2012/07/26

異なる地平



ラマダン中のアンマンは、昼過ぎまで随分と静かだ
夜中まで騒いだから
子どもたちはすやすやと寝ている
大人たちは疲労感を隠そうとせず
暑さに朦朧としながら、道を歩く


おかげで日中はたっぷりと本を読む
レイモンド・チャンドラー
梨木香歩
アントニオ・タブッキ
村上春樹
内田樹、などなど


他に何も、する気にならないからだ


猫を膝に乗せて、時折彼女の手を撫でたりして
本を読む


そろそろ何かをアウトプットしてもいい時季なのだけど
何も作る気になれない
今までにない、経験だ
全くといっていいほど、何も生み出す気になれない
うっすらと、作りたいものがあったとしても
それをぎゅっと絞り出す力がない


だから、ただただぼんやりと、考える
1年間で消化したものと、消化できなかったもの
ついでに、昇華できなかったもののいろいろを
そこはかとなく、考える


異なる地平を埋めるためには


そんなことを、ぼんやりと考える
1年間ずっと、ぼんやりと気にかかっていた


どうも、私は、ここに住んでいる人と
根本的な地平の違いを
どうにか、勢いや思いや願いだけで埋めようとして
埋められるわけもなくて、対処不能になっているようだ、と


もちろん、勢いも思いも願いも、どこか足りないのだろう
実際、そう云うものだけで立派に
埋める作業ができている人たちが周りにはたくさん居る


何だか私だけが、一人つまらないことにこだわっているのだ
そして、いい歳になって
自分の至らなさをまざまざと思い知って
うんざりする


でも、何かが、とてもひっかかるのだ


この国で出会うこの土地の人々のすべてに対して、というわけでは決して、ない
ただ、どうも仕事先で経験して来たたくさんのことの背後にある
隆々とそびえる何かと
その手前に思いも寄らぬ溝があって
それが、私をひるませる


異文化交流です
そう、明るい笑顔で云いきれるぐらい短絡的なことでは、おそらく、ない
特に、仕事先のキャンプでは
貧しさと遠い母国への憧れと宗教が混じり合って
子どもたちや大人たちの言動に、いい知れぬ不安を、時折感じる


もちろん、常にでは、ない
ここの子どもたちは、随分と明るくて好奇心も強い
大人の多くも親切で世話好きで、素敵な人たちだ


ただ、、、、大丈夫なのだろうか


どこかで、とても信じやすい
あまりにも単純なところで白黒を判断していることが多い
そして、自分たちの世界が、すべてだ

世界には様々なものがあって、様々な考え方がある

相当情報過多な、いろいろな意味で思想の緩い国で育った
私自身が苦労しているぐらいだから
彼らが厳格な宗教を軸にして
たくさんの情報や思想を自分なりに消化してゆくことは
かなり大変なことだろう


ただ、できないことではないはずだ

これが絶対に正しい、とか、これが誰に対しても当てはまる正義だ、とか
そんなものは、ない
だから、たとえそう思うものがあったとしても、押し付けてはいけない
私はそう思っている

内田樹も書いていた
「正義を一気に全社会的に実現しようとする運動は必ず粛清か強制収容所かその両方を採用するようになる」
いや、極端だろう、とも、思う
ただ、現に隣の国は
この混乱の原因に、正義なんて言葉は聞いたことがないけれど
近い状態になっている

子どもたちや大人たちはあまりにも純粋に、そして無邪気に
彼らの宗教や道徳に基づいた正しさや正義を、私に説いてくる
そして、あなたも、そう思うでしょ、と
確かに私も正しいと思うことも、ある
そうじゃないものも、ある


でも、その行為や無邪気さ自体に対して
肩をゆさぶって、待て待て、と云いたくなる

でも、私の語学力と勢いと熱意のなさと
それから、すぐそこにある深い溝に、思いがすくむ

そんな大元を問題視して
梃子を入れようとすること自体が、ほとんど無理なのだけど

深淵には目を向けず
違う道を辿って、彼らの地平に少しでも近づいてゆくしか
方法はないのかもしれない

でも、どうしても気になって
本能的に危険を感じて逃げる小動物のように
心のどこかが縮む

どうしたらいいのだろう

美術を通して情操教育を広めましょう、とはいうものの
大して需要があるわけでもないから
他に、何をすることができるのか、考えてゆかなくてはならない
そのための夏休みだった


ただ、それよりも前に
このいい知れぬ不安をいくらかでも和らげるために
できることを考えていかなくてはいけないようだ


というわけで、絵に描いたような夏休みを
首都アンマンで引きこもって過ごすことになる


たぶん、それもいけないんだろう
不安の多くは妄想だから


ラファも生粋のアラブの猫だから
彼女との暮らしからでも
何かしらの糸口がみつかるかもしれない


などとぼんやり思い
撫でようとして眠りを妨げ
手を噛まれたり、している
仕方ない、噛まれるがままに、してみる


やはり、往きつく先は結局のところ
たくさんの疑問や悩みや
悲観的なわけではない
きっと元来そういうものであるところの
”わかりあえなくてもしかたがない”という考えを前提とした
「オープンマインド」なんだろうな









2012/07/03

ウード



また懲りずに、新しい楽器を始める
チェロを忘れているわけでは、ない
ただ、あれは大きすぎて持って来れなかった

こちらで有名な弦楽器、ウード

عودと書くから、正確にはァウード、という発音
小さなァは、喉から絞り出すようにして、出す

正直、弦楽器は苦手だ
そもそも私の耳はよくないので
正確な音を拾えない

では、なぜ始めたかと云えば
どうも、この形が好きなようだ

随分前に、ウードに似た楽器が大学のゴミ箱に捨てられた
中身はさっぱり使えなかったが
外のケースを入れ物にして、貝殻の形をした弦楽器を作ってみたりしていた

丸い形が、気に入っている

ただ、弾くとなると、これがくせものになってくる
丸いのでうまく、腿と腕で固定できない

弾く以前の、問題

音は、どちらかというと乾いている
仕方ない、こちらはうんと、乾いているから

11弦、もしくは12弦、ある
調弦さえも、むずかしい

教えていただいている先生からウードを貸してもらっている
ウードそれぞれでも、微妙に音が違う
友人のものは、いくらか柔らかい音
私の貸していただいているものは
からりとしていて
どこか物悲しい音がする

ギターさえも挫折しかけているので
初心者の練習は、淡白で、ストイック

そもそも11本も弦があるから
どこを押さえているのか慣れるまでに
随分と長い道のりがあるようだ

アラブの音階は未知数で
独自の音階に名前もついている
日本から持ってきたアラブ音階の本を片手に
ふむ、こんな音の並びなのか、などと弾いてみる
以下、wikiを参照のこと
http://ja.wikipedia.org/wiki/マカーム

「髪結いの亭主」という映画のサントラには
マイケル・ナイマンの監修で
いくつかのアラブ音楽が入っている
سالوني الناس という曲のメロディがすきなので
それをコピーしたり、する

果たして、帰るまでにものになるのか

最近我が家に居候している猫が
練習の邪魔をする

上達が悪ければ、こいつのせいにしよう、と思っている