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家族がホーチミンに来ていた
久しぶりにガイドブックを開き
往ったことのなかった店を訪ね
通ったことのない道を歩き
新たな街の姿を見る
知っているはずの街だったのに
観光客の視点から
今までは気にもかけなかったものや人が
突然自分の前に現れる
忍耐強いドライバー
美しい刺繍の布
動物園へ通じるまっすぐの道
よく熟れたマンゴー
靴磨きの少年
それから、自分の基になるものも現れる
家族それぞれの姿の断片が
一つ一つ自分の中にもあって
いいところも悪いところも
いっしょくたになって
標本でも見るように並べられ
そして、入れ物からこぼれ落ち
ころころと転がっていった
振り返れば、おかしい
空港へと向かうバスを見送ると
バスが走り去っていった後の
見慣れたドンコイ通りに一つ、また
新しい記憶が残される
街と、そこに住み、街に留まる自分の姿
まだ、夕方から驟雨がやってくることも多いのだけど朝にはすっかり晴れ渡り
青くて雲のない空に風が吹き渡る
室内から空を見ると
お正月の空のようで
こんなに暑いのに
視覚が
きりっと身の引き締まる
冬の、よく凧でも上がりそうな
風の強い日を呼び起こす
最近外の仕事が多い
長袖を着ても
首元は真っ黒だ
よく焼けてしまった手の甲と
空を交互に、見る
とっておきのものだったからいつ見ようかタイミングを伺っているうちに
いつの間にかもらってから
半年以上経っていた
テオ・アンゲロプロスの「永遠と一日」を見る
簡単なストーリーと印象に残る言葉
それからいくつもの映像だけを記憶していた
何年ぶりかに見る映画は
新鮮に映る場面も多かった
ブルーノ・ガンツの笑顔が
もう、どうにもならないほどに切なくて
どの場面で笑っても悲しくて
不法入国をした少年の笑顔よりも
底知れなかった
一つ一つの映像が長い
ゆっくりと流れてゆく映像が
そのまま一つの言葉のようだった
もしくは、詩の1行
意味が広がってゆく
映されているもの以上の何かが
じわりと染みだして身体に広がってゆく
それらを味わうのにちょうどいい
一つの風景に対する、時間の長さ