3週は日本からの訪問者が一緒だった。
保健分野の人たちだったので自然と質問の内容が変わってくる。
今まできちんと聞いてこなかったことが多くて勉強になった。
ただ、正直、あまりシリアの人たちの話を集中して聞くことができなかった。
そもそも、よほどきちんと耳を傾けていないと
語彙の限られている私のアラビア語では
話についていけない。
話についていけなくなる感覚は、
小さな頃、大人の話の輪に連れられてしまった時に似ている。
どうしたらいいのか分からないし、でも話の腰は折れないし、で
仕方ない、話している人の口や身振りを一生懸命観察したりする。
そのうち、また内容が分かるようになってきて
やっとメモも取れるようになる。
ここのところ天気が安定していて
すっかり冷えてはきたものの、青い空が戻ってきている。
ただ、どうしたって建物の中の方が冷えるので
暖かい日など特に、暗い北側の部屋の寒さは
通り雨のアンマンで、マンホールから道路に漏れる濁った汚水のように
じわじわと身体の奥底まで染みてゆく。
3週目 2件目:North Marka
家の近くで車が止まると、坂の中腹にあるアパートの階段の踊り場に
目立つピンクの服を着た女の子が立っていた。
おじいさんらしき人が一緒に踊り場まで出て来て
こちらを見ている。
最上階の部屋の入り口の脇は
きっとガラス張りのベランダだった。
けれども、そこには使わなくなったベッドマットや
家具の断片がばらばらと置いてあって
倉庫のようになっている。
居間に通される。
居間は多くの家庭と同じように、調度品が一通り揃っている。
質には上下があるけれど
だいたいの家には、ソファのセットと小さなテーブルが何脚かある。
こちらと向かい合わせに座ったお母さんは
極端に声が小さくて、高い。
さっきのピンクの服を着た子から一番上の娘で
歳にして19歳離れていた。
一番下の子はヨルダンで出産している。
一番上の娘はもう学校に往く歳でもなくて
家で家事を手伝っている。
娘の顔は少しきつめなのだけれど
細い黒い目で、こちらをしっかりと見定めながら話をする。
お父さんはホムスで家具に張る布を織る仕事をしていたという。
きちんと、縦横の糸を通して作る、伝統的な織の職人のようだった。
初め、スタッフも言葉がわからず困っていて
私も身振り手振りで当てようとすると、
やっと少し、一番上の娘がふっと、笑う。
このアパートで5件目、引っ越しを繰り返して来た。
ずっとこの地域にはいるのだけれど
坂が多くて、リウマチもひどい。
中学生ほどの女の子もリウマチで
薬ももらえないので困っている。
この日の家庭訪問で
随分遠くにある保健センターまで
セルビスやらタクシーやらを使いながら通っている家ばかりだということがわかる。
でも結局、遠すぎて継続的には通えなくて
薬も治療も、おざなりにことがほとんどのようだった。
息子は17歳、この家族で1人だけの稼ぎ頭で
プラスティック加工の工場で働いている。
朝9時から夜11時まで、14時間労働だ。
息子が居てくれてよかったのだけど
もう学校には通わせられないんです。
そう、お母さんは小さな細い声のまま、うつむいた。
3件目:North Marka
くねくねと道を曲がると
時々、車も入れないような小さな道が
大きな通りから伸びているのが見える。
坂ばかりだから、下に降りるか、上にのぼるか。
上に伸びている道を見上げると
小さな女の子がふたり、ぱたぱたと小走りで道の途中までやってくるのが見えた。
袋小路の脇には、3階建てのアパートがそこだけ
くしゃっと、3棟集まっていた。
それこそ、戦後の平屋通りのどん詰まりのようなところで
家の小さなベランダで
ものすごく太った女の子が
お人形遊びをしていた。
集まった建物の間が小さな広場になっていて
2歳から4歳ぐらいまでの
随分小さな子たちが6、7人、ただただ走り回っている。
こんな情景も、そういえば珍しかった。
外で遊ぶ場所がないし、車の通りも激しいので
庭付きの家にでも住まない限り
こういう遊びはできない。
バカアキャンプの中には、袋小路の道がたくさんあって
子どもたちがボールを追いかけて走り回っていたのだけれど。
アパートに一歩足を踏み入れると
漂白剤と薬品が混じったような
つんとした匂いがする。
ドアもきちんとついていないような
作りかけなのか、壊れかけなのか分からないような建物だった。
訪れた家には息子が2人、娘が2人
息子の1人は中学1年生のはずだけれど
学校が怖くて、もう往けないという。
娘のうちの1人は、くすりとも笑わず
狭い部屋の、きっと寝具にもなっているのだろうマットの上で
ただこちらの様子を見ていた。
お母さんはこちらの娘に対しての質問に
なんとか答えさせようとするのだけれど
頑として、口を開かない。
いやぁよね、ほんと、この子学校がきらいなのよ。
学校ではどんなことをするのが好き?
ワラ イシー
なんにもない、ぼそっと云う。
じゃあ、きらいなことは?
膝を抱えたまま、その質問にも、答えなかった。
ちょうど学校に往く時間が近づいていて
お母さんは下の娘の髪を結いながら
私たちの質問に答える。
下の娘はどちらかというと、屈託ない感じの子で
髪を引っぱられて、うぅ、と小さな声を出しながら
それでも楽しそうに、結い終わるのをじっと待っていた。
狭い部屋なのに、部屋の天井にほど近いところに
鳥かごが二つ並んでいて
文鳥とそれにサイズの似た黄色と赤色の鳥が居た。
帰りがけに、かわいいわね、というと
上の娘が、そうでしょ、と
でもやはり笑わずに、鳥を見上げていた。