って、交渉しにいくことになった
私の活動内容としては、これも一つ大きな失敗と問題












昨日、展示会場の一つである
バカア南部病院(مركز  صحي البقعة الجنوبي)に往った


上の写真に載っている鳥やチョウチョ
子どもたちが作った紙のオブジェを
乳幼児の身長を測る機材の上に飾るために
追加で持って往った


用務員のおじさんがすぐに
天井から吊るしてくれる


これでこどもがおとなしく計測器に乗ってくれる、と
病院の先生が喜んでくれた


紙のチョウチョや鳥は
天井についた扇風機の風で
ふわりふわりと、飛んでいた


こういうことだけで、私としては十分だ




どういう評価がなされるのか、まだよく見えない


何かしらの形で、次に繋がると、いい